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精霊国物語  作者: 夢野かなめ
第二部 木の歌と火の器

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29話 再会

 客間に案内され案内人が去ってしまうと、マリーエルは長い息を吐いて、倒れるように卓に肘を突いた。


「疲れたぁ……」


「ご立派でしたよ、姫様」


 眉間に皺を寄せていたアントニオが、それを少しだけ和らげて言った。


「姫様に相応しい振る舞いでした。貴方もそう思うでしょう、カルヴァス」


「あぁ」


 アーチェが茶の支度をするのを見やりながら再び眉間に皺を寄せたアントニオに、難しい顔をしたカルヴァスが言った。カルヴァスはそれ以上言葉を続けず、ベッロを手招くと指で何やら合図をした。小さく頷いたベッロが客間を歩き回り始める。


「インターリは何処まで行ってしまったのでしょう」


 アントニオの声に、ベッロが鼻を鳴らす。


「近く、居ない」


「全く困ったものですね」


 明らかに目的をもって部屋を歩き回るベッロの様子に、疑問を口にしかけたマリーエルのその口を、カルヴァスの指が押さえた。しぃ、と手振りで喋らないようにと伝えてくる。


 その間にも、アントニオはアーチェやカナメと言葉を交わしながら、まるで通常のように振る舞っている。


 アーチェが茶を淹れ始めるのを黙したまま見ていたマリーエルは、ベッロの「何も居ない」という声を合図に離れたカルヴァスの指を目で追ってから、問うように首を傾げた。


「ひとまずは安心みたいだな」


 ニッと笑ったカルヴァスが、慣れた手つきでマリーエルの頭を撫でる。その手をアントニオが掴み止め、放った。


 考え込んでいたマリーエルは、ハッと顔を上げた。


「何処かから盗み聞きされてたかもしれないってこと?」


 アントニオを睨み付けていたカルヴァスが、マリーエルに向き直ると頷いた。


「まぁ、念の為な。あの様子だと用心するに越したことないぜ」


「そうですね。まぁ、予想通りということでしょうか。勿論、悪い意味で、ですが」


 平然としている二人の様子に、マリーエルは言葉を失った。


 勿論、事前にその可能性は説明されていたし、マリーエルもそのつもりでこの地までやって来ていた。しかし、実際にそれを目の当たりにするまでは、ただの行き違いであってくれと願ってもいた。


「この客間は上等なものですが、窓から見た所、この先は崖。護衛の為と言われれば都合がいいことは確かですが、他にも意図があると考えざるを得ませんね」


「だろうな」


 マリーエルは、アントニオの言う通り窓から外を覗いてみた。先には遠くに精霊山が見えたが、下に視線を移せば切り立った崖だった。此処を下りるなどとても出来そうにない。それでも、岩肌に何者かが潜むだけの空間はありそうだった。


 剥き出しの岩肌と、木枠と板張りの床。薄い布を張った木枠によって部屋は区切られている。出入り出来るのは、入って来た一か所だけだ。


「まぁ、マリーに関してはどうにかするつもりはないだろう。精霊姫、というものを考えても、手元に置いて交渉の材料にしたり、権威を示すのにいいからな。オレ達は、そういった事が起きないように、十分に注意していく。ベッロ、お前は入り口の辺りに張っててくれ」


「判った」


 ベッロは入り口横に座り込むと、耳を立て、外の様子を窺った。アーチェが差し出す器と茶菓子を嬉しそうに受け取りながらも、ベッロの意識は遠くに向けられていた。


「丁度良い機会です。少しでも此方でのことを持ち帰れるよう、私は交渉の場に出ることにします。姫様は元の申し出の通り、祈りの儀を成すことだけをお考え下さい。正殿での舞はお断りする方向で私が話を進めます。祈りの儀の為に姫様が参られたことだけで充分だというのに、それ以上に応える必要はありません」


「うん。このことはアントニオにお願いするね。私も少し驚いちゃった」


 アントニオが「お任せ下さい」と頭を垂れた時、茶を飲んでいたカナメが窺うように訊いた。


「マリーが此処で舞をすることは、そんなに問題なのか」


 アントニオが、眉間の皺を深くし、答える。


「姫様が舞を奉じること、それ自体は問題ありません」


 不可解そうにしたカナメが首を傾げた。


「それなら舞を披露して精霊姫の存在を知らしめる……という訳にも、いかないんだろうな」


 カルヴァスが一口茶を飲んでから、んー、と唸った。


「もしお前がオレの母さんから、当然のように家業を継いでくれだの、姫様の護衛ならうちの子達も護衛してくれって言われても、断るだろ」


 目を瞬いたカナメは、難しい顔をした。


「そう、だな。突然家業を継げと言われても困るし、俺にはマリーの護衛という役目があるからそれを疎かに出来ない。勿論、何か事情があるのなら考えるが……」


「まぁ、感覚的にはそういうこと。家業を継ぐのも、護衛するのにも問題はない。でも、それが当然だと勝手に扱われるのは困るってこと。向こうはもう完全にマリーを手中に収める気でいる。グランディウス王と同等の力を得ることもな。要するに、オレ達は相当なめられてるんだ。だから、慎重に事を運ばねぇとな」


