表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
精霊国物語  作者: 夢野かなめ
第二部 木の歌と火の器

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

90/90

48話 作戦

 陽が陰り始めた頃、一行は喪失の谷へと着いた。谷の入り口には陣が敷かれ、鈍い色の景色の中で陣幕の色が浮いて見えた。


「改めて説明するまでもないとは思うが、マリーエル、君にはこの地を今一度祓い清めて欲しい」


 クッザールの言葉にマリーエルが頷くと、クッザールは顎を引いてから皆を見回した。


「マリーエルの儀の支度が整い次第開始する。一度はグランディウス王が鎮めはしたが、この地は深く穢されている。此度の儀だけでは全て祓うことは出来ないだろう。根本的な措置が必要だ。それを見極める為の機会だと考えてくれ」


 そこでクッザールはアントニオにちらと視線を送った。


「そして、例の如く、この地では鬼の出現と影憑きが報告されている。国王隊から再編成された隊と、我が隊からも小隊ではあるがこの地での討伐任務に当たっている。ヨンム隊も何やらやっているようだが、研究段階だからと詳細を話したがらないのでな。好きにやらしている。まぁ、これも()()()()だ」


 アントニオがピクリと眉を動かした後、暫し考え込む仕草をした。


「ともかく、此度はこの地の祓えと、それによる影への対処だ。実際の指揮は精霊隊隊長であるカルヴァスに一任し、他の隊は支援へと回ることとする」


 卓についていた国王対影隊隊長とヨンム隊副隊長に向けてクッザールが言った。


 国王対影隊隊長エイスターは、口元に僅かな笑みを浮かべ、無骨な体を折りたたむようにして頭を下げた。猛々しい雄牛のような体躯に、空より滴り落ちた夜露のような顔をしたエイスターは、隣に腰掛けるヨンム隊副隊長ノノミに目線を送った。


 その目線を涼しい顔をして受け流すノノミは「ヨンム様の現在の発明は必ずや国の為に役に立つ事でしょう。今は少しでも情報を集め、検証、試行が必要なのです。姫様のお役目の妨げになることはございません」と、マリーエルに笑顔を向けた。そして、その隣に腰掛けるアントニオに険のある視線を向ける。


 草原色をしたノノミの瞳は、常時なら柔らかく世界を見つめ、好奇の光を灯しているが、アントニオに向けられたそれは、まるで氷に覆われてしまったようだった。


 ちら、とその視線を受けたアントニオは、ゆっくりと顔を逸らし、気が付かない振りをする。


 カルヴァスがクッザールと入れ替わり立ち上がると、皆の視線が集まった。卓の上の地図を示しながら、ノノミに訊く。


「ヨンム隊の都合のいい地点は何処になる?」


 ノノミは優雅な手つきで地図の一か所を示した。何処か惹きつけるような笑みを浮かべているが、ヨンム隊副隊長の名の通り、彼女がそのような表情をするのは、研究物をどう活かすかということをその頭脳を稼働させて考えている時なのだと、多くの者が知っていた。


「この辺りであればどの点においても融通が利きます。勿論、剣士と弓士も連れて来ていますから、支援も可能ですし、自陣は守れます。先の戦の際、活用しました護霊膜の改良版も持って来ていますので」


 マリーエルは深淵の女王との戦いの際に、ヨンムが展開していた防御膜を思い返していた。あれから更に研究は進んでいたのだ。


「じゃあ、そこにアントニオも入れてくれ」


「何ですって?」


 カルヴァスの提案にアントニオが声を上げた。言葉を続けようとするアントニオを手で制する。


「お前の役目と状況を考えるとそれが一番いいだろ。決して離れている訳じゃないが、戦況を見ることは出来て、戦に巻き込まれる可能性が低い場所。此処ならオレ達も気を回さないで済むからな。今回のお前の役目は、この地で起きること観察し、知識として残すこと、だろ。次は腕でも折るつもりか? 荒事はオレ達兵に任せろ」


