表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
学園の女王さまは、俺の前でだけポンコツになる  作者: 速水静香
第二章:ラブラブの恋人(偽)

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

15/19

第十五話:おうちに帰りましょう

 映画が終わり、俺たちは映画館を出た。

 外はすっかり日が傾き、空は茜色から群青色へとグラデーションを描いていた。

 モールの出口を出ると、心地よい夜風が火照った頬を撫でる。


「……ふわぁ」


 会長が、小さくあくびをした。

 彼女はまだ少し眠そうだ。ロッカーから回収したケロヨン三世を抱きかかえ、とろんとした目で俺を見ている。


「……見苦しいところを見せたわね。まさか、芸術鑑賞の最中に意識をシャットダウンさせてしまうなんて。不覚だわ」

「まあ、疲れてたんでしょう。映画の内容、覚えてますか?」

「当然よ。中盤までは把握しているわ。あと、後半の……そう、主人公たちが結ばれるプロセスについては、夢の中で補完しておいたから問題ないわ」

「夢オチにしないでください」


 俺たちは、バス乗り場ではなく、広い場所の方へと向かった。

 もうバスに乗る体力は残っていないだろうし、会長の家に帰るには、ここからリムジンを呼ぶのが一番だ。

 会長がスマートフォンで連絡を入れると、ものの数分で、いつもの黒塗りの巨体が音もなく姿を現す。


「お待たせいたしました、お嬢様」

「ええ、ありがとう」


 運転手の老紳士がドアを開ける。

 俺たちは、慣れ親しんだ革張りのシートへと身を沈めた。

 ドアが閉まると、車内は完全な静寂に包まれる。さっきまでのモールの喧騒が、遠い過去の出来事のようだ。


「……ふぅ」


 会長が、深くシートに体を預け、天井を見上げた。


「……長かったわね、今日という一日は」

「そうですね。いろいろありましたから」

「庶民の生態調査……。想像以上にハードだったわ。音の暴力、食の誘惑、そして感情の消耗……。これほどまでにエネルギーを使うものだとは、計算外だった」

「でも、目的は達成できたんじゃないですか? 目撃者もたくさんいましたし」


 俺が言うと、会長は視線をこちらに向けた。


「ええ。そうね。これで、私たちの『恋人関係』は、盤石なものとなったはずよ。明日からの学園生活は、よりスムーズに運営できるでしょうね」


 彼女は、いつもの論理的な口調でそう言った。

 だが、その手は、無意識に髪についたヘアクリップを触っている。


「……それと」

「はい?」

「……楽しかったわ」


 彼女は、窓の外を流れる夜景に目を向けながら、独り言のように呟いた。


「論理や計算だけでは割り切れない、非効率で、無駄が多くて、騒がしい……そんな時間も、たまには悪くないかもしれない。そう思えたわ」


 その横顔は、穏やかで、優しかった。

 俺は、何と答えていいか分からず、ただ曖昧に頷いた。


「……そうっすね。俺も、まあ……悪くはなかったです」


 素直じゃないな、俺も。

 でも、これが精一杯だ。


 車は、滑るように夜の道を走る。

 いつもなら、このまま俺の家の近くまで送ってもらうか、あるいは彼女の家まで行ってから解散するのが通例だ。

 だが、今日は違った。


「……ここでいいわ」


 会長の屋敷の巨大な門の前で、車が止まる。


「え? 俺、ここで降りるんですか?」

「ええ。今日はもう遅いし、あなたも疲れているでしょう。この車で、そのままあなたの家まで送らせるわ」

「いや、でも、それだと会長が……」

「私はここで降りるわ。家の者に顔を見せないと、うるさいからね」


 会長はそう言うと、ドアを開けて降りようとした。

 そして、ふと足を止めて、振り返った。


「カズキ」

「はい」

「今日は、本当にありがとう。……おやすみなさい」


 彼女は、夜風に髪をなびかせながら、静かに微笑んだ。

 その笑顔は、今日見たどのはにかみとも違う、大人びた、けれどどこか寂しげなものに見えた。

 ヘアクリップの青い石が、街灯の光を受けて一瞬だけ強く輝いた。


「……おやすみなさい、会長」


 バタン。


 玄関の高級そうなドアが閉まる。

 窓ガラス越しに、彼女が小さく手を振るのが見えた。

 車がゆっくりと動き出す。

 俺は、遠ざかっていく彼女の背中と、巨大な屋敷の門が見えなくなるまで、ずっと後ろを振り返っていた。


 車内には、彼女の香りが微かに残っていた。

 俺はシートに深く身を沈め、自分の胸に手を当てた。


 契約上の関係。偽りの恋人。お世話係と主人。


 いろんな名前がついているけれど、今のこの関係に、一体どんな名前をつければいいのか、今の俺にはまだ分からなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