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精霊国物語  作者: 夢野かなめ
第二部 木の歌と火の器

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53話 傷を塞いで

「何かあった?」


 そう訊くと、アーチェは気まずそうに視線を泳がせた。


「えぇと、報告会の前にお食事を取られた方が良いかと思いまして。ですが、大事なお話をされていたのでは、と」


「あぁ、ううん、大丈夫だよ。確かに食べておいた方がいいかも。話し合うことは沢山あるものね」


 グッと伸びをしてから廊を歩き出すと、アーチェは桜の樹に目をやってから、マリーエルを追った。


「アンジュ様は……」


「うん、今は少しでも過ごしやすいようにさせてあげるのが一番かな、って。お母様が一緒に居るから大丈夫」


「そう、ですね」


 マリーエルはアーチェの様子を窺ってから、敢えて明るい声で言った。


「お腹空いちゃった。今日の夕餉はなぁに、アーチェ?」


 アーチェは笑みを浮かべると、答えた。


「ジュリアスから使者団と共に果物や野菜が届いたんです。今日はそちらを使ったものを主にご用意してます」


「わぁ、楽しみ!」


 軽い足取りで自室へと戻ったマリーエルは、室内から聞こえる賑やかな声に目を瞬いた。


「ベ、ベッロ、飛びつくのは止めてくれ! インターリ! マリーが戻るまでは待てと言っただろう⁉」


 珍しくカナメが声を上げている。


「何、騒いでんだぁ?」


 後ろからカルヴァスの声がして、マリーエルの肩越しに部屋を覗き込んだ。奥の間からは相変わらず賑やかな声が聞こえてきている。


「あれ、カルヴァスはクッザールお兄様との話し合いじゃなかったっけ?」


「あぁ、あとは報告会の時でいいから少し休めって。──あ」


 わなわなと体を震わせていたアーチェが、パッと駆け出し、奥の間で声を上げた。


「いい加減にしなさい!」


 思わず目を見合わせると、カルヴァスがおどけたように笑う。


「余計賑やかになったな」


「そうだね。何だかカナメが可哀そうになってきた」


 インターリが口答えする声や、アーチェの登場に興奮したベッロがドタバタと走り回る音が聞こえている。「落ち着け」とカナメが繰り返している。


 スンと鼻を鳴らしたマリーエルは、カルヴァスの手元に目を落とした。


「なんか、良い匂いがするね」


 マリーエルの言葉に、カルヴァスはニッと笑って包みを持ち上げた。


「クッザール隊長から肉貰ってきた。あとあの旨い焼き菓子も。食おうぜ」


「わ、食べる食べる!」


 マリーエル達が奥の間に入って行くと、アーチェがインターリに針を突きつけている所だった。インターリは、冷たい瞳でアーチェを見下ろしている。


「ア、アーチェ! 落ち着いて!」


 マリーエルが駆けていくと、アーチェはインターリを鋭く睨み付けたまま手を下ろした。命拾いしましたね、というアーチェを鼻で笑い飛ばそうとしたインターリの頭を、カルヴァスが小突く。


「痛ぇっ」


「悪い事したらごめんなさい、だろう。どうせ、そこの果物に先に手を付けたのはお前だろ。全く、いつもいつも。せめてマリーが戻るまでは待てよ」


 見れば、籠に盛られた果物の山に、奇妙に穴が開いている。


「お姫様が帰って来るのが遅いのが悪いんじゃん」


「そんなこと言ってるお前には、この肉は分けてやらねぇ」


「……悪かったね。食べちゃった分は戻せないけど」


 カルヴァスは卓の上に包みを置き、皆に座るように言った。ひとりひとり指さしていく。


「アーチェ、苦労を掛けているのは判るが、気軽に武器を仲間に向けるな。ベッロ、楽しいのは判るが騒ぐな。カナメは……まぁお前はいいか。ん?」


 隣に座るマリーエルに目を止めたカルヴァスは、その口元をほころばせているのに気が付き、からかうような笑みを浮かべた。


「なーに、笑ってんだよ」


「ううん、帰って来たんだなって思って」


「ま、そうだな。この後も暫くは忙しくなりそうだけど、ひとまず無事に帰って来た」


 マリーエルは皆の顔を見回して微笑んだ。


「よし、食べよう。食べて一緒に頑張ろう!」


 マリーエルの言葉に、皆それぞれの反応を返す。


 ──いつまでも、こうしていられるように、出来ることを成そう。


「あ、後でアントニオに差し入れてもいい? ヨンムお兄様と仲直り出来たみたいなの」


「じゃあオレが届けておいてやるよ」


「うん、お願い」


 肉を切り分けるカルヴァスの向こうで、何かを言いたそうにしているカナメと目が合った。カナメは、期待に満ちた顔でマリーエルの前の茶器を示した。


「新しい配合を試してみた。飲んでみてくれ」


 言われるままに飲んでみると、軽やかな風味の中にキリッとした爽やかさが口中に広がった。


「美味しい!」


 マリーエルの言葉に、カナメが嬉しそうに笑う。カナメが茶葉について語るのを聞きながら、マリーエルは心に薄い覆いが被さっていくのを感じていた。それは、深く開いた心の傷を優しく塞いでいく。


 きっと、この傷は完全に塞がることはないだろう。


 失ったものは大きすぎた。深くまで根差していた。


 でも、それでも……大丈夫。こうして覆いを出来るから。


 この景色を守る為、出来ることを成そう。


 マリーエルはもうひと口茶を含むと、その温かな香りに心を浸した。


ここまでお読み頂き、有難うございました。

これにて『精霊国物語』第二部了となります。

第一部では世界を救う為に大陸へと旅に出たマリーエル達でしたが、第二部では精霊国の他地方とのあれこれや、各登場人物の関係性などに焦点を当てて書いてみました。

お楽しみ頂けたでしょうか。

続く第三部では、第一部で少しばかり触れたことについて、再びマリーエル達が旅に出ることとなります。影の誕生から、木の波、火の器と続き……次は……?

第三部は2026年2月より投稿開始予定です。

それまでに、第二部開始前と同じように【番外編】として短編を投稿いたします。

既に投稿済みの番外編短編と共にお楽しみ頂ければ、幸いです。

最新情報は、活動記録やSNS等で投稿していきますので、是非覗いてみて下さいね。

今後とも、よろしくお願いいたします。


2025年11月27日

夢野かなめ

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