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精霊国物語  作者: 夢野かなめ
第二部 木の歌と火の器

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28話 火炎城

 ヴルーナ火山は、悠々たる姿を見せていた。小高い丘に登り、振り返れば遠く薄らいだ先に精霊山の姿も目にすることが出来る。精霊国の二大霊山だ。


 精霊山は、最も精霊の力を受ける場所との謂れがあるが、ヴルーナ火山は、この国が造られた際に、山を鎮める為にヴルーナという少女がその火口に身を投じたという話が残され、その名を冠している。


 炉の国の焚火山と比べて木々が多く根を張っているが、それも頂上に行くにつれて姿を消し、一見すると枯れたように見える草や、へばりつくような草々が熱風に晒されていた。


 フリドレード城──火炎城は山の中腹にあり、その半分が自然に出来た洞窟に繋がるようにして建っている。木組みの家々は、どれも質素な造りだった。


 マリーエル達が岩の積まれた門に近付くと、修養着を身に着けた者達が出迎えた。マリーエルが霊鹿を下りると、目の前に跪き、頭を垂れる。地面は岩でゴツゴツとしてとても痛そうだったが、修養者達はそれを微塵も感じていないようだった。


「お待ちしておりました。精霊姫様」


「此の度は、この地への祈りと加護の儀を行う為に参りました」


 頭を垂れたままそれを聞いた修養者は、小さく頷き、言った。


「領主の許へご案内します」


 マリーエル達は修養者に続き、多少は均されているがゴツゴツとした道を城へ向かって歩き始めた。すれ違う人々は、足を止めて深々と頭を垂れる。


 家々の間に設けられた広間のような空間で、多くの人々が厳めしい顔をして様々な修養に励んでいた。


「本当に修養ばっかりやってるんだ」


 辺りを見回しながら言ったインターリに、案内の修養者が振り返り、微笑んだ。


「この地に入山した者は、その生涯を懸け、精霊の力を受ける器としての力を高める為に修養を重ねます。グラウス程ではありませんが、この地が強く力を受ける火の精霊だけでなく、他の精霊の呼び掛けや加護を受ける者もおり、このヴルーナ火山を中心に様々な地で修養を行っております」


 案内人は説明しながらも、マリーエルやアントニオの様子を気に掛けている様子で、その後ろに続く者達にもさりげなさを装って、品定めをするような視線を向けた。


 その中で、妙に感心したように辺りを見回すカナメに案内人は目を止めた。


「何か気になさっておいでですか?」


 あぁ、いや、とカナメは小さく笑ってから言った。


「俺の集落でも、このように長達が祈り、世界樹の声を聴く為に研鑽を積んでいたと……少し懐かしい気持ちになっただけだ」


「カナメ殿は大陸にある世界樹の声を聴く部族の出なのでしたね」


 カナメの出生のことは、グラウスは勿論、噂とは広まるもので、どの地においても知られていた。同時に兵達からの評判も広がっており、元々名を馳せていたカルヴァスの後押しもあって精霊隊の副隊長を務めることとなった。


 〈鬼〉のように澱みから生まれたという事実は明かされていないが、影に対抗する力を持つのは、部族の秘められた力の成せる業であり、世界樹の意思なのだ、と皆認識していた。それは、カナメ自身のこの国での行いを、多くの者が好意的に認めているということだった。


 火炎城に着くと、案内人は祈りの間へと歩を進めた。


 城内は多くの修養の間を有していた。城というよりは道場に近いだろう。町よりも、厳かに修養を行う者の姿が見える。木組みに薄い布を張った戸で区切られ、例え閉め切られていても薄布越しに人々が居るのが判った。


 祈りの間の前に着くと、案内人は改めて頭を垂れた。


「精霊姫様。これより先、尊き力場にて我が領主がお待ちです。──インターリ殿はこちらへ」


 ふいに呼び止められたインターリは、怪訝そうに案内人を見返した。案内人は、その反応に不可解そうにしてから、再び頭を垂れた。


「これより先は尊き力場。選ばれし者しか足を踏み入れることはなりませぬ」


「その者は、私の護衛の為共に来てくれた者です」


 マリーエルが言うと、案内人は益々不可解そうにたじろいだ。


「恐れ入りますが、アントニオ殿、カルヴァス殿は精霊の呼び掛けを受けし者。そしてカナメ殿、ベッロ殿、アーチェ殿は精霊姫様の命により仕えし者。インターリ殿はそのどちらでもないとお聞きしているのですが」