 アントニオが言い返さないでいる内に、ノノミが「承知しました」と返した。顎を引いてそれに応えたカルヴァスは、マリーエルに視線を向けると、再び地図を示した。


「祠は此処だ。儀を行う場を中心にして兵を置く」


 マリーエルはカルヴァスが指で示す場所を目で追い、顔を上げると陣幕を通して祠の方に目をやった。


「うん、良いと思う。この後実際に見てはおきたいけど、祠の辺りが一番澱みが強いと思う」


「判った。じゃあ、暫定的にオレ等は此処。クッザール隊は後ろを固めて貰って──」


 カルヴァスは印を地図の上に置いていくと、エイスターに目を向けた。


「国王対影隊には、最も影の出現が多い箇所、加えて祠付近で戦いが生じた場合にすぐ転じることが出来る場所を頼みたい。此処と……この辺りか」


 地図に目を落としたエイスターは、薄い笑みを浮かべ頷いた。


「流石は、カルヴァス隊長。剣技だけでなく、差配の才もおありとは。羨ましい限りです」


 問うような笑みを向けられたクッザールは、涼しい顔でそれを受け止めると「あぁ、本当に頼もしい限りだ」と笑顔を返した。


 エイスターはマリーエルに微笑みかけ、立ち上がる。


「早速、編成の確認を致しましょう。ご安心を。我等は王よりこの地を任されております故。それでは」


 エイスターは颯爽と陣幕をくぐって去って行った。続いて、ノノミが検証の準備に、アントニオが体を休める為にと出て行くと、ふと目を上げたカルヴァスがマリーエルを見て、ニッと笑った。


「どうした? 不安そうな顔してんな。お前は祓えについてだけ考えてくれてればいいんだぜ」


 カルヴァスがふっと息を吐いて椅子に腰掛けると、クッザールが小箱を取り出して卓の上に置いた。


「あぁ、『荒事はオレ達兵に』だ。──焼き菓子を持って来ていたんだ。疲れているだろう、マリーエル? 食べると良い」


 お前も食べるだろう? とクッザールがカルヴァスに小箱から取り出した焼き菓子を渡すのを、複雑な気持ちで眺めていたマリーエルは、渡された焼き菓子に口をつけず、躊躇いがちに口を開いた。


「えぇと……少し、エイスターの言葉に刺があったような気がしたんだけど……」


 大陸から戻って後、多くのことに目を向けるようになっていたマリーエルは、組織というものにも少しずつ意識を向け、考えることが増えていた。国王の許にそれぞれが隊を持ち、その中でも隊長から副隊長、その下へと続いていく。


 精霊隊はかなり小規模な隊であり、仲間という意識が強いが、クッザールの隊などは規模も国内一であり、隊も幾つかに分かれている。


 国王隊のエイスターが誰かを嫌っている訳ではないということは、マリーエルでも判っているが、しかし、何処か快くないと思っている部分があるのも感じていた。


 焼き菓子を頬張っていたカルヴァスは、あぁ、と何でもなさそうに言った。


「まぁ、これは兵としての誇りの問題だからな。エイスターの方がオレよりずっと、それよか王よりも長く第一線で戦ってきた訳だから。でも、全部判ってる筈だ。〝判ってても割り切れない〟って気持ちは、オレでも理解出来るし」


 カルヴァスの言葉に、クッザールが頷く。


「兄上からの信頼も厚く、その為にこの地を任されたということも理解しているだろう。彼は信頼に値する者だから、そう気にしなくていい。マリーエル、君だっていつでも笑顔で居られる訳ではないだろう? それと同じようなことだ。──それより、全部食べられるぞ」


 そう言ってクッザールが指さした方を見ると、カルヴァスが次の焼き菓子に手を伸ばしている所だった。小箱の中にあった筈の焼き菓子は、半分程になっている。


 慌ててマリーエルは小箱を引き寄せた。


「もう、カルヴァスは有難みもなしに食べちゃうんだから! この焼き菓子ちゃんと見た? 花を(かたど)っていて見た目もとっても素敵なのに」


 マリーエルの言葉にクッザールが嬉しそうに笑う。


「うちの隊の世話役に、そうしたことが得意な者が居てな。ここの所よく作っては持ってくるんだ」


「味もかなり良いですね」


 カルヴァスが言うと、益々クッザールは嬉しそうに笑う。


「伝えておこう」


 その時、陣幕が捲られ、アーチェが顔を覗かせた。


「マリー様、お待たせいたしました。衣の用意と儀に必要なものが揃いました」


「有難う、アーチェ」


 マリーエルは立ち上がると、小箱から取り出した焼き菓子をアーチェの口に差し入れた。驚いたアーチェは、わたわたと視線を彷徨わせたが、マリーエルの「美味しい?」という問いに、笑みを浮かべて頷いた。


 その様子を、僅かな寂しさを滲ませた瞳で見つめていたクッザールだったが、表情を引き締め、言った。


「では、支度を頼む」


「はい」


 マリーエルはアーチェと共に精霊隊の陣幕へと向かった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