表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
精霊国物語  作者: 夢野かなめ
第二部 木の歌と火の器

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

76/90

34話 跳蟲

 ベッロがぐうぅと唸り声を上げた。


 視線を彷徨わせるルドラの前に、バタバタと音を立てながら影が滴り落ちる。


「な……これは⁉」


 驚きに目を開いたルドラが後ろに飛び退き、付き人に声を投げる。


「精霊姫様をお守りしろ!」


 付き人達は、素早く隊列を整え身構えた。


 カルヴァスが鋭く視線を走らせ、肩越しにカナメへと目配せし、インターリに指で合図する。ルドラ達が居ることで、普段の隊列ではやり辛い。


 足を踏み出した時、べしゃりという音を立てて影の塊がマリーエル達の目の前に落下した。


「うぇ、なにあれ……」


 インターリが顔を(しか)める。


 影を滴らせた塊は、小さな籠程の体を震わせた。べちゃべちゃと影が散り、差し込む光の許でその姿が、てらりと光る。


「これは、跳蟲(とびむし)……!」


 ルドラが言うよりも速く、ベッロが地を蹴り、姿を変えながら跳ぶと、跳蟲の上に着地した。嫌な音を立てて跳蟲の体がひしゃげ散る。


「この跳蟲もう駄目だ、でしょ。蟲は潰す、それがいい」


「ベッロ、上だ!」


 カルヴァスの声にベッロがハッと上を向く。ベッロが動く前に、駆けていたインターリがベッロの体を掴み強引に投げるようにした。次々に降りかかる跳蟲に顔を顰めながら、斬り上げる。


「お前は先走りすぎ! 後ろへ下がれ!」


 インターリが、カルヴァスが、跳蟲を斬り伏せていく。ルドラの付き人達は、拳に付けた鉄貫(てっかん)で跳蟲を叩き切っていった。


「ルドラ殿! この先はあとどのくらいあるんです⁉」


 剣を揮いながら、カルヴァスが叫ぶように訊いた。


「此処は丁度中央。行くも戻るも同じくらいかかります!」


「くそっ、此処でやるしかねぇか……」


 歩くのに問題のなかった道も、戦闘となると身動きが取りにくい。跳蟲は壁も何処も関係なく辺りを跳び回り、影を飛び散らせる。


 マリーエルはカナメの背に守られるようにしながら、戦況を見つめ、ハッと顔を上げた。


「カナメ、お願い。精霊に呼び掛けたいの」


「判った」


 肩越しにマリーエルを見やったカナメは、目前まで迫った跳蟲を斬り上げた。深くまで影に侵された跳蟲は、どろどろの体液を零しながら地に落ちる。


 マリーエルはすぐ側に控えるアーチェに目配せしてから、壁に開いた穴に目を向けた。


 風が吹いている。


 呼び掛けると、風はすぐにマリーエルへと応えた。身の内に力が流れ込んでくる。その力を、跳蟲を包むように吹き流した。跳蟲はギギギと鳴きながら宙に浮き、肢を蠢かせている。


