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精霊国物語  作者: 夢野かなめ
第二部 木の歌と火の器

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36話 尾行

 明朝、基礎地縁派の道場を訪れたカルヴァスは、ジェーディエに鍛錬の約束を取り付け、その際に第三派の潜伏先を探っていることを伝えた。すると、ジェーディエは「一か所だけ疑わしい場所がある」と明かした。


 それは、ジュリアスの森の中にあるという。ジュリアスに用があるなら大路を行けばいいし、ジュリアスの森に修養場は当然ない。それなのに、時折森の中へと向かう者が居るという。


 カルヴァスは、ジェーディエとひと芝居打つ計画を立てた。


 ジェーディエが何かしらの動きを見せれば、第三派は動かざるを得ない。


 アントニオが城や里で話を聞き回り、マリーエルは城で待機する。インターリはジェーディエを追う者を追い、その間にカナメとベッロで裏の森を調べることになった。


 相手が少数であることを逆手に取った計画だった。


 残りの候補地を巡りながら支度が進められたカルヴァスとジェーディエの鍛錬は、予定よりも大掛かりのものとなった。その方が、一見すればただの鍛錬であり、マリーエル達の動向を窺う者からすると疑うべきものが増えることになる。


 カルヴァスは剣を交えながら、さりげない風を装ってジェーディエに何らかの合図をしているように振る舞った。ジェーディエもそれに乗り、時折視線を彷徨わせたりする。


 最初こそ計画の内でしかなかった鍛練だったが、しかし、その内、打ち合いは激しいものとなった。


 フリドレードは火の精霊の力を強く受ける地。双方の力は満ち満ち、熱が籠る。修養をしていた者達もあまりの激しさに、誘われるように二人の周りへと集まって来ていた。ルドラも見学に来た程だ。


 それ自体が儀であるかのように、カルヴァスとジェーディエは打ち合った。過熱する鍛錬に、皆が息を呑んで見守る中、ついに二人の手が止まった。


 しん、と沈黙が落ち、二人は満足そうに礼を取る。


 集まっていた者達が、ほぅと息を漏らした。


「やっぱりお前との手合わせは、すげぇ楽しい」


「俺もだよ」


「また、頼む」


 カルヴァスが汗を拭ってから拳を向けると、ジェーディエは嬉しそうに拳を合わせた。


「必ず」


 そうして見つめ合う二人は、互いの健闘を称賛しているように見えただろう。しかし、二人は過熱しながらも、様子を窺っている者、不自然な動きをしている者が居ないか、周囲に意識を配っていた。そのような目で見れば、比較的すぐに見当がついた。


 何者かの指示を受けている者達は、隠密にことを運ぶにはいささかの拙さがあった。


 ジェーディエはさりげなくカルヴァスに目配せしてから、そのまま道場へと戻る振りをした。その途中、ジュリアスの森の方へ歩き出し、まるで何事かを探っているのを隠しているというように、少しばかりのぎこちなさを残してジュリアスへと繋がる森の中を進み始めた。




 インターリは、移動する度に何かとついて回って来ていた案内人を振りきり、案内人がオロオロと自身を探し回るのを物陰から見つめて口端を上げた。


「僕の後を尾けようなんて、甘いねぇ」


 辺りを探っても、何者の気配もしなかった。これでインターリは一度監視の目を逃れたこととなる。


 第三派は焦るだろう。そして、インターリへと意識を向け、探し出そうと躍起になる。そこでインターリは〝怪しい動きをしていたジェーディエを見つけ、あろうことかその後を追う〟こととなる。


 インターリは完全にその場を混乱させることになる。


 ジェーディエはグラウスとの関係を疑われている。カルヴァスとのやり取りで、その疑いは一層強くなる。この機にその命を奪ってしまおうと判断するかもしれない。そんな時に、精霊隊と共に行動している筈の、精霊隊員ではないという厄介者が、その後を追い始めたら。第三派からしたら目的が判らない。ジェーディエとの関係も判らない。暫し警戒を強め、様子を見るしか出来なくなるだろう。


 こうすることで、少数である第三派の手は回らなくなるだろうと、インターリは踏んでいた。


 それよりも、とインターリは忍び笑う。


 ──精々、時を無駄に使って貰うからね。


 一体いくつの尾行が発生するのだろう。意味のない行動を取っても、その目的が判らねば、その意味を探る為の行動を取らざるを得ない。第三派の者の当惑する姿を思い浮かべ、自然と上がっていた口端を、インターリは無理やり抑え込んだ。


