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精霊国物語  作者: 夢野かなめ
第二部 木の歌と火の器

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49話 地底より這い上る影

 祠を前にしたマリーエルは、この地が置かれた深刻な状況に眉を寄せた。


 地の底から止めどもなく湧く穢れは、この地を侵食し、表出しようとしている。


「さっき視た時よりも澱みが増してる。カオルお兄様が地の精霊の力で抑えたのに、もうこんなにも……」


 マリーエルは、すぐ隣に立つカルヴァスを見上げた。カルヴァスはじっと祠を見つめ、ちらとマリーエルを見つめ返した。


「どうする?」


「私はこの穢れに対処するので精一杯だと思う。もしかしたら、力を使い切っちゃうかも。だから、後のことはお願いね」


 マリーエルが笑って小首を傾げると、カルヴァスがふっと笑ってからマリーエルの頭を撫でた。後ろに控えていたアーチェが咳払いするのに、カルヴァスは取り繕うように手を彷徨わせてから腰に当てた。


「ま、後のことは任せとけ。その為にオレ達がいるんだからな」


 そう言って、カルヴァスは後ろを振り返った。その視線を追い、マリーエルは皆と視線を交わした。


 インターリとベッロが少し離れた地点で様子を窺い、更に奥にはヨンム隊の中にアントニオの姿が。アーチェが不安の中にも覚悟を滲ませ、カナメは静かにマリーエルを見つめ返している。


 皆に、ひとつ頷いてから、再びカルヴァスに視線を戻したマリーエルは、祠の前に跪いた。


「私は私の出来ることを。──使命を果たす」


 その時、遠くで声が上がった。すぐに角笛が鳴らされ、駆けてきた伝令役が、「沼地の奥から影憑き、鬼が出現、交戦開始」と報告した。


「あっちも動き出したか」


 カルヴァスはマリーエルに目配せして頷き合ってから、剣を高く掲げた。それを合図に、兵達の間で声が上がる。


 マリーエルが跪いたその先を、カナメが細剣で横に斬り裂いた。その瞬間、地の底から勢いよく影が噴出した。


 兵達の声が驚きと怒声に変わる。武具の荒々しい音が辺りに響く。


 マリーエルはそれを耳にしながら、この地の気に潜り込み、流れを妨げる穢れの気配に意識を向けた。


 影の噴出を確認したカルヴァスが、マリーエルへと触手を伸ばす影を、次々に炎剣で斬り伏せていく。その気配が遠く感じる程にマリーエルは深く集中し、ピクリとも体を動かさずに、地に手を付けたまま瞳を閉じて気を探り続けた。口元だけが小さく歌を紡ぎ、薄く開けられていた。


 カナメは祠の周辺から噴出する影を斬っていった。細剣は影のみを裂き、霧散させる。


 影が多い。そう考えたところで、カルヴァスは内心で笑った。それはそうだろう。誘われているのだ。


 深淵の女王は世界を影で覆うとしている。そしてグランディウスに、そして特に精霊姫に恨みの念を強く抱いている。精霊姫であるマリーエルを苦しめ、絶望させ、それにつけ入り全てを飲み込んでしまおうとしている。


 カルヴァスとカナメは、自然と互いを補うように剣を揮っていった。インターリとベッロは、周囲から零れ出た影が祠へと向かおうとするのを狩っていく。


 このままなら、あとは……。カルヴァスがそう思った時、マリーエルは体を仰け反らせ、喉を締め付けるような声を上げた。控えていたアーチェがその背に手を伸ばそうとした時、マリーエルを貫くようにして影が伸び上がった。カルヴァスは咄嗟にアーチェの体を後ろへ押しやり、影を斬り上げた。


 急いでマリーエルの顔を覗き込む。


「どうした⁉」


 マリーエルは苦しみに顔を歪め、歯を打ち鳴らしながら、薄く開いた瞳でカルヴァスを見、ハッとしたように反対側に視線を動かした。その先で、カナメが剣を構えたまま驚愕の表情を浮かべていた。見れば、足元に溜まった影が、カナメの体を縫い留めるようにしてうねっていた。


「くそっ……」


 カルヴァスはマリーエルを支えたまま、剣先をカナメへと向けた。炎が上がり、カナメの周囲の影を焼き尽くしていく。カルヴァスの鼻から流れた血が、地を染める。


「何とか、しろ……カナメ!」


 唸り声を上げたカナメが足元に剣を突き立て、斬り裂いた。ふっと軽くなった体でマリーエルの許へと駆け寄る。


「……カナ、メ」


 絞り出されたマリーエルの言葉に、カナメは頷き、マリーエルの全身に目を走らせた。


「何が起きてる?」


 カルヴァスはそう言いながら指笛の合図でインターリとベッロを呼び寄せ、炎の力を揮いながら鋭い視線を向けた。


「カルヴァス、君は──」


「今はオレのことより、マリーだろ」


 カルヴァスは鼻元を拭い、言った。カナメはひとつ頷くと、再びマリーエルの全身を注意深く見つめた。マリーエルの背に目を止め、それを確認するように耳元で訊くと、細剣をマリーエルの背へと当てた。