 その時、ベッロがくるくると耳を動かし立ち上がった。


「インターリ!」


 尻尾を振りながら布戸を開けたベッロは、廊の先にもう一度「インターリ」と呼び掛けた。


「あぁ、そこか。本当広いね、この城。しかもどこもかしこも似たような見た目なんだよね」


 ぶつぶつと文句を言いながら部屋に入って来たインターリは、卓まで歩み寄って来ると茶菓子をひとつ掴み口に放り込んだ。それを諫めるアーチェに鬱陶しそうに手を振り、部屋の入口まで引き返す。


「随分遠くまで見回ってたみたいだな」


 含みのあるカルヴァスの言葉に、インターリはニヤリと笑う。


「案内人がやたらと説明しいでさ。聞いてやってたんだよ。それで──」


 インターリは、廊の先を見つめたままのベッロと同じように廊を覗き、声を上げた。


「ほら、こっちだよ」


 声を掛けてから、インターリはその相手を待たずして身を引っ込めると、卓に腰掛けた。アーチェに茶を要求してから、カルヴァスに勝ち誇ったような笑みを向ける。


「案内人が上手く避けてる場所でも覗いてやろうと思って、撒いたらさ、ちょうどアイツが居たから引っ張ってきた。ちなみに案内人にも上手い具合に取り繕ってきたから」


 そう言ったインターリが指さした先には、丁度ジェーディエが顔を覗かせた所だった。


 ジェーディエは恐縮したように皆を見つめ、頭を垂れる。


「お久し振りです。本当は皆さんをお迎えしたかったのですが、修養の番が来て篭っていたもので……。終養の儀が今朝終わった所なんです」


 その言葉通り、以前会った時よりもジェーディエの顔は精悍になり、厳しい修養を経たことを感じさせた。腕には薬布を巻いている。


「終養の儀が今朝だったって……起きてて大丈夫なのか?」


 カルヴァスが訊くと、ジェーディエはしっかりと頷いて見せた。


「昼の内にしっかり休んだから。それよりも、姫様。何か不都合はありませんでしたか? インターリ殿から祈りの間へ入ることを許されなかったと聞きましたが……」


 アントニオが城に訪れてから起きたことを端的に話すと、ジェーディエは顔を曇らせた。


「何とお詫びを申し上げたらよいのか……。本来、祈りの間は精霊への祈りと畏敬の念があれば誰であっても立ち入ることは許されているのです。この所この城への来訪者はなかったものですから、そのようなことになっていたとは……」


「じゃあ、僕は元々立ち入る資格がないかもね」


 インターリが水を差すと、カルヴァスが「お前は黙ってろ」と手で制した。しかし、インターリは益々勢いついて、ニヤニヤと笑いながら懐から包みを取り出した。


「これ、何だと思う?」


 丁寧に封のされた包みを見たマリーエルは、思わず立ち上がった。


「もしかして……」


 それは、一見するとただの包みだった。包みの真ん中が膨れ上がり、何かが入っているのが判る。


「開いたらどうなるかな」


 挑発するように言うインターリに、カルヴァスとカナメが立ち上がって剣を抜いた。目を見開いて包みを凝視しているジェーディエをアントニオへと引き渡し、カルヴァスは皆の様子に目を走らせてから、インターリにひとつ頷いた。


 インターリが封を破り、包みを開く。


 中には、影色の塊が収められていた。途端に、辺りを漂う気の流れが乱れ、濁っていく。


 マリーエルは、息苦しさに咳き込んだ。


「これって、コイツの衣に仕組まれてた札に使われた影の墨ってやつでしょ?」


 皆、無言でその塊を見下ろした。


 影の墨は澱んだ気を放ちながら、静かに包みの上に在った。


「何処で見つけた?」


「この城の……地下の方の部屋。厨とかそういう所の近く」


 その言葉に、ジェーディエはハッと息を飲んだ。カルヴァスの問うような視線に、唇を震わせる。


「ま、まさか……この城の中で? じゃあ、俺は随分と無駄なことを……」


「どういうことだ?」


 カルヴァスがそう訊いた時、それまで静かに在った影の墨がぶるりと震えたかと思うと、まるで影そのもののように飛び上がった。


 素早く動いたインターリの手が塊を捕らえ、卓へと叩きつける。


「お姫様、コレどうにかしてくれない?」


 マリーエルは頷くと、墨となった影を祓い、この場の気を整えた。


 溜め息を吐くマリーエルの横で、アーチェが同じように溜め息を吐いた。その視線は卓の上へと向けられていた。卓の上は、インターリが叩きつけた墨が飛び散り、すっかり汚れていた。


「いいですけどね。影が在るのは危険ですし、これもお役目ですから」


 ぽつりと呟かれるアーチェの言葉に、インターリが鼻を鳴らした。


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