41話 アントニオの秘策
「ほら、次はコイツ!」
影憑きの攻撃を次々躱し、その背に飛び乗ったインターリは、首に回した腕に体重をかけ、影憑きの体を投げ飛ばしていった。
インターリが影憑きを一人一人おびき出して動きを封じていき、迫り来る影憑きをベッロが牽制し、投げ飛ばされた影憑きの影を、マリーエルが祓う。
少し乱暴なやり方ではあったが、影を祓われた修養者は、それ以上動き出すことはなく、何処か解放されたような顔で力なく横たわっている。
その時、ひと際高い音が辺りに響いた。見れば、カルヴァスとカナメが剣戟を続けるその向こうで、ジェーディエがルドラに斬りかかっていた。
「影に侵され、穢れているのは貴方だ! ルドラ殿!」
ルドラは鉄貫から剣に持ち替え、軽々とジェーディエの剣を受け止めていた。不敵な笑みを浮かべる。
「愚かな。そのような考えだから、この地は燻ぶり続ける」
剣を弾き、ルドラは冷めた瞳でジェーディエを見つめ返した。
カナメの剣撃を受け止め、流しながら、カルヴァスは皆の動きに注意深く意識を向けていた。しかし、一切の手加減なく、澱みに操られるまま剣を揮うカナメの動きから完全に意識を逸らしてしまえば、危うくそれは致命傷を負わせようとすんでの所まで迫る。
戦況は逼迫していた。
影憑きはあと二人。ジェーディエはルドラと交戦中。
カナメから剣を奪い取ろうと攻撃を続けるが、今のカナメは普段の癖など関係なく剣を揮っている。
──どうするべきか。どうやってこの状況を……。
考える内、カナメの一撃に反応するのが一瞬遅れた。細剣はカルヴァスの左腕を掠って血を飛び散らせた。
カルヴァスは舌打ちし、反撃に出た。あまり長引かせても皆、持たない。そうなれば、疲れなど知らぬ影憑きの方が有利だ。ルドラはジェーディエが押さえている。
本来なら受け流すべき踏み込んだ一撃を、カナメは真正面から受けた。押し切ろうと、カルヴァスはより力を込めた。すぐ近くにあるカナメの顔の中で、澱みが蠢く瞳が、虚ろに見つめ返し、カルヴァスを苛立たせた。
「いつまでいいように使われてるつもりだ? 目ぇ覚ませよ、カナメ!」
その時、背後で悲鳴が上がった。カナメを弾き返し、後ろを振り返ったカルヴァスの視界の中で、マリーエル達が更に後方へと駆け出そうとする。その先に居るのは、アントニオとアーチェだ。
二人の許に影が迫っていた。
──此処からじゃ、間に合わない、か……!
視界の中で、手を止めず何事かを成しているアントニオが、一瞬だけカルヴァスを見やった。
カルヴァスはカナメの一撃を受け流し、駆け出そうとした足を止めた。そのまま体を捻ってカナメへと剣撃を繰り出した。
──アントニオ、早くしろ!