 案内人の言葉に、カルヴァスが「ほら見ろ」という顔をインターリに向けた。「以前は」と反論しようとしたアントニオを手で制し、カルヴァスはマリーエルを見やってからインターリに向き直った。


「そういうことだ。姫の挨拶が終わるまで外で待っていてくれ。くれぐれも失礼のないように。此処には此処の規則がある」


 カルヴァスの言葉に、マリーエルは少し考えてから頷いた。


「お願いしますね、インターリ」


 カルヴァスとマリーエルの言葉を黙って聞いていたインターリは、ふいと顔を背けた。


「じゃあ、護衛らしく見回りでもしてくるよ」


「では、ご案内しましょう。この地で悪事を働く者などおりませんが、護衛の者にとって場を把握することは必要でしょうから」


 にっこりと微笑んだ案内人に、インターリは一瞬だけ気味悪そうな目を向けたが、口端を歪めて笑った。


「お願いしようか。この城って凄く広そうだし」


「ええ、では、こちらから」


 案内人について行きながら、ちらと振り返ったインターリに、マリーエルは様々な感情を込めて頷き見送った。


 祈りの間は、戸を開けた先に更に廊が続き、その先の空間が薄い布で区切られていた。布越しに人影が床に額を付けるようにして頭を垂れて居り、そのままの姿勢で深い声を発した。


「精霊姫様。お待ちしておりました。さぁ、こちらへ」


 控えの者が手振りでマリーエル、アントニオ、カルヴァスを薄布の中へ招き、他の者は薄布の手前に設えた席に案内した。木枠に布が張られた椅子だ。


 アントニオは黙したまま考えを巡らせていた。


 フリドレード内のことは、未だ〝知識〟として挙がってこない程に、一部の者のみで行われているようだった。フリドレード内で起きているのは、ただの勢力争いだけではないようだ。以前の領主であれば、今のように客人を──それもこの国において最も尊ぶべき相手が連れてきた者達をこのように分断したり、追い返したりすることは有り得なかった。


 初代グランディウスより、その子孫に分けられた土地は、協力こそすれ、過剰な干渉を避けてきたことは確かだ。これまではそれで十分に成り立っていたのだ。しかし、領主の代替わり、それに加え前王の死、影の出現によりその均衡は崩れ始めている。エラン、ジュリアスは共に戦をする気がないことが救いだが、フリドレードはこの山の中で何を企てているのか判ったものではない。


 アントニオは、どんな形であれフリドレードの中枢を直に目に出来ることに、気を引き締めた。どんな些細なことでも目で見て、判断し、グラウスへと持ち帰らなければならない。


「此度は、我がフリドレードへご来臨賜りまして、恐縮至極に存じます」


 フリドレード現領主ランドシは深々と頭を垂れ、おもねるような笑みを浮かべた。


 前領主アヴァーン・フリドレード・ディウス亡き後、ランドシはフリドレードの名を継がずに、領主としてこの地を統治していた。古より伝えられる規律を重視し、それを実行する為だ。曰く、器を高めること。その為に、フリドレードの名は必要がない。


 それは、規律実行派の思想だった。最も重視すべきは器の成熟である。その為に修養に身を尽くし、それ以外は廃するべきだと。


 マリーエルは頭を垂れ、挨拶を返した。


「この地に、より精霊の力が満ち、巡るよう祈りを上げさせて頂きます」


 ランドシは口端を引き上げると、マリーエルを見つめた。


「感謝いたします。近頃は影の被害も断続的に起き、徐々に増えているのだと耳にします。精霊姫様のお力を頂ければ、それらの憂いも去ることでしょう。早速ですが、こちらで祀地の候補を挙げさせて頂きました」