「恐らく、深く潜り過ぎた。影がマリーの気に溶け込もうとしている。それを斬る」


 カナメは肩から腰に掛けて這うように当てた剣を滑らせた。縦、横に剣先を背の上で走らせる。


 溜め込んだ息を一度に吐き出すようにしてえずいたマリーエルは、体を畳んで荒い息をしてから顔を上げた。


「有難う……もう、大丈夫」


「本当か? 一度引いた方が──」


 カルヴァスの言葉に、マリーエルは疲労を滲ませた顔を横に振り、カナメの手を取った。


「カナメの力も借りる。カナメの気と影は反発し始めてる。ね?」


 その問いに、カナメは小さく頷いた。


 マリーエルはカルヴァスに目を向け、その鼻元を優しく拭ってから、剣を握る手に触れた。


「二人とも動けなくなると思う。全部任せるね。でも、カルヴァスも無理はしないで」


「それはこっちの台詞だ。無理はするなよ」


 カルヴァスはマリーエルの肩口に祈るように額を付けてから、立ち上がった。


「任せろ」


「うん」


 マリーエルはカナメと見つめ合い、手を強く握り合った。


「もう一度」


「あぁ」


 マリーエルは、カナメの気の流れを感じながら、地底より這い上がらんとする影の気配に集中した。


 この地は纏わりつくような気が堆積している。影は底より伸び上がり、根を這うようにその触手を伸ばす。


 この地の記憶ともいえる力の塊がマリーエルの中を過ぎり、様々な感情を浮かび上がらせた。


 強烈に湧き起こるのは、怒り、悲しみ、そして敵意だ。それはモイーラのものだけではない。この地が喪失の谷と呼ばれる所以にも関わっている。


 影が、澱みが身の内をすべっていく。息がつまり、冷たいものが這い上る。しかし、繋いだ手だけは温かかった。


 ふいに、その手がマリーエルを引いた。


「マリー、これ以上は……」


「うん、でも……」


 あと少し、と意識を向けた所で、目の前に小箱が浮かび上がった。繊細な装飾の施された木製の小箱だ。


 見覚えのあるそれに手を伸ばすと、濃い影がそれを覆い隠してしまった。影が、甲高い音を立て始め、辺りがビリビリと振動する。


「判った……此処までに、しよう」


 マリーエルが身の内に流れる精霊の力を解き放つと、辺りに歌が響き渡った。影の立てる甲高い音が飲まれるように小さくなっていく。


 やがて、この地の気は整えられた。しかし、すぐに綻んでしまいそうな程に脆い。


 マリーエルは、カナメと繋いだ手に意識を向けた。


 ハッと瞳を開けたマリーエルは、息の塊を吐いてから、もがくように吸った。眩暈に襲われ、地に引き込まれる感覚の中、それを支えるように腕が差し込まれた。しかし、その力も何処か弱々しい。支え合うようにして共に(うずくま)る。


「カナメ……」


「あぁ……ひとまずは、終わった……な」


 倒れ込む前にカルヴァスが二人の体を支える。


「お前等、大丈夫か⁉」


 押さえつけられるような疲労感の中、マリーエルは僅かに顔を上げ、しかしすぐに瞳を伏せた。


「眩暈する……影は祓ったよ。底に小箱の記憶が──」


「小箱の記憶? いや、今はいい。陣に戻って休め。──お前はどうだ」


 カルヴァスがカナメに問うと、マリーエルの肩口でカナメのくぐもった声が言った。


「悪い……動けそうにない」


「判った」


 カルヴァスはマリーエルの脱力した体を抱え上げると、ベッロにカナメを運ぶように言った。ベッロはカナメの体の下に潜るようにして背負いあげる。


「何があった?」


 近辺の影を霧散させ、対処を終えたクッザールが急いで駆けてくると、マリーエルとカナメを見比べ言った。


「まだ詳しくは。ただ、祓えは済んだと。回復次第詳細は纏めます。国王対影隊には谷に残る影憑きと鬼の対処を。クッザール隊には周辺の見回りを頼んでもいいですか」


「あぁ、任されよう」


 クッザールが伝令役を走らせると、すぐにエイスターが投げ上げた鳴る石の音が応えた。


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