42話 反逆者
足音は真っ直ぐに此方を目指して近付いて来ている。
そうして篝火の灯りの中に姿を現わしたのは案内人だった。インターリが、ふぅんと鼻を鳴らし、片眉を上げた。
案内人はインターリに頭を下げ、拘束されたルドラに怯えたような視線を向けてから、それを振り払うようにマリーエルへと向き直った。
「インターリ殿に、自分の行き先について教えて頂きました。私は、正しいことを行いたいと思います」
そうして後ろを振り返る。
次いで姿を現わしたのは、ランドシだった。
ジェーディエがルドラと共にその前へと進み出る。
「ランドシ様。この者ルドラは過激な思い込みにより、精霊姫様の兵を拐かし、自らの思想の為に利用しようと企てました。他にも聞くに堪えぬ失礼の数々。厳正なる処分を」
ランドシは頷くと、ルドラの目の前で手を翳した。ルドラの体に炎が上がる。しかし、ランドシの生みだした炎が焼いたのはルドラ自身ではなく、その体を拘束する縄だった。
「ランドシ様⁉」
案内人が驚愕に声を上げる。
「此のままでは、我等フリドレードは反逆者の汚名を受けることとなります。その者は、尊き精霊姫様へと無礼を働き、自領の修養者をも利用しています。フリドレードは厳格な祈りの地。それを違えるということですか」
ジェーディエが諫言すると、ランドシの後ろから現れた修養兵達が、剣を構えた。ランドシはルドラを助け起こし、薄く笑う。
「反逆者……見ようによってはそうかもしれん」
「聞き捨てなりませんね」
アントニオの言葉に、ランドシは深く考えるような仕草をした。
「此度のこと、精霊姫様との関係を築く手掛かりとするつもりではあったが、このようなことになってしまえば、致し方ない」
「貴方はやはり……ルドラと共謀していたというのか⁉」
ランドシはジェーディエの言葉に鼻を鳴らす。
「いや。私も厳密にこの者の目的を知る訳ではない。しかし、どうやら共通する所があるのも事実。そうだろう?」
そう言って、案内人にちらと目をやった。案内人は驚愕に目を見開き、立ちすくんでいる。
「多少手荒となっても構わない。精霊姫様を保護せよ」
ランドシの声に、修養兵達がじりじりと迫る。
その時、案内人がパッと駆け出した。
「こっちです、姫様!」
暗がりの奥に走り去る案内人に、インターリが続いた。
「続け!」
逡巡したカルヴァスが、修養兵に向かって剣を薙ぎ払い、マリーエルの背を暗がりの方へと押しやった。
「早く、こっち!」
先を走っていたインターリが、岩壁の陰から手を振った。案内人は慣れたように狭い洞窟を進む。頼りは案内人の持つ小さな灯りだけだった。
「あの案内人、逃がしたのか」
カルヴァスがインターリに訊いた。少しだけ押し黙ったインターリが鼻を鳴らす。
「まぁね。首謀者から逃げて誰か権力者に縋るだろうと踏んでたけど、その権力者が駄目だったね。これは僕の失策……だけど、今はまだそうとも言い切れない」
その答えに、カルヴァスは眉を寄せ考えた。皆、此処までの戦いで怪我を負い、疲労が濃く出ている。長期的な戦いになる前に、下山するか、クッザールの許に報せを飛ばさなければならない。緊急用の紙は懐に入れて持ち歩いている。
カルヴァスは頬に風を感じ、案内人を呼び止めた。
「こっちは、何処に続いてる?」
岩壁に開いた小さな穴を指さすと、案内人は一瞬だけ考え込み、「表側の火口付近です」と言ってその穴に体を滑り込ませた。
「急げ」
カルヴァスはマリーエルやアーチェを穴の中に急かすと、後ろを振り返った。多くの足音が追ってきている。
これだけの風が抜けるのなら、すぐに外に出られる筈だ。
全員を穴へと送ってから、カルヴァスもその後を追った。
読み通り、曲がりくねった小さな穴はすぐに終わり、外へと出た。既に高く昇った陽の光に目を細める。
カルヴァスは周囲を見回し、遠く見える精霊山の方に向き直った。
「強行軍にはなるが、此処を降りてクッザール隊へ合流する」
そう言いながら懐から紙を取り出し、風に乗せる。紙は鋭く舞うと、麓に広がるジュリアスの森の方へと飛んで行った。
クッザールはセルジオから届いた報せに眉を寄せた。
『間者、捕えたり』
詳しく読めば、フリドレードに潜伏していた者をエランの港にて捕らえたという。それは、カルヴァスからの報せにもあった通りだった。
「此処まで、入り込まれていたとはな」
そう呟くと、陣幕をくぐってトルマが戻って来た。
「クッザール隊長。ジュリアスに確認が取れました。そのような小屋が確かにフリドレードとの境に存在しているとのことです。監視を続けていた所、ジェーディエ殿が此度の件の首謀者が放った追っ手の者達を捕えていたと。イルスーラ殿はジュリアス関与を伏せる為、そのままフリドレードへと帰したようです。恐らく、カルヴァス隊長から届いたそれは──」
クッザールは夜が深くなった頃に、突然届いたカルヴァスからの手紙、ともいえない手紙に目を落とした。
裏の森。カナメを探す。恐らくルドラ。
とだけ殴り書きされている。それだけしか書かなかったのは、不確定な要素が多かったか、かなり逼迫した状況だったか。しかし、緊急用の紙は使っていないから、ひとまずは様子見することにしたか、グラウスとして関わるのを避けていたか。
いずれにせよ、次の報せが来るまでは動くことは出来ない。
ジュリアスとは水面下で協力体制を取っているが、それも目立った動きは出来ない。フリドレードの間者は何処に居るか判らない。
クッザール隊にも、フリドレードの思想に染まる者が居ても可笑しくはない。例え、この国の権威であるグランディスの許に居ても、だ。
そう考えたクッザールは、その考えを頭から追いやった。
──このような状況で共に戦う為、信頼を築いてきた。少なくとも、我が隊は信じねば。
深淵の女王が現れた時、協力者の存在を探る際にクッザールは自身の隊にも一応の疑いを向けた。それは取り越し苦労だった訳だが、自身の許に集まる者達に疑いの目を向けるのは避けたかった。とはいえ、それで見極める目を曇らせるつもりもないが。
クッザールはセルジオ宛の書簡を作成し、書簡役に手渡した。
「さて、どう出るか。無事なんだろうな、カルヴァス」
その言葉に応えるように、ヴルーナ火山から一陣の風が吹くと、カルヴァスに渡しておいた緊急用の紙がクッザールの許へと舞い降りた。
何も書かれてはいない。
クッザールの手元を見たトルマが、表情を引き締める。
「セルジオからの報せを聞き、その真意を確かめる為に訪れたこととする。これは武力的行為ではない。少数で出る」
「判りました」
トルマが陣を出て行く。
ちらとヴルーナ火山に視線をやったクッザールは、次の瞬間に起きた突然の地鳴りにハッと目を見開いた。




