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精霊国物語  作者: 夢野かなめ
第二部 木の歌と火の器

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35話 作戦

 客間に戻ると、アントニオが難しい顔をして何やら考え事をしていた。マリーエル達の話し声に、ふっと顔を上げる。


「お帰りなさいませ」


「うん、ただいま。アントニオの方は収穫があった?」


 マリーエルの問いに、アントニオは眉間の皺を深くする。


「何処からお話しするべきか……。ひとまず夕餉(ゆうげ)にいたしましょう。手配は済ませてありますから」


 アーチェに(くりや)に行くよう言ってから、アントニオは再び考え込んだ。


 フリドレードの料理は、材料を蒸したり、燻製にしたものが多くある。その独特な風味を楽しんでいたマリーエルは、ある程度食事を進めたところで「それで」とカルヴァスが切り出したのに手を止めた。


「お前の方の収穫というのは?」


 未だ難しい顔をしたままのアントニオは、確信は持てないと前置きした上で話し出した。


「恐らく、此度のことにジュリアスの者も関わっている……でしょうね」


「え、ジュリアスの民が?」


 マリーエルは、思わず声を上げ、慌てて口を押えた。アントニオはそれを見やってから話を続けた。


「恐らく、ですが。里で得た情報を精査しましたが、その可能性が高いですね」


「でも、ジュリアスに行った時そんな感触はなかったぜ。……隠されているような感じもなかった」


 カルヴァスは訝しむように顔を(しか)め、腕を組み深く考え始める。


「リーベス様方領主、および豊熟城の者達はこの件に関わってはいないでしょう。もしかしたらリーベス様はある程度このことについて把握されている可能性はありますが。木々の波や、儀での一件、ジェーディエから明かされたことを聞いて我々グラウスへと全てを委ねたのでしょう。その点でジュリアスの判断は間違っていない。情報を持ちつつ、手を引くことによって最も適した機会に、最もよい判断を行うことが出来る。恐らく、此度のことは兵力での解決になると考えたのか。どちらにしろ、気付いていないと思わせれば、相手を炙り出すことも出来るかもしれませんから」


「じゃあ、リーベスにどうにかしろって伝えたら?」


 口を挟んだインターリに、アントニオが呆れたような視線を向ける。


「そうはいかないでしょう。折角リーベス様が作り出した状況を無駄にしてしまいます。もし状況が変われば何かしらの動きがある筈です。セルジオ様も恐らく気が付かれていると思いますから、その旨をクッザール様へとお知らせしておくのは良いかもしれません。判断は、我々よりもクッザール様へお任せした方がよいでしょうから」


「そう、だな。オレが書こう」


 カルヴァスは荷から紙を取り出すと、アントニオから得た情報を精査しながら書き込み始めた。


 マリーエルは胸の中に沸いていた想いを吐き出すように息を吐いてから、アントニオに呼び掛けた。


「ジュリアスの民にも不満や問題があるってことなの? ジュリアスの人達は凄くよくしてくれたし、此処に来る途中でも親切にして貰ったよね?」


 マリーエルが訊くと、アントニオは暫し黙してから難しい顔をした。


「そうですね。民の全てがグランディスの子孫の許に在ることを望む訳ではありません。このフリドレードでもそのようなことが起きているでしょう? 今は只でさえ深淵の女王や影の出現で国中が揺れている。それは勿論大陸でも同じこと。だからこそ、大陸からの間者の疑いがある訳ですが。ジュリアスは広大な地。特にフリドレードとの境では、ジュリアスよりもフリドレードの影響を濃く受けていても可笑しくはありません。少しずつの不満がそこに集まり、膨らむことも考えられます」


「そんな……」


 筆を持つ手を止めたカルヴァスが、ふぅと息を吐いた。


「それは考えても仕方ねぇよ。オレ達は民の為に在る。ただ、色んな考えの奴等が居るんだ。良しとしない奴も居る。その時にどうするか。いかに争いを起こさず、良い形に収めるか。それがオレ達に求められること、だろ。今お前が考えるのは儀のことと、それを成すのに障害と成り得ることを頭に入れておくこと。ジュリアスのことはリーベス殿に任せておこう。いや、オレ達じゃあ手出しは出来ない。な?」


 その言葉に、マリーエルはモヤモヤとしながらも頷いた。確かに、マリーエルがジュリアスの民について考えを巡らせても、出来ることはない。


「この後オレ達がどう動くべきか、だけど」


 カルヴァスは昼に起きたことをアントニオに話した。アントニオは時折質問を挟みながら聞き、呟いた。


「ルドラ殿……ですか」


 ふっと遠くを見るようにしてから言う。


「元々はジュリアスの出のようですね。若くしてヴルーナ火山へ入山し、そこから厳しい修養を積んで今の地位へと上り詰めた。……特に問題のあるようには思われませんが、しかし」


