第1話:落ちこぼれの魔導師、カイ
その日、魔術師団の訓練場は、魔法の光に満ちていた。
新米の魔導師候補生たちが、一人、また一人と、自慢げに掌から火球を生み出す。鮮やかな赤色が宙を舞い、標的の的を弾けさせた。歓声が上がる。
そんな賑わいから遠く離れた、薄暗い魔導具の倉庫。埃と油の匂いがこびりつくこの場所が、俺の定位置だった。
俺の名前はカイ。
この魔術師団でただ一人、魔法が使えない『落ちこぼれ』だ。
世の中には、魔力を持たない者は山ほどいる。だが、魔法が力のすべてであるこの国で、魔術師を志す者の中に魔力を持たない者など、俺以外には存在しない。
子供の頃から、魔力測定の儀式で誰よりも低い数値が出た。
それでも、いつか魔法が使えるようになるのではないかと、ひたすらに努力した。教科書を読み込み、訓練に励んだ。だが、結果は変わらなかった。
『お前は才能がない』
『魔術師になるのは諦めろ』
そんな言葉を、どれだけ耳にしたかわからない。だが、どうしても諦めきれなかった。魔法の『仕組み』を知ることが、俺の唯一の希望だったからだ。
結局、雑用係として魔術師団に所属することになった。
仕事は、壊れた魔導具の修理やメンテナンス。他の者から見れば、最も価値のない、退屈な仕事だ。
今日も俺は、埃を被った古い『光の魔導具』を解体していた。何年も前から故障し、誰も直そうとしないガラクタだ。
「なぁ、カイ。またそんなガラクタいじってるのか?」
背後から、同期のエリオットの声がした。彼は名門貴族の息子で、入学当初から天才と謳われている。
「…この魔導具は、光の魔力を増幅させる仕組みが複雑で、面白いんだ」
「仕組み、か。そんな無駄なことしてないで、さっさと掃除でもしてろよ。お前にはそれくらいしか取り柄がないんだからな」
エリオットは嘲笑し、足元に埃の塊を蹴りつけて立ち去った。
その言葉に、胸の奥がチクリと痛む。でも、すぐに気持ちを切り替えた。
俺には、彼の嘲笑よりも興味深いものがある。
目の前にある、この魔導具だ。
ネジを一本ずつ外し、埃を払い、内部構造を観察する。
――この魔導具は、魔力の流れを制御する結晶が、ほんの少しだけズレている。
俺の頭の中には、複雑な魔法陣の構造が立体的に浮かび上がる。そこには、魔力を持つ者には決して見えない『流れ』が見える。
パチン、と小さな音がした。
俺が最後のネジを締め直した瞬間、魔導具の周りを淡い光が包み込んだ。それは何年もの間、誰も見ることができなかった、光の魔力だった。
「――直った?」
その時、突然、訓練場の方から大きな爆発音が響いた。
「おい、何があった!」
誰かの叫び声。
俺は魔導具を置き、訓練場へ駆け出した。
そこには、一人の若き魔導師が、呆然と立ち尽くしていた。彼の掌から放たれたはずの『火球』が、軌道を外れ、制御不能な状態で訓練場の壁を焦がしていた。
「ダメだ、魔法が制御できない…!」
パニックに陥った魔導師は、火球を次々と生み出す。
状況は最悪だ。このままでは、訓練場は火の海になる。
周囲のベテラン魔術師たちも、どうすることもできない。彼らは魔法で魔法を鎮めることしか知らない。だが、この火球は、魔力そのものが不安定なのだ。
俺は、火球の『動き』を注視した。
――不規則に見えるが、違う。微かに回転しながら、同じ法則に従っている。
魔法が使えない俺だからこそ、見抜けることだった。
そして俺は、その法則を読み解き、一瞬だけ火球の軌道が止まるポイントを見つけた。
その一瞬に、俺はただ走った。
火球が飛び交う危険な空間に、迷いなく飛び込んでいく。
「何をしている、バカ者!」
団長らしき人物が叫ぶ。
だが、俺に聞こえるのは、風の音と、魔法が弾ける音だけだった。
そして、俺は目的地にたどり着いた。
それは、訓練場の隅に置かれていた、水が満たされた大きな樽だった。
「これで…」
俺は勢いをつけて樽を蹴り飛ばし、制御不能な火球の軌道に水を浴びせた。
シュゥゥゥ…という音と共に、火球は一瞬でかき消え、あたりに蒸気が立ち込める。
呆然と立ち尽くす人々。
その場にいる全員が、信じられないものを見るかのように、俺に視線を向けた。
その中に、一人の老人がいた。
白髪と白髭を蓄えた、皺の深い老人。彼は、他の者たちとは違う、奇妙なほどに静かな視線で、俺を見ていた。
まるで、俺が何者であるかを、すべて見抜いているかのように。
彼は何も言わず、ただ静かに、その場を立ち去っていく。
その背中が、俺の物語の始まりを告げているような、そんな予感がした。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
本作は、主人公が魔法を使えないというハンデを乗り越え、知恵と工夫で成り上がっていく物語です。
主人公が成長しながら仲間を増やし、強大な敵に立ち向かっていく姿をじっくりと描いていきたいと思っています。
次回は、今回の事件をきっかけに、主人公カイが下級将校への道を歩み始めることになります。そして、彼を密かに見つめていた老賢者との出会いも描く予定です。
お楽しみいただけたら幸いです。感想やご意見も、お待ちしております!