影憑きが迫る中、アーチェがアントニオの前に飛び出し、細い手を振り上げた。抵抗するように振り下ろされたそれは、影憑きの首元に突き当たった。びくり、と体を震わせた影憑きは、突然脱力して地に倒れ伏した。
震える手を握り、後退ったアーチェの前にベッロが駆け込み、マリーエルが祓えを行う。祓えが済むと、アーチェは影憑きの首元から何かを引き抜いた。
その時、アントニオが声を上げた。
「カルヴァス、出来ました!」
「待ってた──ぜ!」
カルヴァスは剣を引き、僅かによろめいたカナメの腹に蹴りを食い込ませた。後ろに飛んだカナメを追い、その手から剣を引き剥がして体を押さえつける。
「で、どうすんだ⁉」
振り向いたカルヴァスは、アントニオが僅かに盛り上がる岩に足を取られ、宙に跳ぶのを目撃した。
「お前っ、どんだけどん臭──」
「額にこれを!」
倒れたままアントニオが手を伸ばす。カルヴァスは素早く立ち上がってそれを取ると、体を起こしたカナメに向けて手を突き出した。
「わりぃ、余裕ねぇ!」
バシンッ、という音を立て、カルヴァスの手にあった札は、カナメの額に押し付けられた。勢いのままカナメの体は後ろに倒れ、頭を打ち付ける。
札に描かれていた紋様がカナメの中に吸い込まれ、空になった札が額から滑り落ちた。
「マリー!」
マリーエルは転げるようにしてカナメの許へと駆け寄った。縋り付くようにしてカナメに触れ、その気の流れに潜り込んだ。強い澱みの気配はなくなっている。乱れた気の流れを辿り、調律する。まるで嵐のように荒ぶる気を、絡みついた命の旋律を、伝え、導き、整える。ゆら、と立ち上ったカナメの気の流れを包むようにして引き上げた。
カナメの体が小さく震えた。
「……カナメ?」
体を離したマリーエルは、その顔を覗き込んだ。目蓋が震え、ゆっくりと瞳が開かれる。見慣れた海灰色の瞳が、静かにマリーエルを見つめ返した。
「マリー……」
掠れた声が言う。
「ねぇ、ソイツ起きたならこっちもお願い」
インターリが、ぞんざいな手つきで修養者の体をマリーエルの横に放り投げた。
「もう、いくら影憑きだからって、そんな乱暴にしちゃ駄目だよ」
そう言ってから、マリーエルは修養者の穢れを祓った。
今、影に憑かれた修養者達は、皆その影を祓われた。皆の視線は、ジェーディエとルドラに集まった。篝火がパチンッを爆ぜる。
「もう、此処で止めましょう」
ジェーディエの声が、鋭くルドラを牽制した。剣を失い、地に尻をついたルドラは、周囲を見回し口を引き結んだ。そして、アントニオを忌々しげに睨み付ける。ジェーディエはルドラを拘束し、跪かせた。
「沙汰は此方で」
ジェーディエは硬い表情のまま、マリーエルに問うようにした。マリーエルはカルヴァスと目線を交わしてから、頷いた。
長く息を吐くと、くらりと眩暈がしてマリーエルはよろめいた。咄嗟にそれを支えようとしたカナメが、苦しげに呻く。
「頭が、体が……いや、全身のあちこちが痛い。何があったんだ……?」
マリーエルの体を支えたカルヴァスが、はぁと息を吐き、額の汗を拭う。
「それはもう大変だったんだぜ。全身の痛みはその代償ってことで我慢してくれ。正直オレも結構キツい」
そう言ってカルヴァスが屈みこみ、マリーエルはカナメの肩口に頭を預けた。
「よかったぁ、ちゃんとカナメだ……」
ぐっと呻いたカナメに慌てて体を離すと、カナメは訝しげに後頭部へと手をやり、顔を顰めた。「我慢な」とカルヴァスが念を押す。
「それにしても、アーチェのあの技はなんだ?」
ふいにカルヴァスに話を振られたアーチェは、懐から何本かの長い針を取り出した。それは縫い物で使う物よりも幾らか大きいものだった。布に包まれたそれを一本取り、アーチェは手のひらに乗せた。
「本来は気の流れをよくする為に扱う物なのですが、咄嗟に気の流れを止める箇所に打ち込んでしまいました」
そう言って、アーチェは地に倒れる修養者に目を向けた。
「一応息はしているのですが、目を覚ますかは判らなくて。何せ人で試したことがないものですから……。あの箇所に打つのは鳥や魚を絞める時なので……」
「えぇ⁉」
マリーエルの声に首をすくめたアーチェの前で、インターリがニヤニヤとしながら修養者の体を起こし、じろじろと見回した。
「んー、大丈夫じゃない? その内目覚めるでしょ。なぁんだ、つまんないの」
「つまらないって、何ですか!」
アーチェが声を荒げると、インターリは可笑しそうに笑った。その足でルドラの許に歩み寄ると、その体を蹴りつける。
「インターリ殿……!」
止めに入ったジェーディエを押し返し、鼻で笑う。
「本来なら今すぐ殺してやりたい所なんだ。寛大な処置に感謝して欲しいくらいだね」
「そこまでにしろ」
カルヴァスが言うと、インターリは不満そうに鼻を鳴らしながらも、ベッロの許に戻った。
立ち上がり、周囲を見回していたカルヴァスが、アントニオに目を向けた。
「で、お前がやったことだけど──」
そこまで言って、カルヴァスは洞窟の先から聞こえてきた足音に身構えた。