「何かあるのか?」


 ちらとインターリを見つめ、アントニオは言葉を選びつつ言った。


「ルドラ殿はよく大陸の者達と話をされていたと聞きましたので」


「じゃあ、そいつじゃん。大陸から来た奴等にそそのかされてこの国を乗っ取ろうとしてるんじゃないの」


 インターリが言うと、アントニオは呆れたように首を振った。


「そこまでは言っていません。それに、貴方達もそうですが、今この国では大陸から来た者達を受け入る機運が高まっているのです。それは戦で多くの者が失われたこともありますが、大陸との関わりを以前より保つことで、国の安定を図る為でもあります。ですから、大陸の者と話していたというだけで疑う訳にはいきません。事実、フリドレードはランドシ様が領主となってから修養体験を行っているようで、様々な者が多く訪れているとのこと。その分、良からぬことを企てる者が入り込んでも可笑しくはない。なので、完全に疑いを外すことも出来ませんが」


 顎を引いたカルヴァスが、インターリに向き直り、諭すように言った。


「グラウスはそういうのを防ぐ為にオレ等みたいなのがいる。クッザール隊長を始め、グラウス家の方々への信頼も厚い。エランも上手く……そうだな、上手く回ってるけど、ジュリアスとフリドレードは特にそういう奴等が潜みやすいのも確かだ。──ルドラ殿がそういう奴等と共謀していたとして、その証拠を掴まない限りは何も出来ない」


 カルヴァスは腕を組み、眉間の皺を深くした。


「ただ……」


「何かあるのですか?」


 アントニオの問いに、カルヴァスはベッロへと視線を向け、首を振った。


「いや、まだ断言は出来ない。ルドラ殿ばかりに疑いの目を向けるのも危険だ」


 アントニオはそれを見やってから、インターリに鋭い視線を向けた。


「そういう経緯がありますから、貴方達を姫様の許に置くのにあらゆる手を尽くしたのですよ。カナメはその出自や体質やらで姫様の許に置くのが妥当と判断されましたが、貴方とベッロは──いえ、ベッロは獣族の姫という立場がありましたから簡単でしたが、問題は貴方ですよ。いくら腕が良かろうとあの〈流浪の暗殺者インターリ〉ですからね。姫様のお側に置くことに難色を示す方も多くありました。ですが、姫様からの信頼と、カルヴァスの目を信じて皆はそれを受け入れたのです。それなのに! 貴方は精霊隊への加入を断り、そのくせどう咎められようと姫様の行く先々について回るなど。私がどれだけ苦労したか考えて頂きたいものですね」


 顔を歪めて聞いていたインターリが、アントニオを睨みつけた。


「何でいきなり僕の話になるんだよ。というか、隊に入るか決めるのも、お姫様について行くのも僕の勝手でしょ!」


「その裏でどれだけ姫様や私が苦労して──いや、いいです。話すだけ無駄でしょうから」


 顔を顰めていたインターリは、ふとマリーエルに問うような視線を向けた。


「……苦労してるの?」


「え……?」


 様子を見守っていたマリーエルは、目を瞬いてから暫し考え、頬を膨らませた。


「うん、してるよ。一緒の隊で頑張ろうねって誘ったのに断られちゃったのは悲しいし寂しいもん」


 その言葉にインターリは狼狽え、視線を泳がせる。


「……はぁ? なにそれ?」


 インターリは皆の視線が集まっていることに気が付き、舌打ちしてから上げかけていた腰を下ろした。


「実際に一緒に居る訳だからいいじゃん」


「そうだけど……でも、お揃いの隊章を付けたかったし──」


 そこでアントニオの視線がギラリと光った。その耳には精霊隊の隊章は付いていない。隊が編成された時、アントニオの名も挙がったのだが、立場が変わったせいで特定の隊に所属することは叶わなかった。


「精霊隊じゃないからって、インターリを仲間外れにするような所は見たくないよ。そう起きることじゃないけど、実際に起きちゃった訳だし……」


 マリーエルが目を伏せると、インターリは「はぁ?」と繰り返しながらも、口を開けたり閉じたりしている。


 部屋に漂う気まずい空気を破ったのは、カナメだった。


 マリーエルの顔を上げさせたカナメは、笑みを浮かべながら言った。


「待ってやろう。以前はすぐに『嫌だね』と言っていたのに、今は少し狼狽えている。これはインターリの中で多少迷いが生じているということだろう。インターリだって仲間外れは嫌だろうからな。あぁ、勿論、俺はこの役目を頂けたことに感謝をしているし、誇りに思っている。安心してくれ」