 控えの者に大判の紙を持って来させたランドシは、マリーエルの前にそれを広げて見せた。紙には周辺の地形と、幾つかの印が記されていた。


 カルヴァスとアントニオがマリーエルの両脇からそれを覗き込み、難しい顔をした。


 ランドシは三人の様子を窺いながら、指でひとつひとつを指し示して地形やその地の危険性などを述べていった。


「一度持ち帰り、この地を実際に訪れてから祀地を決めてもよろしいでしょうか」


 全て聞き終えたカルヴァスが訊くと、ランドシは顎を引いて頷いた。


「勿論です。その印の地も我等で事前に挙げただけのこと。精霊姫様がお望みの地があれば、そちらを整えましょう。その後、ヴルーナ火山の最奥にて舞を賜れれば、と」


「それは──」


 ランドシは反論されることを見越していたのか、優雅な仕草で頭を垂れ、目を伏せたまま続けた。


「ご存知の通り、今フリドレードは揺れております。本来であれば修養にのみ心を傾けるべきだというのに、成せぬ者もおります。このような時に精霊姫様より我がフリドレードの正殿にて舞を賜ることが出来れば、民の心も休まることと存じます。差し出がましい願いとは存じますが、何卒」


 ランドシは再び床に額がつくような格好で頭を垂れた。


 マリーエルが応えるより先に、アントニオがランドシとその後ろに控える者達を見回してから口を開いた。


「ご事情、承知いたしました。ですが、他地方の正殿での舞はこれまでにないこと。今此処でお返事する訳には参りません。このことは私含め、姫様と深くご相談させて頂きます」


「承知しております」


 精霊国では、それぞれの地に在る最も力の強い地は、グランディウスの子孫が代々整え、滅多なことで明かされることがない。


 グラウスでは精霊山の舞台がその場に当たり、舞台には力を持つ者のみが上がることを許されている。舞を奉じることが出来るのは、精霊姫の他にグランディウスの名を継いだ者だけだった。


 舞を奉じること、それ自体は何の問題もないが、フリドレードの求めるまま「フリドレードの民の為に」とヴルーナ火山最奥の正殿で舞うのは、意味合いが異なってくる。


 暗に、グラウスと同等の力があり、精霊姫はフリドレードの思うままに扱うことが出来る。と示そうとしているのと同義だった。


 いくら代替わりをしたからといって、ランドシがそれを理解していない筈がない。


 フリドレードは古くから精霊信仰を極めんとする地であった。


 他地方のように、生活の中で精霊の力を、存在を感じ、拝するのではなく、ただひたすらに良き器として在る為に、己の内に求める者が住まう地だった。武器や装身具が多く造られるのも、目に見える形で信仰を表したからだった。


 先の影による穢れを利用した戦は、手遅れになる前に止めることが出来たが、ランドシはその際にも領主の座を下りることがなかった。規律実行派の考えであれば、どのようなことを犯したとしても器の成熟したものが長に相応しく、それが民の為というなら尚更それは支持された。


 表立ってそれを主張されれば、多少強引にでもランドシを領主の座から下ろせたのだろうが、扇動者として差し出されたのは全くの別人だった。一度グラウスに引きたてられた扇動者は、フリドレードに戻された後に命での償いを課され、葬られたという。


 協議の末に、信仰を守る地としての立て直しをグランディウス王より命じられ、六候(三十日)程の篭り修養が行われ、表立ってはグランディウスの名の許に跪いたかのように見えたが、そうではないらしい。


 カルヴァスは、じっとこの場の雰囲気や、人々の顔を観察しながら、今後の行動の方針を考えていた。


「では、今夜はお疲れでしょうから、客間へとご案内させましょう」


 一見にこやかに進んだ話だったが、その実互いに探りを入れる形となった会話を切り上げ、ランドシは腰を上げた。


 マリーエルは、会話の殆どをアントニオとカルヴァスに任せ、自身の置かれた状況、この地に起きようとしていること、自身の行動による影響を考えた。


 不用意に発言しては、それが精霊姫の、ひいてはグラウスの決定ととられかねない。事前にアントニオとカルヴァスからそのことを伝えられていたマリーエルは、じっと耳を傾け、真剣に悩んでいる風に見えるように努めた。


 ランドシは、言葉にこそしないが、明らかにグラウスと同等の、いや、それ以上の地位や扱いを望んでいる。


 グランディウス王ではなく、精霊姫を求めたのも、少しの侮りを感じられた。


 敵対するつもりはない。だが、思惑通りに振舞うつもりもない。


 退出時に、ランドシのおもねるような笑顔を見つめたマリーエルは、改めて気を引き締めた。



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