「助かった──」


 宙に浮かぶ跳蟲を散らす為踏み込んだカルヴァスが、ハッと顔を上げた。


 差し込む光がさっと陰り、影の塊がなだれ込む。


「まだ居んのかよ……!」


 カルヴァスが舌打ちし、踏み出した足を軸に体の向きを変えて剣を揮いながら、周囲に視線を走らせた。


 マリーエルは暴れ回る跳蟲に風の精霊の力をぶつけ、包み、その動きを封じていった。しかし、その数のあまりの多さに場は混乱を極めた。


 剣を揮うカルヴァスの横を、力強い輪郭が飛び過った。ベッロが重い一撃で跳蟲に拳を叩き込み、縫うように辺りを駆ける。


 混乱する場で身を躍らせていたベッロは、突然悲鳴を上げた。


「ベッロ……⁉」


 見れば、ルドラの付き人が鉄貫を嵌めた手を引き、硬直していた。


「後ろ……!」


 (うずくま)っていたベッロはルドラの付き人を押し退け、ギチギチと鳴き声を上げる跳蟲に拳を叩き込んだ。


「お前、ベッロに斬りかかりやがって──」


「違う。インターリ、今は跳蟲、倒す!」


 腕から血を流しながら言うベッロに、駆け寄ってきたインターリは舌打ちをしてから剣を構え直した。


 最後の一匹を潰すと、皆天井に開いた穴に自然と視線を向けた。


 そこには影が滴るのみで、跳蟲の姿はなかった。


 細々と切り分けられた影が、それでもマリーエルの許へと集まろうとするのを、カナメが細剣で斬り霧散させた。


「もう……居ないみたいだな」


 カルヴァスが息を吐き、汗を拭いながらマリーエルを振り返った。


「助かった。この辺りの祓えは出来そうか?」


 カルヴァスは一応の警戒を続けたまま、地に残る影を炎剣で散らしてマリーエルへと歩み寄った。


「うん、元々力の強い地だから祓えが要らないくらい。でも、儀に障りがあるかもしれないから、一応祓っておこう」


 マリーエルは辺りの気を探って地を区切り、簡易的な祓処にすると力を巡らせた。


 温泉の水が宙を舞い、岩壁を滑って影を流していく。


 頭を垂れていたルドラが、マリーエルの許へと歩み寄り、地に額を付けた。


「私共のご案内した道すがら、このようなこととなってしまい申し訳ございません」


「いいえ、これも私の役目ですから。──ベッロは、大丈夫?」


 マリーエルの声に、ベッロは明るい声を返した。


「大丈夫。痛くない。ここ、狭い。仕方ない。気にしない」


 そう言って、付き人に笑顔を向ける。誤撃をした付き人は、血の気の引いた顔で頭を垂れていた。執拗に責めるインターリを、ベッロの手当てをしていたアーチェが(たしな)めた。


 様子を見守ってからルドラに視線を戻すと、ルドラも深刻そうな顔を浮かべていたので、マリーエルは安心させるように笑みを浮かべた。


「本人も、ああ言っているので気になさらないで下さい」


 じっと考え込むようにしていたルドラは、ゆっくりと頭を垂れた。


「寛大なお心に、感謝いたします」


 マリーエルは、隣に立つカルヴァスをちらと見やってから、話を続けた。カルヴァスは話を聞きながらも、別のことについて考えている。


「あの跳蟲というのは、確かこの辺りに生息しているのですよね」


 マリーエルが言うと、ルドラはひとつ頷いた。


「よくご存じで。あれらは火口付近でよく見られる蟲なのです。しかし、あそこまで大きいものは初めて見ました。これも、影の影響なのでしょうか」


 マリーエルは首を傾げた。


「どうでしょう……それは調べてみないことには……。里に戻ったらアントニオにも訊いてみます」


 すかさずルドラは恐縮したように首を振った。


「あぁ、そのような。我々がお調べいたします」


「あ……そうですよね。お願いします」


 ルドラがぎこちなく笑みを浮かべ、頷いた。


 辺りを見回したカルヴァスが、道の先を視線で示し、マリーエルに「行けそうか?」と訊いた。休憩をするには此処は条件が悪い。早く抜けてしまいたかった。


「うん、行けるよ」


 再び隊列を組み直し、マリーエル達は歩き出した。


 マリーエルは歩きながら、自身の体に意識を向けた。山を登り、跳蟲との戦闘を終えた今でも、不調や疲れを感じることがなかった。勿論、多少足は痛み始めているが、それでも以前よりずっと力が高まり、体力もついているのが判る。役目を果たす為、必要なことだった。


 ふと、カルヴァスがベッロへと視線を向けた。ベッロは腕の怪我も気にせずに、歩いている。


「そういやお前、随分と腕を上げたみたいだな。拳のキレが良かったぜ」


 その言葉に、ベッロはパッと顔を上げ、嬉しそうに瞳を輝かせた。尾がぶんぶんと揺れる。


「ベッロ、鍛錬頑張る。師匠、教えて貰う」


 拳を構え、ベッロは言った。


「拳術ってのも奥が深いよな。オレも昔基礎は押さえたけど、また学び直してもいいかもな」


「というか、今のコイツに必要なのは隊列を守る頭でしょ。さっきは本当に何の考えもなしに突っ込んでたよねぇ? 技を見せびらかしたかったのか知らないけど、攻撃に出ろなんて誰も言ってないのにさ。そのうえ怪我まで負わされてさぁ」


 インターリが言うと、ベッロの耳が下がり、尻尾もしゅんと垂れた。聞こえるように非難された付き人は、歩き出した後も血の気を失った顔で後ろをついて来ている。


 「やめろ」とインターリを窘めてから、しょぼくれたベッロの肩をカルヴァスが軽く叩く。


「ま、確かに隊で動く以上、好き勝手にされると困るけど。それで活路が開けることもある。お前はオレ達より感覚が鋭いんだから、その点期待してるぜ。さっきだってお前が気が付いたから、身構えることが出来た。とはいえ、一応は隊長であるオレの指示か、長年一緒にやってきたインターリの動きを見ること。いいな?」


 カルヴァスの言葉に、垂れていた耳が僅かに立つ。ベッロは真剣な顔で頷いた。


「ベッロ、判った」


 ベッロはそっぽを向いたインターリを見やり、小さく鳴いてから〈走る姿〉に変身した。


 洞窟を抜けると、陽は随分と傾き始めていた。候補地を見てから、ルドラの先導で里へと戻ると、ルドラは深々と頭を下げ、付き人と共に規律実行派の道場へと去って行った。


「オレ達も城へ戻るか。アントニオからも話を聞きたいしな」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