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6話 成人の儀、異変

 一切の乱れなく撫でつけた髪を、尚直そうとするいつもの癖を見せたクラヴァットは、広間を見渡し国王へ頷いて見せた。


「クッザール様がお戻りになりました。カオル様に続き国王、王妃ご両名はご出発を」


 皆が祝賀行進の準備の為に身支度を整えていると、クラヴァットは足早にマリーエルに歩み寄り、祝いの言葉を述べて式の進行に戻って行った。その隙のなさに小さく笑ってしまう。


 カオルが出発するまでの間に、シャリールは機能性ばかりを重視し飾り気のないヨンムの服装に華を添え、既に起きていた着崩れを直した。続いて主役と見紛う程に着飾ったレティシアの全身から、いくつかの装飾品を取り外した。二人が衣装合わせ通りに出て来ないことを母は見抜いていた。


 祝賀行進は、まず民の為、付近に点在する精霊の力を受ける力場を巡り、舞や剣技を奉納する。民はそれらを観たり、共に祈りを捧げることでこの式典に参加する。その後、グラウス城の裏手にある精霊山へと向かい、精霊石の舞台で、精霊姫による精霊王との本舞が披露されることになる。


 行進はカオル隊の騎乗剣技から始まり、クッザール隊の精霊の力を借りた剣技へと続く。なかでも国王と王妃の二重舞踏は特に人気が高く、披露する度に練度が上がっていくことから〝夫婦円満の舞〟として愛されている。


 ヨンムが出発すれば、次はマリーエルの番だ。


 輿(こし)に乗り出発する。横にはアメリアとアントニオが付き従う。


 輿幕こしまくの間から色とりどりの光が散っているのが見えた。歓声が聞こえてくる。釣られて声を上げそうになったマリーエルは、すぐに口を閉じた。アントニオの怪訝そうな視線を横顔に感じながら、幕越しの光に目を向ける。


 ヨンムは幼い頃から多くの時を、本人曰く『この世界の構造を解き明かし役立てる研究』に投じている。奇妙なものを作りだしては得意そうにそれを披露した。今、ヨンムが披露しているのは弓技の筈だが、何か細工を施したに違いない。


 祈りの泉に着くと、マリーエルは輿を降りた。アメリアから杖を受け取り、祭壇の前に跪く。辺りに漂う精霊の気が誘われるように寄って来る。それらを自分の内に集め、流れを作る。今日は特に精霊の気配が濃い。どれも喜びや興奮に満ち、戯れるように辺りを漂っている。


 杖を一振りすると、姿を現した幼精が辺りを軽やかに飛び回り始めた。期待を込めた眼差しで見守っていた民達が、吐息を漏らす気配がする。


 マリーエルが杖を掲げ、足を地に這わせ、揺らす手には、力の弱い者でも視える程濃い気がまとわりつき、幼精の姿を浮かび上がらせた。


 舞が終わるその瞬間、風を切るような音がした。マリーエルが伏せていた目を上げると、上空で何かが弾けひらひらと花弁を降らせた。民達の間にわっと歓声が上がる。


 先を行っていたヨンムの輿からニヤニヤと笑う顔が垣間見えた。それに杖を掲げ応えると、マリーエルは祭壇で一礼をしてから再び輿に乗り込んだ。


 ヨンムは式典には興味がないという態度を取りながらも、緻密に機会を計っていたに違いない。


 アントニオの眉間に深い皺が刻まれたのは、見て見ぬ振りをすることにした。


 祝賀行進は、アンジュの可憐な舞、豪華絢爛なレティシアの歌、グラウス一の舞手ジャンナの舞と続き、やがて精霊山の舞台へと至る。


 精霊山は静謐(せいひつ)な空気の中に興奮を滲ませていた。地から突き出している精霊石の結晶が凛とした音を奏で、幼精が辺りを飛び回る。


 輿に付き添う者達も、感嘆の声を漏らさずにはいられない。


 舞台に上がるには、木々や石が積みあがって出来た階段を上らなくてはならない。輿を降り、祈りを捧げてから一段ずつ上る。これより先はグランディウスの子孫か、精霊の呼び掛けを受けた者しか入れない。


 舞台は初代グランディウスの代より受け継がれている。地中深くに世界樹の枝葉が伸び、その力を受けた精霊石が重なり合って舞台を形作っている。


 舞台の脇には薄幕を張った席が設けてあり、到着した者から座してその時を待っている。


 マリーエルが歩く度、足下の精霊石が共鳴するように凛と鳴った。


 全ての者が着席し首を垂れると、アントニオが促すように手を差し出した。その手を取り、立ち上がる。

 一瞬、空気がヂリッと音を立てた気がして視線を走らせると、問うようなアントニオの視線とぶつかった。安心させるように小さく頷いて、マリーエルは舞台の真ん中へ歩を進めた。


