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そのに

 次の日トンちゃんが学校から帰ってくると、またお父さんたちが難しい顔をしていました。

 昨日と同じようにトンちゃんは、ふすまの陰に隠れました。

「木原のじいさんとこも出たかい、こりゃ広がっとよ」

 木原さんも、ウシの育て屋さんです。しかも昨日の野崎のおじいさんのところより、トンちゃんちに近い場所です。

「気合入れて消毒しんと、たまらんちゃがこつなんね」

「薬ば足りんちゃ。農協やら県やら、ありったけ出してくれちょるけん、ほんでもなんぶも無かとよ」

「通っちょる車ば、前は片っ端かい消毒しちょっけん、今はワシらウシやブタ飼っとるもんだけっちゃ。どんげすか」

 大人たちが口々に言うのを聞いて、トンちゃんはとっても心配になってきました。

 消毒薬が足りなかったら、病気がもっと広がることくらい、トンちゃんにだって分かります。そうしたら、トンちゃんの家にだって来てしまうかもしれません。

「ともかく、消毒するっちゃ。道路に石灰だけでん撒くっちゃね」

「じゃがじゃが。広がっよーねぇ、えれこっちゃなっとよ」

「はよいっせ。薬ばもらってこんと」

 どこに行けば消毒薬をもらえるのか、それがどのくらいあるのか。そんな話をしながら、おじさんたちは帰って行きました。

 さらに二日もたつと、学校へ来ない子が出始めました。

 みんながウワサしています。

「原田ん家のウシ、かかったとよ。ほんでよそに広がらんごつ、学校ば休んぢょっと」

「どげんすか。おい、あいつば触っちゃっとよ」

「おいのウシも、病気ばなっと?」

「ブタだのウシだの、ひづめが二つに割れてるモンが、かかっとよ。じゃけん、イノシシもシカもかかっとよ」

 病気はどんどん広がってるようでした。

 日に日に石灰が撒かれた真っ白な道が増えて、通れないところも増えていきます。今日はあそこが、昨日は向こうが、そんな話ばかりです。

「いつ止まるとよ……」

「前んときゃ、国ばあげに早よ動いたっちゃ。そこらじゅう、車ば薬撒いたとよ。検査もすぐしに来たっちゃが」

「医者さん足りんと。じゃけん、医者さん来るまで病気ばウシ生かしちょるとよ。ほんでウシば足だの血だらけで、よう立てんしエサも食えんようなって、地獄じゃ言うとっと」

「ひでぇこっちゃ……」

 血が出て傷になってるとろが痛いのか、ウシたちはずーっと鳴いているのだそうです。

 誰もが心配で、口々に言い合います。

「国の役所から、なして何も来んと?」

「テレビ、なんで何も言わんと? 前んときゃ、最初から毎日うるさいほど言うとっちゃが」

 そうは言っても、病気は止まってくれません。何とかしなければ、どこのうちのウシもブタも死んでしまいます。

「どんげかせんと」

「お酢、ウシだのに撒くといいとよ。撒いてみっか」

「ほんなら、おいとこにもあるとよ。帰って撒くっちゃが」

 みんな必死です。

 本当は消毒薬が必要なのは、みんな分かってます。けれど手元に、なかなか必要な量がないのです。

 「効果がある」とちょっとでも聞いたものは、みんな試しました。石灰はもちろん、お酢、漂白剤……農薬要のヘリコプターで、お酢を撒くところまで出ました。

 でも、止まりません。

 だってそうです。必要なのはお酢じゃなくて、大量の消毒薬なのですから。それにウシの始末も、ぜんぜん追いつきません。だからどんどん広がるのです。

 誰もが心配で心配で、夜も眠れません。

 今日は無事だったけど、明日はどうだろう。明日が大丈夫でも、明後日はダメかもしれない。毎日そうやって、怖くて押しつぶされそうな気持ちで、消毒してるのです。

 そんな中、お父さんがトンちゃんに言いました。

「トン、われ明日かい学校ば休むね。病気、持ってきたら困るけん」

 仕方なく、トンちゃんはうなずきました。

 学校へ行かなかったら、友達と会えません。それどころか、用事がなければ家からも出られません。いくらゲームがあったって、それじゃつまらなくて死んでしまいそうです。

 でも、ブタは大切です。ブタを売ったお金で暮らしていることくらいは、トンちゃんにだって分かります。

 もしそのブタが、病気で全滅してしまったら……ゲームどころじゃありません。

 だからトンちゃんはうなずいたのでした。

「すまんの、トン」

「ええよ」

 トンちゃんの頭を、お父さんがガシガシと撫でました。そしてトンちゃんの髪の毛が、石灰で白くなりました。

「やいや、頭しりーなったっちゃ。トン、風呂ば入って洗うとよ」

「じゃけん、まだ出来とらん」

 お父さんとトンちゃんは顔を見合わせて、久しぶりに笑いました。

「ほんじゃ一緒に入るとよ」

 そう言ってお父さんがお風呂をわかしに行こうとしたとき、玄関で声がしました。

「おとん、おかん、おるとよ?」

「兄ちゃん?」

 びっくりして玄関へ駆け出すと、たしかに遠くの大学に行ってるはずのお兄さんが居ました。

「どんげしたとよ」

「ウシば病気ひどかけん、手伝いに来たとよ。人手要るっちゃろ?」

 言ってお兄さんが、荷物と一緒にあがりました。

「TVもなんも言わんと、よう分かったっちゃが」

 お父さんに訊かれて、お兄さんが答えます。

「ネットじゃ。TVばホントごつ言わんけん、アテんならん。じゃけん、ネットなら分かるっちゃ」

 お兄さんはコンピューターが得意だから、インターネットでいろいろ知ってるようです。魔法みたいですごいなぁと、トンちゃんは思いました。

「家ば、まだプロバ繋がっとっと? ほら、ネットんアレっちゃ」

「ようわからんきに、いんたーねっつはそのままじゃぁ」

 お父さんの言葉に、お兄さんがうなずきます。

「ネット使えんごつなっとったら、どんげかしよか思ったっちゃ。パソコンば繋いでくるとよ」

 お兄さんが、自分の部屋へと向かいます。

「ケンも帰ってきたけん、頑張らんとじゃー」

 そんなことをつぶやきながら、お父さんはお風呂を沸かしに行きました。

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