27話 認めて欲しい
ぼんやりと室内の騒ぎを見やっていたインターリは、そっと家を抜け出すと、窓の下に座り込んだ。あれこれと聞こえてくる声を聞くともなしに聞きながら、息を吐く。
暫くそうしていたが、近付いて来る足音に目を上げた。
小箱を手にしたラトゥロスが、申し訳なさそうに頭を下げた。
「リュビナが騒がしくしてすみません」
「あぁ、別に。大勢の場所が苦手ってだけ。いいんじゃない、楽しんでるなら」
インターリは視線を外し、眩い光を降り注ぐ月を見上げた。少しだけ離れた場所に腰を下ろしたラトゥロスに意識だけを向ける。
「何か用?」
冷たく響く声に、ラトゥロスはまごまごとした後、遠慮がちにインターリの腰の辺りを指さした。
「その飾り布、素敵ですね」
インターリは目を瞬いてから、ラトゥロスを見、次いで腰の飾り布に視線を落とした。それを指で弄んでから、答える。
「ジュリアスで貰ったんだ。まぁ、気に入ったから使ってる」
何度も感心したように頷いたラトゥロスは、「あの……」と手にしていた小箱を差し出し、蓋を開けた。
中には木彫りや鋳造された装身具が収められていた。どれも飾り模様が入れられたり、砕いた石の細工がされている。
「もしかしたら、こういう物もお好きかなと思って」
インターリはその内のひとつを手に取り、月光に照らすと、薄く笑った。繊細な細工の帯留めだった。
「まぁ、好きかもね。綺麗だし」
その言葉に、ラトゥロスがパッと顔を輝かせる。
「俺が造ったんです」
改めて帯留めに目を落としたインターリは、その細工を検めるようにして、へぇと声を漏らした。
「こういうものも造るんだ。お前の家族の話を聞く限り、剣とかを造ってるのかと思った」
ラトゥロスは僅かに目を伏せてから、小箱の縁を握る手に力を込めた。
「うちの工房で主に造っているのは祭祀用の剣や杖ですが、俺はこういうものも好きで……。どちらかと言うと、剣や杖を造るのが得意なのはグルニカなんです」
そこで言葉を止めたラトゥロスは、一度口を引き結んでから、インターリを真っ直ぐに見つめた。
「あの……もしよかったら、それを貰って頂けませんか」
「は?」
インターリは怪訝そうにラトゥロスを見つめ返すと、手にしていた帯留めを突き返した。
「僕はアンタに物を貰うようなことはしてないし、どうせ贈るならアンタの兄さんにやりなよ」
小箱の中に戻った帯留めに、ラトゥロスは思いつめたような表情を浮かべた。それを横目で見つめたインターリは、ひとつ息を吐き、膝の上に置いた手に頬を預けながら訊いた。
「兄さんに贈らない理由は? 別にアンタら仲悪い訳じゃないだろ」
ラトゥロスは小さく頷いてから、もごもごと口を動かし、ひとつひとつ言葉を零し始めた。
「勿論、兄さんには今までもこうした物を贈ってきました。造った物も見て貰いました。出来を褒めてくれました。でも、俺は……この細工を……」
もごもごと言い淀むラトゥロスに、インターリは鼻を鳴らした。
「あぁ、アイツが求めるのはこういう細工じゃないだろね。アイツ自身も器用だけど、アイツの言う〝細工〟は、もっと実用的なものだもん。強度とかに関わらなければ、多少の好みはあっても全部『いいな』って言いそう」
「そうなんです。兄さんが俺を認めてくれていることは判ります。でも、その……」
「アンタ自身の価値観を認めて欲しいってことでしょ。この帯留めも、十分使えてついでに造形がいいってことじゃなくて、アンタの意匠が素晴らしくて、機能もいいって言って欲しいってことでしょ」
ラトゥロスは恥じらいに俯きながらも、小さく「はい」と答えた。
その様子を見つめながらニヤニヤと笑ったインターリは、小箱の中に目を落とし、吟味し始めた。
「まぁ、こういうことは僕が一番適任かもね。カナメもアントニオも身嗜みは整えてるけど、拘りはないみたいだし、お姫様は勝手に着飾れる訳じゃないみたいだしね。アーチェは……まぁ、いいか。──じゃあ、これにする」
月色の帯留めを取り上げたインターリは、懐を探ると、帯留めが収まっていた場所に通貨を置いた。ラトゥロスが目を瞬き、問うようにインターリを見つめる。
「大陸でこういう物を買うとしたらこんなもんかな。出来は良いと思うけど、まだ甘い所もある。せいぜい技術を磨くんだね」
通貨をじっと見つめるラトゥロスに、インターリは意地悪な視線を向けた。
「なに? それじゃ不満って訳? うぬぼれた奴だね。今はその辺りが──」
「ち、違います! まさか代金を頂けるとは思ってなくて。そもそも頂くつもりもなくて」
