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精霊国物語  作者: 夢野かなめ
第二部 木の歌と火の器

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32話 隠された場所

「私が認識出来ない……ということは、随分と少数なのでしょう。または、同一の思想であるものの首謀者の指示に従うのみで理由は伝えられていないか。ある程度の範囲で共通認識として捉えられていなければ、知識として私の許に浮いてきませんから。私の存在はこの国の中では知らぬ者は居ないでしょうし、その辺りは警戒するでしょうね。……何らかの企てがあるのであれば」


 剣の手入れをしながらアントニオの話に耳を傾けていたカルヴァスは、少しだけ考えてから口を開いた。


「首謀者は恐らくランドシ殿の近くに居る……。そして、その首謀者は大陸の者に唆されるかどうかしてる……筈だよな」


「今の所はそう考えられるでしょうね。ランドシ様は、理解して気が付かぬ振りをしているのか、ただ単に騙されているのか。どちらも考えたくはありませんが。その目的を推測するに、此処で止めねば、随分と面倒なことになるでしょうね」


「戦は、ごめんだぜ」


 部屋に沈黙が落ちた。カルヴァスが手にしていた剣を椅子の上に置き、硬い音が響く。


「大陸から来た者を全員疑う訳にもいかない。それこそ内政干渉だと言われる。正当な理由がなければな。そもそも既にこの国にいない可能性もある。その辺り、ランドシ殿と、その首謀者は上手くやってるみたいだけど。ジェーディエが狙われたのは、単純に基礎地縁派を潰す為か。それとも──」


 言葉は徐々に呟きとなり、深く考え込んだカルヴァスは、再び剣を手に取ると全体を検めた。


「恐らく、この山に居る者達は、何かしらの企みを知っても手を出せない、または出すつもりがないのでしょう。もう既に十分混乱を極めているのでしょうね。そう考えると、マリー様がこの地を訪ね、儀を執り行うというのは我等としても重要な機会になるでしょう」


 ひとつ頷いたカルヴァスは、軽く息を吐いた。


「ま、結局目的が判らない以上、今は警戒するしかない、か。マリーの守りを普段より詰めつつ、オレ等で此処の内情なりなんなりを探る。ジュリアスで他の領主はああ言っていたが、それは表向きの話だからな。より早く情報を渡せられれば、大事になる前にどうにか出来るだろ。オレ達の役目はマリーの護衛だけど、ジェーディエの話を聞く限りは、マリー自身に危険が及ぶことはない……だろうからな」


 カルヴァスの言葉に、アントニオが考え込んでから頷いた。


「そうですね。マリー様に何かあれば、少なくとも今の所掴んでいる両派の目的は果たせなくなる。姫様を人質にと取ろうものなら、それこそ他地方の怒りを買う。三地方は、戦は避けたいが、もし本当にどうしようもなければ剣を抜くしかありませんからね。ジェーディエに関しては──」


 アントニオは難しい顔をして言い淀んだ。それを見やりながら、カルヴァスは手入れを終えた剣を鞘に納めた。


「判ってる。その点で全面的に信用している訳じゃない。ただ、アイツの剣筋はいいものだった。オレは嫌いじゃねぇぜ」


 眉間の皺を深くしたアントニオは、緩く首を振った。


「それはどうだか私には判りませんが。いいでしょう、最終的な判断は貴方にお任せしますよ、隊長殿」


 カルヴァスは口端を上げた。


「あぁ、しっかり見極めさせて貰うさ。お前のその知識も十分に借りるからな」


 その言葉に、アントニオは小さく笑ってから卓を立った。


「勿論です。その為に来たのですから。さて、私もそろそろ休ませて貰いますよ」


 灯りを持って部屋を出て行くアントニオに軽く手を上げて応えたカルヴァスは、窓の外に目を移し、何かを探るように耳を澄ました。




 夜が明け、マリーエル達は、地図に記された場所を訪れた。非常に険しい山路が多く、休憩を挟みながら移動する。


「この辺り一帯は、フリドレードの力場ということもあって、儀自体はどこでも大丈夫そうだね」


 水筒の水を飲みながらマリーエルは言った。


 例に漏れずカルヴァス以外は額に汗し、ぐったりとしていた。枯れ葉のような茂みの陰に腰を下ろして誰からともなく息を吐く。


「山の上の方は涼しいかと思ったのですが……」


 アーチェが梅の実を皆に差し出しながら言った。梅の実は、その酸味が体に沁みる。


「この山は精霊山よりも高いからな。陽を遮るものは殆どないし、かえって暑いよな」


 カルヴァスは梅の実を頬張りながら言うと、地図を確認した。囲みに書き込みをしながら、何やらと考え込んでいる。


「確かに暑いが、風は心地よい。これが巡り整っている、ということなのだろうか」


 呟いたカナメが、遠く広がる森と、その先に見える海に目を向けた。その視線のずっと奥にカナメの故郷は在った。


 マリーエルはカナメの視線を辿るようにして遠くを見つめ、そっと瞳を閉じた。


「うん、此処は気が巡ってる。精霊山も普段はこんな感じなんだよ。全てが丁度良く満ち、互いに影響を与えながら流れ、巡る……あるべき姿」


 カナメが海の先からマリーエルへと視線を移した。


「君が、それを調律する」


「うん、それが私の役目。力を司るのは精霊達。それにしても、こうしてると本当に気持ちがいいね。登ってる間は暑かったけど」


「そうだな」


 カナメは小さく笑ってから、水筒の水を飲んだ。


 というかさ、とふいに背後で上がった不満そうな声に、二人は振り向いた。


「わざわざ此処まで来る必要あった? こんな所で儀をするつもり? そもそも気が整ってるなら儀なんて必要なくない?」


 小石を拾ってはぞんざいな手つきで投げて遊んでいたインターリが、組んだ脚の上に立てた右手で頬杖を突きながら言った。〈走る姿〉のままのベッロが、小石を追い掛けて遊んでいる。


