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精霊国物語  作者: 夢野かなめ
第二部 木の歌と火の器

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40話 穢れた存在

 洞窟は妙な静けさを持ってマリーエル達を飲み込んだ。進むにつれて、穢れの気配が強くなっていく。


「何でこんな……この地に此処までの穢れなんてなかった筈なのに」


「あぁ、オレでも息苦しいくらいだ」


 カルヴァスが顔を(しか)めながら言うと、前方を歩いていたベッロが突然唸り声を上げた。


 岩壁に穴が開き、遠い先に灯りが映っている。


 その灯りに向かって進んで行くと、通路の先は突然広がった。掘り進めた空間に、篝火が焚かれている。その灯りの中で、いくつもの人影が折り重なっていた。人影のすぐ横に、見慣れた姿が横たわっている。


「カナメッ……!」


 マリーエルはカナメの許まで駆け寄ると、その体を抱き起した。篝火の中でも、その顔が血の気を失っているのが判る。額には脂汗を掻いていた。


「何があったの……?」


「怪我は……ないようです」


 カナメの全身を診たアーチェが、難しい顔をしながら言った。


「カルヴァス、カナメを──」


 言い掛けたマリーエルは、カルヴァスの視線を追い、隅の方に目を向けて息を飲んだ。


 ベッロが低い唸り声を上げる。


 隅の暗がりから、微笑みを湛えたルドラが現れた。


「精霊姫様。後程お呼びするつもりだったのですが、お早いお着きで。しかし、これらはまだ修養の途中……如何しましょう。あぁ、もし良ければ姫様もこの修養にお付き合い──」


 ルドラの言葉の途中でベッロが地を蹴った。鋭さを欠いた跳躍を、ルドラは顔を歪めて避けた。再び飛び掛かろうとするベッロを、蔑みを込めた瞳で見下ろし、その鼻面を蹴り飛ばす。


 悲鳴を上げたベッロが地に転がった。


「ベッロ……ッ!」


「汚らわしい。精霊姫様、このようなもの早々に処分すべきです。いえ、処分し損ねたことを謝罪いたします」


 そう言って、ルドラは重なり合う人影に目を向け、忌々しそうに目を細めた。そうしてから、鉄貫を嵌めた手をベッロに向けて振り上げた。


 その時、鋭い風が走った。風はルドラに襲い掛かり、金属がぶつかる音が辺りに響く。それは、怒りに爛々と瞳を光らせたインターリだった。


「殺す」


 インターリは鋭く剣を揮い、ルドラを追い詰めていく。ルドラは鉄貫でそれらを受けながら、にやりと笑った。鉄貫の先がインターリの頬を掠めた。その一瞬に、ルドラは懐から取り出した小さな包みをインターリの腹に押し付けた。


「は……?」


 包みは破裂すると激しく飛び散り、影となってインターリの体を覆い始めた。


「んだよ、これ……影が……!」


 インターリは影に締め付けられながら、体からそれを振り払おうと地に転がった。


「お前も精霊姫様のお側には要らないモノだ。そのまま影に憑かれ、侵されるがいい。そして私達の修養に──」


「そんなことさせない!」


 マリーエルはこの場の力の流れを集め、インターリへと放った。影が霧散し、解放されたインターリが激しく咳き込む。


 ルドラは立ち尽くし、不可解さに顔を歪めた。


「何故です? 姫様のお側に穢れを呼ぶモノを置かれてはなりません。穢れを呼ぶモノは、私達姫様の御役目をお支えする者の贄となることこそ誉れ。私達でさえ、姫様をお支えするのに、今のままではなりません。私達は影を取り込み、その力を御して修養を積み──」


「何故。それはこちらの台詞です。何故、私の仲間にこのようなことを? 何故、よりよい器と成る為の修養で、影を利用しているのです?」


 マリーエルの言葉に目を覆ったルドラは、緩く頭を振った。


「あぁ……そうだ。精霊姫様は影を祓う御方。私達の修養に疑問を抱かれても仕方ありません。なんと、尊い御方でしょうか。しかし、姫様。私達は貴女をお支えする為の修養を成しているのです。すなわち、そこのカナメ殿と同等の力を得ること。影を身の内に内包し、御すこと。これは、尊い貴女に届かぬとも、強き心を極めれば成せること。先程、その手掛かりをつかむことが成りました」


 ルドラは爛々と瞳を輝かせ、おもねるような顔でマリーエルを見つめている。マリーエルは、身の内にゾッと寒気が走るのを感じていた。


 ──こんなのは、修養なんかじゃない。精霊の為でも、世界の為でもない。


「こんなやり方、間違ってます。影は身の内に許すモノじゃない。そんなことしても、カナメのようには……なれない」


 マリーエルは、静かに横たわるカナメに目をやった。カナメは好きで影の影響を受けぬ身に生まれた訳ではない。そう命を受けたから、自身に出来ることしているのだ。〈鬼〉と同じように澱みから生じたことに、自身が生じるきっかけとなった生への渇望、そのことに思い悩むこともある。


 その想いを、踏みにじるようなことは許されなかった。


 その上、影を身の内に入れるなど、何の意味もない。ただ魂を穢し、影に弄ばれるだけだ。


 強い瞳で見つめるマリーエルに、ふと表情を消したルドラは、長い溜息を吐いた。


「精霊姫様ともあろう方が……その心が、影に侵されてしまっている。穢れた存在は祓う。その貴女の使命の為、私達がご助力しましょう。まずは、精霊姫様の内に巣食う穢れを祓わなければ」