「存分におちょくってやる」


 第三派の規模は判らないが、ちらと覗いたカルヴァスとジェーディエの鍛錬の際、幾人かには見当をつけた。それら全員を引きつけることはなくとも、より多くの目を自身へ向けさせる。


 インターリは、ふと振り切った案内人の顔を思い浮かべた。


 ──あの案内人、深くは関わってないだろうな。


 インターリの周りをついて回っていた案内人は、頬や腕に薬布を巻いていた。それはこの地に到着し初めて顔を合わせた際にはなかったものだ。決して修養で出来た傷ではない。「何、怪我したの?」とインターリが訊くと、言い淀んだのもインターリの確信を深めていた。


 ──何も知らないか、首謀者とやらに加虐趣味でもあるのか。


「どちらにしろ、気持ち悪い」


 自身が何に巻き込まれているのかを知らずにただ使われるだけなのも、意に添わなかったから、期待を外したからといって力で押さえられるのも、気分が悪い。


 鼻で笑い飛ばしたインターリは、ふと、マリーエルのことを思い出した。


 やたらと「一緒に」と笑顔を向けてくる精霊国の姫。


 ──まぁ、別にお姫様は僕の主って訳じゃないけど。


 精霊国での生活は、今までのものと比べると穏やかに過ぎている。


 大陸で獣族は装飾品と殆ど同義だ。そのせいで、インターリはベッロと離れることはなかったし、〈走る姿〉で居させることによって、ただの狼として扱っていた。


 それがどうだろう。ここでは、ベッロと離れて行動するのに不安がない。


 穢れた奴等にくれてやるつもりは毛頭ない。だが、マリーエルの許に集まった者達だけは、ほんの少しだけ信じてみてもいい気がしていた。


「気持ち悪い」


 言いながら、森の中をコソコソと歩くジェーディエの姿を見付けたインターリは、更にその後を追う人影に首を傾げたりとひと芝居打ってから、その後を追い始めた。


「とりあえず一人、か」


 インターリはちらと、まるで主に報告すべきかと悩むように後ろを振り返ってから、再び歩き始めた。その際に、案内人が何人かを引き連れてインターリを追おうとしているのを確認する。


「そうそう、アンタらもついてきたらいいよ」


 案内人達に気が付かない振りをしてインターリは森を進む。


 第三派と思われる者達は、まだジェーディエとインターリの目的を知らないのか、一定の距離を保ってついて来ていた。


 ──まぁ、そこそこ手練れではあるんだろうけど、こういうのは僕の方が得意。


 インターリはジェーディエの様子を探る振りをしながら、後ろの気配を探った。案内人を合わせて四人。恐らく案内人以外は戦闘に向いている。案内人はただの監視と連絡係か。


 前方を行くジェーディエは忍んでいるつもりのようだが、筋肉で絞まった巨体がガサガサと木々の間を抜けるせいで遠く離れても何処に居るのかが判った。ジェーディエを尾けている者も、大した苦労もせずについて行っている。


 ──本当、おとり向きだな、アイツ。というか、今すぐ僕にでも殺せそう。


 前方に小屋のようなものが見えた時、さっと視線を走らせて位置関係を確認したインターリは内心で納得した。山の位置から考えて、精霊国の端にある岸壁近く。里と行き来するには程よい距離だ。此処であれば、フリドレード、ジュリアスどちらの目も掻い潜ることが出来る。


 ──そんな所で、何をしていたのか、だけど……。


 遠くジェーディエが小屋に入るのを見やってから、インターリはおもむろに頭上へと跳んだ。木の枝を支えに後ろへと飛び、第三者の者達の後ろに下りると、音を立てずにその首裏に蹴りを放った。


 未だ前方に目を向けていた案内人が、ハッとインターリを振り返る。


「あ……」


 インターリは地に倒れる第三者の三人の胸倉を持ち上げ、次々と案内人の前に投げ出した。案内人が怯えたような顔を浮かべた。


「アンタさ、何処まで知ってんのか、何をするつもりなのか僕は知らないけど、それでいい訳? その傷さぁ、誰にやられたの」


 インターリの言葉に、案内人の顔が強張った。


「多分、此処でアンタが僕に殺されても、その傷を作った奴は何も思わないだろうね」


「わ、私は──」


 案内人は体を震わせている。


 インターリはニンマリと笑顔を浮かべた。


「まぁ、ゆっくり考えなよ」


 そう言ってから、案内人の顎を蹴り上げた。


 案内人の体を樹に縛り付けようとしていると、小屋から言い合う声と、何かが割れる音が聞こえてきた。


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