「お前だってその義手に問題がなかろうが、定期的に手入れはしてるだろ。気の流れにもそういうことが必要ではあるんだ。人の手を入れ、祈りを捧げる。ただ、確かに指定された場所は──」


 そこで言葉を止めたカルヴァスは、地図に目を落としたまま再び考え込み始めた。言葉の続きを待っていたインターリは、訝しげに振り向くと、カルヴァスに向けて小石を放り投げた。


 小石は弧を描いて地図の上に跳ね、カルヴァスの腕をかすり、地を転がった。地図から目を上げ、インターリをひたと見つめたカルヴァスは、足元の小石を掴みインターリに投げ返した。


「危ねぇだろ」


 小石は牽制するようにインターリの腕すれすれを通って地に落ちる。憮然とした表情のインターリが再び小石を放った。今度はカルヴァスの足元を跳ね、砂が舞う。


「危ねぇとか言いながら、お前も投げてんじゃん」


「うるせぇな。オレは今集中して考えごとしてんの。本当に当てるぞ」


 カルヴァスが投げた小石がインターリの服の裾を掠めて転がる。むっとしたインターリの前にアーチェが手を出し遮った。


「お二人とも子供みたいなことは止めて下さい」


 しかし、アーチェが言い終わる前にインターリが負け惜しみの如く一投を放った。カルヴァスは、今度はそれを宙で掴み取り、呆れたようにインターリを見やった。


「お前なぁ──」


 声を荒げたカルヴァスの前を、小石がヒュルリと過ぎ去った。向き合っていたインターリの斜め上にも小石が飛び、あらぬ方向に落ちていく。


「お前達、煩いぞ。今はしっかり体を休めるんだ」


 膝立ちになったカナメが両手を払いながら二人を睨み付けた。


 目を瞬いたカルヴァスとインターリは、カナメが放った小石の軌跡を辿るようにしてからカナメの手に注目した。


 それらは宙で交差するように飛んできていた。つまり、両手とも狙いは大きく外れて飛んでいたのである。


 どちらからともなく笑い始める。


「どんな投げ方したらあんな飛び方する訳? 意味判んない!」


「いや、本当、下手くそかよ。……そういえば、剣以外のお前の腕前見たことねぇな。次の演習で槍使ってみてくれよ、投げ槍!」


「──わざとだ!」


 遮るように言ったカナメは、ぷいと顔を背けると、膝を抱えるようにして座り込んだ。


 マリーエルは何事もなかったかのように笑い合うカルヴァスとインターリを見やってから、カナメを窺った。カナメはその視線に気が付いていたが、じっと遠くを見たまま動かなかった。


「あの……有難うね。あれ以上続いてたら本当に危なかったし、その、カナメのお陰だよ?」


 カナメは口を引き結んだまま、僅かに頬を羞恥に染めた。


「わざと……だから」


「……え?」


「いつもはもっと投げられる」


 マリーエルは目を瞬いてから、小さく笑った。


「うん。判ってるよ。──あ、梅の実もうひとつ食べない?」


 梅の実の包みを取り上げたマリーエルは、ひとつをつまんでからカナメの前に差し出した。暫くそれを見つめていたカナメは、ふぅと息を吐いてから梅の実をつまんだ。


「マリー、ちょっといいか」


 カルヴァスが呼んだ。


 ひと通り笑ったカルヴァスとインターリは、既に頭を切り替えたらしく、地図を覗いて首を捻っている。


 カナメもこっちに来てくれ。という言葉に、カナメと共にカルヴァスの近くに腰を下ろす。


「どうしたの? 次は少し下って山を回り込んだ辺りでしょ?」


「それは、そうなんだけど。この囲いの位置、何か気にならねぇか?」


 マリーエルは囲いの辺りを凝視しながら首を傾げた。


「何か、気になる……?」


 カルヴァスは、マリーエルからカナメに視線を移した。


「お前はどうだ」


 カナメは体を引き、地図全体を眺めながら考え込んでいる。


「上手く居住地や修養場を避けているように思うが」


「そう、それが何処か引っ掛かるんだよなぁ」


 カルヴァスは腕を組み、首を傾げてから辺りを見回した。


「さっきマリーが言ったようにこの山なら何処だって祀地に出来る。こうして囲いを書き込んである方が、此処の事情を知らないオレ達からしたら手間が省けるのも確かだ。ただ──ん?」


 カルヴァスは立ち上がって地図を見下ろすと、暫く考え込んだ後に目を上げ、眼下に広がる森を見渡した。


「なぁ、あの辺りも祀地に向いてそうだよな?」


 そう言ってカルヴァスが指さした森を、マリーエルは見渡した。


「実際に行ってみないと判らないけど、多分大丈夫だと思う。嫌な感じは……しないし。調律は必要かもしれないけどね。地図には何て──あれ?」


「書いてねぇんだよな」


 元から書き込まれていたものと、カルヴァスの手によって森付近には様々な書き込みがされていたが、森に関しての書き込みは、その周辺に少しずつ触れられている程度でそのものはなかった。


「これは……うまい具合に隠されている、と考えた方がいいのだろうか」


 カナメの言葉に、カルヴァスが難しい顔をする。


「だが、何の為に……?」


「やっぱりなんか隠したいことがあるんでしょ。それなら、次調べるのはあの森だね」


 インターリが鼻を鳴らした。




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