 ルドラは気落ちした声で言うと、ついとカナメを見やり、何事かを口の中で唱え始めた。それに誘われるように、カナメの体が不自然な動きで起き上がる。


「……カナメ?」


 ぐるり、と向いたカナメの顔を見たマリーエルは息を飲んだ。瞳の奥に影が蠢き、その口からは影が滴っている。


「精霊姫様をお救いせよ。他の者は……葬るも仕方なし。綻びには、影が寄る」


 ルドラは、冷たい炎のような瞳で皆を見やり、指を振った。


 次の瞬間、マリーエルの体は後ろに強く引かれ、視界が遮られた。金属がぶつかる音が響き、視界が回る。カルヴァスに抱えられ、地を転がっていた。


「くそ、どうなってるんだ」


 素早く体の上のマリーエルを下ろし、体勢を立て直したカルヴァスが、再び揮われたカナメの細剣を受け止めた。


 カルヴァスが細剣を押し返し、カナメの体勢が崩れた所を、横合いから跳んできたインターリが、躊躇いなく横腹を蹴り飛ばした。カナメの体はまるで人形のように力なく地に転がった。


「何なのアイツ。影憑きになったってこと?」


 マリーエルは、ゆらりと立ち上がり、地に転がる細剣に手を伸ばすカナメの姿を、信じられないものを見る気持ちで見つめた。


 カナメの体は影に支配されている。しかし、その影は……。


「影憑きじゃない……あれは、カナメ自身の影、澱み……」


 マリーエルの言葉に、カルヴァスが舌打ちした。苦々しげにカナメを見やり、剣を構える。


「どうすんの」


 インターリが言うと、カルヴァスは後方を見やってから、再び舌打ちした。


「アイツ自身の影が操られてるってんなら、今のアイツの剣は危険だ。だけど──ッ」


 起き上がったカナメが、不自然な格好で駆けだし剣を揮った。剣先がカルヴァスの頬を掠め、傷口から血が飛び散る。


「僕のことも忘れんな──」


 斬りかかったインターリは、すんでの所で後ろに跳ぶと、カナメが薙いだ一閃を避けた。


「苛つくなぁ」


 インターリに向けて腕を振り上げるカナメの体を、今度はカルヴァスが押し返した。カナメの体は堪えが利かずに地面へ倒れ込む。


「剣の技も、動きもめちゃくちゃだ。マリー、アイツを祓える……いや、この場合──」


 カルヴァスがカナメを警戒しながら、苦々しげに言った。


 ただ、祓う訳にはいかない。カナメが澱みから生まれたモノであり、身の内にそれを内包しているのなら。そして、今その力に飲まれ操られているのだとしたら。それを祓ってしまったら──。


「どうにか、しないと……。まずは、カナメの澱みの力を抑えないと……それで、カナメに気が付いて貰わないと。私達のこと」


 その時、再びルドラが何事かを唱えると、倒れ伏していた修養者達が緩慢な動きで体を起こし始めた。皆、意識を失い、ただ体に纏う影に操られるようにして歩み始める。時折、瞳に光が宿ると、ぶつぶつと祈りの言葉を呟く姿が異様だった。


 ルドラは、突き出た岩の上に座り、口の中で何事かを唱え続けている。


「こっちは影憑きだよね?」


 マリーエルが頷くと、インターリが剣を構え直した。影憑きとはいえ、まだその全てを影に飲まれてしまった訳ではない。どんな企みの許に集められた者であっても、見捨てる訳にはいかない。


「アイツ等の影をまとめて祓うことは出来るよな?」


 カルヴァスが訊いた。


「うん。でも、此処だとカナメを巻き込んじゃうよ」


「それなら──」


 カルヴァスがルドラを見据え歩み寄ろうとすると、ルドラの手の動きに導かれるようにしてカナメが立ち塞がった。その姿を見て、カルヴァスは吐き捨てるように笑って、剣を構え直した。


「そう来るよな。──こっちはオレに任せろ。お前等はそっちの影憑きを頼む」


「カルヴァス……」


 マリーエルが寄り縋ると、カルヴァスはその手を安心させるように軽く叩いて笑みを浮かべた。ちら、と後方を見やり、ひとつ頷いて見せる。


「オレを……仲間を信じろ。お前はお前に出来ることを、だ」


 その言葉に、マリーエルは後ろに下がると、インターリに目配せした。


「やろう」


 まるで、その言葉が合図となったように剣戟が始まった。カルヴァスの重い一撃と、カナメの鋭い一撃が衝突する。


「で、こっちはどうするって?」


 なだれ込むような影憑きを蹴りつけながら、インターリが叫んだ。


「まずはこの人達が動けないようにしたい。それから私が一人一人祓えを行う」


「判った」


 影憑きを蹴り飛ばし距離を取ったインターリが狙いを決め駆け出そうとした時、後方まで下がっていたベッロが歩み寄り、マリーエルを守るように立ちはだかった。


「ベッロは休んでた方が──」


 しかし、ベッロの表情を見たマリーエルは言葉を飲み込み、力強く頷いた。


「じゃあ、行くよ」


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