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精霊国物語  作者: 夢野かなめ
第一部 影の揺りかご

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6話 成人の儀、異変

「クッザール様がお戻りになりました。カオル様に続き国王、王妃ご両名はご出発を」


 一切の乱れない髪を尚撫でつける癖を見せながら、クラヴァットは広間を見渡し、国王へと目配せした。


 皆が改めて身支度を整えていると、マリーエルの許へと足早に歩み寄って来たクラヴァットが頭を垂れた。


「本日は誠におめでとうございます」


「有難う、クラヴァット」


 クラヴァットは前王の代から王佐を務めている。その為、グラウス城での催しや祭祀に詳しく、知識としてそれらを扱うアントニオよりも、勝手を知っている分円滑に進行させることが出来た。


「本日は、この私めにお任せを」


 そう言って再び頭を垂れると、式の進行に戻って行った。その機敏さに小さく笑ってしまう。


 祝賀行進は民の為に行われるものであり、グラウスの町に点在する源精霊を祀る祠を巡り、舞や剣技を奉納する。民は、これらを観たり、共に祈りを捧げることでこの式典に参加することとなる。


 行進はその後、グラウス城の裏手に聳える精霊山へと至り、精霊石の舞台で精霊姫による成人の宣誓と、器として成長した証として精霊王との舞を披露することとなっている。


 カオルが出発するまでの間に、シャリールは飾り気のないヨンムの服装に華を添え、既に起きていた着崩れを直した。続いて主役と見紛う程に着飾ったレティシアの全身から、いくつかの装飾品を取り外した。


 二人が衣装合わせ通りに出て来ないことを、母は見抜いていた。


 行進はカオル隊の騎乗剣技から始まり、クッザール隊の精霊の力を借りた剣技へと続く。なかでも国王と王妃の二重舞踏は特に人気が高く、披露する度に練度が上がっていくことから〝夫婦円満の舞〟として愛されていた。


 ヨンムが出発すれば、次はマリーエルの番だ。


 輿こしに乗り出発する。隊を持たないマリーエルの横には、アメリアとアントニオが付き従う。


 幕越しに、前方で鮮やかな光が舞っているのが見え、マリーエルは幕の間から外を覗こうと前のめりになった。しかし、アントニオの鋭い視線に気が付き慌てて姿勢を戻す。


 鮮やかな光の正体は、ヨンムの手による弓技だった。僅かに見える光景に、マリーエルはもどかしい気持ちになった。


 ヨンムは幼い頃から、〝この世界の構造を解き明かし役立てる研究〟に身を投じている。今、ヨンムが披露しているのは弓技の筈だが、何か細工を施したに違いない。


 ──今度の発明は、どうやったんだろう。


 鮮やかな光の正体に思いを馳せていたマリーエルは、祈りの泉へと近付いたのに気が付き、表情を引き締めた。


 マリーエルが輿から降りると、跪いてそれを待ち詫びていた民の間から声が漏れる。


 アメリアから杖を受け取り、祠の前に立つと、辺りに漂う精霊の気が誘われるように寄り集まり、輝きを増した。それらを導き流れを作る。今日は特に精霊の気配が濃い。どれも喜びや興奮に溢れ、辺りに満ちている。


 杖を掲げ、姿を現わした幼精を誘うように揺らす。足を地に這わせ、杖を振り、舞う。その手には、力の弱い者でも視える程濃い気の流れがまとわりつき、幼精の姿をより鮮明に浮かび上がらせた。


 ふいに風を切るような音がすると、上空で何かが弾け、ひらひらと花弁を降らせた。それは、マリーエルが舞を終えるのと合わせるように放たれていた。


 民達の間でわっと歓声が上がる。


 マリーエルは遠ざかるヨンムの輿に向かって頭を下げた。


 幕の間から、ヨンムが笑うのが見えるのに、杖を掲げて応える。


 ヨンムは式典には興味がないという態度を取りながらも、緻密に機会を図っていたに違いない。


 アントニオの眉間に深い皺が刻まれたのは、見て見ぬ振りをすることにした。


 祝賀行進は、アンジュの可憐な舞、豪華絢爛なレティシアの歌、グラウス一の舞手ジャンナの舞と続き、やがて精霊山の舞台へと至る。


 精霊山は静謐せいひつな空気の中に興奮を滲ませていた。地から突き出している精霊石の結晶が凛とした音を奏で、幼精が辺りを飛び回る。


 輿に付き添う者達も、感嘆の声を漏らさずにはいられない。


 舞台に上がるには、木々や石が積みあがって出来た階段を上らなくてはならない。輿を降り、祈りを捧げてから一段ずつ上る。これより先はグランディウスの子孫か、精霊の呼び掛けを受けた者等、許された者しか入れない。


 舞台は初代グランディウスの代より受け継がれている。地中深くに世界樹の枝葉が伸び、その力を受けた精霊石が重なり合って舞台を形作っていた。


 舞台の脇には薄幕を張った座が設けてあり、到着した者から座してその時を待っている。


 マリーエルが歩く度、足下の精霊石が共鳴するように凛と鳴った。


 全ての者が座し頭を垂れると、アントニオが促すように手を差し出した。その手を取り、マリーエルは立ち上がった。


 一瞬、空気がヂリッと音を立てた気がして、視線だけで辺りを見やる。


 ──何か、今……?