ラトゥロスがわたわたと手を振るのに、インターリはさっさと仕舞えと手を払った。
「大陸なら何かを得るなら通貨を使う。此処でも使い始めてるんでしょ。アンタらのやり方なら労力なりなんなりと交換なんだろうけど、僕にそんな暇はないからね。文句ないならいいでしょ、それで」
インターリは立ち上がると、飾り布の結び目に帯留めをつけた。
「ま、こんなもんか。なかなかいいんじゃない?」
月光の下で飾り布を彩る帯留めを呆けたように見つめていたラトゥロスは、瞳を潤ませながら頭を垂れた。
その時、窓からひょこりとマリーエルが顔を覗かせた。
「此処に居たの、インターリ。クルトロさんが杏があるからどうですかって。干したのだけじゃなくて、遅生りのもあるって──」
マリーエルの視線がゆっくりと下方に移り、瞳を潤ませるラトゥロスに固定された。
「えっ、なに、何が起きてるの? ラトゥロス君、泣いて──」
「泣いてないです! インターリ殿には大変勉強になる言葉を──」
「ラトゥロスが何だって?」
マリーエルの横から同じように顔を覗かせたカルヴァスが、外に立つ二人の様子を見やってから、何処か察したように、口を曲げた。
「ほら、とっとと入って来いよ。お前達の分も食っちゃうぞ」
そう言ってマリーエルの肩を軽く叩き、卓へと誘う。その様子を見やってから、インターリは歩き始めた。その後ろ姿に、ラトゥロスは再び頭を垂れる。
「有難うございました。頑張ります」
「まぁ、また気が向いたら、アンタの造ったものを見に来てやってもいいよ」
帯留めは冷たく、しかし包むように月の光を受け止めていた。
朝になると、縋るような目をしたリュビナが駄々をこね始めた。しかし、ベッロが走る姿となりリュビナを背に辺りを駆けてくると、リュビナは笑顔を取り戻し、再会の約束を交わした。
「次、いつ帰って来るのかは知らないけど、その時はちゃんと手紙を寄越しなさいよ。『帰る』だけじゃなくて、どのような用件で、誰と、まで詳しくね」
クルトロが言うのに、カルヴァスはガリガリと頭を掻く。
「オレとしてはそう書いてるつもりなんだけどなぁ。兵の間だとそれで結構伝わるし」
口答えするカルヴァスの耳を、クルトロが掴む。その様子にクスクスと笑ったマリーエルは、そういえば、と口を開いた。
「カルヴァスって子供の時にお手紙くれたことあったけど、それ以来ないよね」
その言葉に、カルヴァスは片眉を上げる。
「お前とはずっと顔合わせてるから手紙書く必要がないからな。というか、お前こそオレに手紙書いてくれねぇじゃん」
「あぁ、私ってそういうの苦──カルヴァスとは一緒にいるからね」
ちらとアントニオを見やったマリーエルは、視線を彷徨わせながら言い繕った。
クルトロが不安そうにアントニオを見やる。
「家の息子……このような感じでよいのでしょうか」
アントニオは、ひとつ咳ばらいをすると、クルトロに言った。
「ええ、彼は実によく役目を果たしてくれていますよ。しかし、たまにこのように礼儀を欠いた発言をすることも多く──」
「あー、余計なこと言うなって。なぁ、マリー」
「え、う、うん。そうだよ。カルヴァスとはずっと仲良くしてるもんね。あ、でも窓から入って来るのは止めて欲しいな」
マリーエルの言葉に、クルトロの目が吊り上がる。
「あー、もう、出発するぞ、お前達。用意出来てるよな?」
カルヴァスはさっさと手を振ると、霊鹿に乗るようにと指示を出す。はぁ、と息を吐いたクルトロがカルヴァスの肩を愛おしそうに叩いた。
「ちゃんと役目を果たすんだよ」
「ああ、勿論」
カルヴァスは霊鹿に乗り込み、隊を振り返った。
その時、隣家の者が一人駆けてくると、カルヴァスを呼び止めた。
「あぁ、一応カルヴァスの耳には入れておこうと思ってな。この数日、フリドレードの修養者の姿があったんだが、昨日になって姿を消してな。俺はお前の役目は判らないが、何か関係があるんじゃないかと思ってな」
「そう思うなら、何でそいつを追い掛けるなりなんなりしなかったの? 不審な奴が居たなんて、それだけの情報じゃこっちも何も出来ないんだけど」
インターリの鋭い言葉に、隣人はすっと首をすくめる。「やめろ」と制したカルヴァスは、紙を取り出すと、軽く書き込み、クルトロに手渡した。
「これをクッザール隊へ。この近くに復興の為の陣を敷いてる。これで判るから」
カルヴァスは隣人へと礼を言うと、改めて隊を振り返り、出発の指示を出した。
集落の外れで、人々はマリーエル達を見送る為に待っていた。頭を垂れる者達に見送られ、マリーエル達はフリドレードの町へ向けて進み始めた。