 皆、頭を垂れ、祈りを捧げている。


 精霊達の力が大きく渦巻いているのを感じる。


 マリーエルは杖を掲げ持ち、祈りの言葉を唱えた。


 我等と結びし円のものよ

 現れたまえ

 共に歌を

 共に舞を

 共に結ばれん

 (ちぎり)し果てに環に還らん

 この身に現れたまえ


 杖を舞台に打ち付けると、ひと際大きな共鳴が響いた。身の内に流れる精霊の力を、この地の気の流れに合わせて導く。流れに乗って精霊が次々に姿を現し、楽しそうに飛び回り、歌い始める。


 低く、高く、精霊の歌が大気を震わせた。マリーエルもその響きに合わせて歌う。


 ふと、嗅ぎなれた香りが鼻をくすぐった。


「祝福を。我等の精霊姫」


 すみれの精霊が宙をかき混ぜるように手を振ると、幼精が体を震わせて現れた。その中から幾つか(すく)い取ったすみれの精霊は、すみれの花に姿を変えたそれらをマリーエルの髪へと差し、満足そうに微笑んだ。


 つい、と顔を上げたすみれの精霊が後ろに退くと、恭しく頭を垂れた。ひと際強大な力がマリーエルの身の内を駆け巡る。


 大気の震えが強まり、光を放つ。木々がざわざわと音を立て、精霊石が高い音を発する。


 精霊王の顕現だ。


 マリーエルの舞い奏でる音と、精霊王の紡ぐ歌が重なり、響く。


 精霊が命世界に現れるには、自身と結びつく要素を集め、形作る必要がある。精霊王の顕現に、全ての精霊が頭を垂れ従う。


 根を張り大地を見守り続ける大樹の威厳、果てをも知らぬ大海の雄大さ、陽を灯し月光を注ぐ大空の慈愛。生けるモノ達が巡り還る鮮麗さ。その全てが調和した姿。


 精霊王が、マリーエルに歌い掛けた。


 浮かされたようにそれに応えようとしたマリーエルは、ぞわり、と足元を這い上って来た違和感に動きを止めた。慌てて集中を取り戻そうとしたが、精霊王までが動きを止め、探るように辺りを見渡している姿に不安が膨れ上がる。


 全ての音が止み、静寂が一帯を支配した。


 先程までとは打って変わり、湿ったような気が辺りに漂い始める。


 ふいにバキッという音を立て、足元の精霊石に歪な亀裂が走った。それが瞬く間に影色に滲んでいく。


「何が起きて――」


 その声は、亀裂から噴出した影に遮られた。


 精霊王がその広大な手でマリーエルを包み込み、影から遠ざける。


 影は広く散り、次の瞬間鋭い悲鳴を生み出した。舞台の下から苦悶の波が広がり恐怖が伝播(でんぱ)していく。付き人や控えていた兵達の間を影が縫い、その身体を無造作に投げ、折り重なった人々の周りに血潮が染みを作り出していく。影は再び舞台に上がると、手当たり次第に人々に襲い掛かり始めた。


 グランディウス王の声が響く。続いてカオルやクッザール、ヨンムの命令でそれぞれの部隊が影と交戦する者、守護する者とに分けられた。


 精霊王がマリーエルを懐に抱きながら力を(ふる)った。しかし、影は霧散しても次々に溢れ出し、精霊の力を飲み込んでいく。精霊王がマリーエルを見下ろした。


「まだ我の力を受けるには、この娘は……」


「姫様、こちらへ!」


 精霊王はその声に目を向けると、懐のマリーエルを舞台へ下ろし、背を押した。


「下がれ、姫よ」


 マリーエルは、妙にゆっくりと動く風景の中で、ピクリともせず血潮に汚れた顔の中で宙を見つめる暗い瞳から目を離せずにいた。倒れ伏す人々の体に影が纏わりついていく……。


「姫様! どうされたのです!」


 腕を引かれマリーエルは目を瞬いた。血相を変えたアントニオが、緊迫した様子でぐいぐいと腕を引いていく。


「ま、待って。今、影が――」


「貴女の安全の確保が先です!」


 精霊王の強大な気の流れに惹きつけられ、ふらつきながら、マリーエルはアントニオの腕にしがみ付くようにした。精霊王が引き裂いた影の破片が、辺りに飛び散る。


 腕を引かれながら振り返ると、人々の体に纏わりついた影が、不気味に膨れ上がっていた。


「アントニオ、あれを見て! 影が――」


 その言葉は最後まで発することが出来なかった。ふいに消えた腕を引く力に引きずられて転び、したたかに体を打つ。


 呻きながら顔を上げると、すぐ傍に居た筈のアントニオの体が、影に弾かれて舞台の下へと落下していくのが見えた。彼の顔に浮かぶ驚愕の表情がすぐに見えなくなる。


「アントニオ!」


 咄嗟に手を伸ばすと、目の前に集まった影がそれを遮った。影は徐々に人型を(かたど)り始めた。妙に艶めかしい影色の髪を垂らした女が、何よりも冷たい瞳でマリーエルを見下ろしていた。薄い唇が可笑しそうに歪む。


「起こしてあげましょうか?」

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