 インターリが卓を叩き、立ち上がった。その顔は羞恥に染まっていた。


「ねぇ! お前に知ったような口を利かれるの癪なんだけど⁉ というか何ちゃっかり自分を売り込んでる訳⁉」


 インターリが言い終わるより先に、カルヴァスがぷっと噴き出して、カラカラと笑い始めた。


「カナメ……お前、本当……面白ぇこと言うよな。そうだよなぁ。待ってやろうぜ。な、マリー」


 腹を抱えて笑うカルヴァスにカナメは口を尖らせたが、釣られたように笑い始めた。そうする内にベッロも楽しくなってきたのか、ぴょこぴょこと跳ね回り始める。


 インターリはふるふると体を震わせて、皆を睨み付けた。


「うん、待ってるね」


 マリーエルが言うと、インターリは口を曲げて顔を背けた。


「ま、今回に関してはお前が祈りの間に入れなかったことでこの城に影の墨があることが判ったからな。悪いことばかりでもないさ。ただ、こっちにも体面ってものがあるんだ。精霊隊に所属していれば、()()()()で大体のことは説明出来る。そこら辺も考えておけよな」


 カルヴァスの言葉に、インターリは不機嫌そうに鼻を鳴らした。


「それで、今後はどう動きますか?」


 話を切り替えたアントニオが、カルヴァスに訊いた。


 そうだな、と腕を組んだカルヴァスは、皆を見回してから答えた。


「気になるのはやっぱり裏の森と、首謀者──第三派の潜伏先……これはほぼ確実にある。それもこの山に居ながら通える範囲だ。裏の森だと少し遠いから、それこそジュリアスとの境か……とにかくそれを探りたい」


「では、私は少しでも情報を得ることと同時に、相手方をこの里に引きつけておきましょう。少しばかり大掛かりに動けば、知の者である私を無視は出来ないでしょうからね」


「あぁ、頼む。じゃあ、誰がそれぞれを調べるか、だけど──」


「ていうかさ、アイツをおとりにすればいいじゃん。もう狙われてるんだし」


 卓に肘を突いたインターリが、未だ不機嫌さを滲ませたまま言った。


「おとりって……」


 マリーエルが言い淀むと、カルヴァスが「いや」とそれを遮った。


「聞こえは悪いが、その手も有りだ。それなら明朝辺り鍛錬にでも誘ってみるか。何か起きるのを待ってたら、儀が終わるか、アイツがまた修養へ出るかしちまうかもしれない」


「じゃあ、そっちは僕に任せてよ」


 カルヴァスがインターリに問うような視線を向けた。


「要するに、第三派の奴等を出来るだけ分散するか、無力化すればいいんでしょ。だったら、より混乱させてやるよ」


「……お前、何するつもりだ?」


「ジェーディエの後を尾ける」


「は? 何の為に?」


 その言葉に、インターリは意地の悪そうな顔をした。


「そもそも僕等って舐められてるんでしょ。だったら、こっちもアイツ等をおちょくってやるよ。お前達はそのままでいい。何かあるように行動しろ。そこで、精霊隊じゃない僕がアイツを尾け始めたら? 第三派の奴等は追わざるを得ないんじゃない? だって、僕が少しでも外を歩こうとすると、あの案内人が飛んでくるんだよ? それを利用しない手はないでしょ」


 インターリを見やって暫し考えたカルヴァスは「頼む」と頷いた。


「ま、かなりまどろっこしいことは確かだけど。今は出来るだけ目を分散させたいし、引きずり出したいのも確かだ。そっちは、お前に任せる」


 再度、成すべきことを確認すると、カルヴァスは書き込んでいた紙を畳み、窓辺からそれを外に放った。紙は風に乗り、瞬く間に空高く昇る。


 それを感心したように見送ったカルヴァスは、瞳を輝かせてマリーエルを振り返った。


「あれ、本当にすげぇよな。クッザール隊長の許までひとっ飛び。お前も出来るんだろ?」


 カルヴァスがクッザールへの報告の為に書き込んでいた紙は、特製のもので、クッザールの力が込められている。伝えたいことを書き記し、風へと乗せるとクッザールの許へと届く。


 風はあらゆるものを運ぶのだ。


「うん、多分。でも、その紙を作るのに数日間は力を込めないといけないから、量は作れないってクッザールお兄様は言ってたよ」


「ヨンム様は紙である以上紛失の恐れもあるから何か対応策も考えなくてはならない、とも言っていましたね」


 そう言ってから、アントニオは僅かに顔を顰めた。結局話し合いをしないままフリドレードへと出て来たようだった。


「ま、オレも今回渡されたのは緊急用含めて三枚だからな。今回の報告はいいとして、何かを書き込むならあと一枚。よく考えないとな」


 そう言ってカルヴァスは、風に乗った紙片が遠く見えなくなった空に再び目をやった。



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