 アントニオの手が再び促すように小さく引かれた。問うような視線に、小さく頷いて、マリーエルは舞台の真ん中へ歩を進めた。


 ──しっかりしなくちゃ。


 皆、頭を垂れ、祈りを捧げている。


 精霊達の力が大きく渦巻いているのを感じる。


 成人の為の特別な酒を口に含んだマリーエルは、祈りの言葉を唱えた。



 根つくし魂開きて候



 そう唱えてから再び酒を口に含み、杖を掲げ持つと祈りの言葉を続けた。



 我等と結びし円のもの


 現れたまえ


 共に歌を


 共に舞を


 共に結ばれん


 契ちぎりし果てに環に還らん


 この身に現れたまえ



 杖を舞台に打ち付けると、ひと際大きな共鳴が響いた。身の内に流れる精霊の力を、この地の気の流れに合わせて導く。流れに乗って精霊が次々に姿を現し、楽しそうに飛び回り、歌い始める。


 低く、高く、精霊の歌が大気を震わせた。マリーエルもその響きに合わせて歌を重ねる。


 ふと、嗅ぎなれた香りが鼻をくすぐった。


「祝福を。我等の精霊姫」


 すみれの精霊は、芳しい香りを振りまきながらマリーエルの周りをクルクルと舞った。


 舞いながら誘うように手を揺らしたすみれの精霊の手の内から幼精が咲き、体を震わせる。その中から幾つかを掬い取ったすみれの精霊は、吐息に乗せマリーエルへと幼精を放った。ふわふわと舞った幼精はマリーエルの髪へと降り落ちると、花へと姿を変え、彩った。


 満足そうに微笑んだすみれの精霊は、つい、と顔を上げ後退ると、恭しく頭を垂れた。ひと際強大な力がマリーエルの身の内を駆け巡る。


 大気の震えが強まり、光を放つ。木々がざわざわと音を立て、精霊石が高い音を発する。


 精霊王の顕現だ。


 マリーエルの舞い奏でる音と、精霊王の紡ぐ歌が重なり、響く。


 精霊が命世界に現れるには、自身と結びつく要素を集め、形作る必要がある。精霊王の顕現に、全ての精霊が頭を垂れ従う。


 根を張り大地を見守り続ける大樹の威厳、揺蕩い流れ深きを知らぬ大海の雄大さ、滾り盛る激しさを灯す炎の煌めき、陽を灯し月光を注ぐ大空の慈愛、生けるモノ達が巡り還る鮮麗さ。──その全てが調和した姿。


 精霊王が、マリーエルに歌い掛けた。


 熱に浮かされたようにそれに応えようとしたマリーエルは、ぞわり、と足元を這い上ってきた違和感に動きを止めた。


 慌てて歌を返そうと口を開いたが、精霊王までが動きを止め、探るように辺りを見渡している姿に不安が膨れ上がる。


 全ての音が止み、静寂が一帯を支配した。


 先程までとは打って変わり、湿ったような気が辺りに漂い始める。


 ふいにバキッという音を立て、足元の精霊石に歪な亀裂が走った。それが瞬く間に影色に滲んでいく。


「何が起きて――」


 その声は、亀裂から噴出した影に遮られた。


 精霊王がその広大な手でマリーエルを包み込み、影から遠ざける。


 影は広く散り、次の瞬間鋭い悲鳴を生み出した。舞台の下から苦悶の波が広がり恐怖が伝播でんぱしていく。付き人や控えていた兵達の間を影が縫い、その身体を無造作に投げ、折り重なった人々の周りに血潮が染みを作り出していく。影は伸び上がり舞台に上がると、手当たり次第に人々を襲い始めた。


 グランディウス王の声が響く。続いてカオルやクッザール、ヨンムの命令でそれぞれの部隊が影と交戦する者、守護する者とに分けられた。


 精霊王がマリーエルを抱えながら力を揮った。しかし、影は霧散しても次々に溢れ出し、精霊の力を飲み込んでいく。

 

 精霊王が難しい顔をして、マリーエルを見下ろした。


「まだ我の力を全て受けるには、この娘は……」


「姫様、こちらへ!」


 精霊王はその声に目を向けると、マリーエルを舞台へ下ろし、背を押した。


「下がれ、姫よ」


 マリーエルは、妙にゆっくりと流れる視界の中で、ピクリともせず血潮に汚れた顔で虚空を見つめる暗い瞳から目を離せずにいた。そうして倒れ伏す人々の体に、影が纏わりついていく……。


「姫様! どうされたのです!」


 強く腕を引かれたマリーエルは、ハッと顔を上げた。血相を変えたアントニオが、緊迫した様子でぐいぐいと腕を引いていく。


「ま、待って。今、影が――」


「貴女の安全の確保が先です!」


 精霊王の強大な気の流れに惹きつけられて息を上げ、影の作り出す惨状にふらつきながら、マリーエルはアントニオの腕にしがみ付くようにした。精霊王が引き裂いた影の破片が、辺りに飛び散っていく。


 腕を引かれながら振り返ると、影に纏わりつかれた人々の体が不気味に揺れ、影が膨れ上がっていた。


「アントニオ、あれを見て! 影が――」


 その言葉は最後まで発することが出来なかった。腕を引く力がふいに消え、それに引きずられて転び、したたかに体を打つ。


 呻きながら顔を上げると、すぐ側に居た筈のアントニオの体が、影に弾かれて舞台の下へと落下していくのが見えた。彼の顔に浮かぶ驚愕の表情がすぐに見えなくなる。


「アントニオ!」


 咄嗟に手を伸ばすと、目の前に湧き集まった影がそれを遮った。影は徐々に人型をかたどり始めた。妙に艶めかしい影色の髪を垂らした女が、何よりも冷たい瞳でマリーエルを見下ろしていた。


 薄い唇が可笑しそうに歪む。


「起こしてあげましょうか?」

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