24話 フリドレードからの使者
数日後、フリドレードからの使者が訪れた。
曰く、我が地にも精霊姫様のご訪問と加護を、と書状には書かれていた。
書状から目を上げたグランディウス王は、薄く笑った。
「予想より遥かに直接的な申し出だな」
「そうですね。それに、微塵も断られるとは思っていないようだ」
クッザールが王から受け取った書状に軽く目を通し、それをカルヴァスへ渡す。
「表面上はマリーエルの訪問と加護を要請しているだけだから、敢えて断ろうとは思わないが……かの地でどうとでも出来ると踏んでいるのか。規律実行派とは、確かに力のみを指針としているらしい。その点については俺の方の手落ちだな。こうもグランディウスの名を軽んじられるとはな」
「とはいえ、こちらから事を荒立てては争いの火種ともなる」
王は顎を引いて、深刻な顔をした。書状から目を上げたカルヴァスに問うような視線を向ける。
「フリドレードから何らかの動きがあることは判っていましたから、一応の準備と心構えは出来ています。王よりご命令があれば精霊隊は直ちにフリドレードへと向かいます。札の件は、やはり現地を探ってみなければ判らない所もありますし」
カルヴァスの言葉に、王は顎を擦り、考え込みながら言った。
「そうだな。此の度の使者にもジェーディエが選ばれるかと思っていたが……基礎地縁派の思惑もまだ掴み切れていない。精霊姫を手に入れた所でどうとするつもりなのか。こればかりは実際に訪れてみないことには判らないな。まさかマリーエルを亡き者に、とは考えていないとは思うが、十分用心するべきだろう。クッザール隊にはジュリアス支援としてフリドレードとの境に近い場所に陣を置き……これは、普段と変わらないな。一任する」
ふと笑顔を浮かべたカオルは、クッザールを見やった。クッザールも笑みで受けてから小さく頭を下げる。
「さて、実際誰がフリドレードに向かうかだが、これはそのまま精霊隊だけでいいだろうな。俺まで出れば大事になる」
「はい。お任せ下さい」
精霊隊はその性質上少数精鋭だ。精霊姫の許に、呼び掛けを受けた者、影に対抗出来る者、精霊の力を扱わずに戦うことの出来るものが揃っている。
もし、それ以上人数が必要になれば、基本的にクッザール隊から人員を借りることとなっている。
「インターリも連れて行くのか」
カオルがからかうように言った。
「そのつもりです」
カルヴァスが苦笑を交えつつ答えると、カオルは面白がっているような、それでいて拗ねるような顔をした。
「精霊姫だけでなく、王の命にも背いて隊に属さず、好き勝手にマリーエルの周りをうろちょろと。お前達が裏でどうにかしていなかったら、あっという間に爪弾きにされているぞ。いい加減腹を決めないなら、俺の隊に加えたいんだがなぁ」
カオルが言うと、後ろで控えていた新王佐のロルが「お言葉ですが」と口を挟んだ。
ロルは前王の代からクラヴァットの許で王佐になる為の教育を受けていた。クラヴァットとは叔父と甥の関係だった。
クラヴァットは前王乱心の際に深い傷を負い、全てを伝える前に命を落としていた。彼の残した書物を元に、ロルはカオルを支える為に奮闘している。
カオルは、ロルに笑みを向けた。
「判っている。時期を見てまた突いてみるさ。そうは言っても、アイツもなかなかに強情だ。過去の何かがそうさせるのか……とにかく、この件に関してはカルヴァス、お前に頼んだぞ。アイツが何処かに所属するなら、それはやはり精霊隊なんだろう。それで十分隊は満たされる。此処では此処のやり方があるからな」
カオルの言葉に、カルヴァスは頭を下げた。
「申し訳ありません」
「まぁ、気長に待つさ。本当にどうしようもなくなったら、無理にでも俺の隊に入れると脅しておけ」
カオルは何かとインターリを気に掛けていた。それは、王としてだけではなく、カオル個人としての興味も大きかった。
曰く、確かな腕前と、精霊国では滅多に見られない卑劣で陰湿な技の数々、身のこなし。そして傷ついた獣のように辺りを警戒して回っている所。
「アイツは獣族のベッロよりも獣みたいだからな。そのくせマリーエルやお前には懐いて見せている。面白い」
カオルはカラカラと笑う。
「兄上は相変わらず──」
言い掛けたクッザールは、緩く首を振った。
カオルは、真に王というべき素質を兼ね備えていた。弱き者や、傷ついた者、そうした者達にためらいなく救いの手を差し伸べる。そして、多少強引にでも救いあげてみせるのだ。それを、カオルは王の義務として行っているのではなく、自然とそういう所作が身についている上に、本人は楽しんでいる節さえあった。
インターリに対しても酒宴に誘ったり、剣術の稽古に付き合わせたりと楽しんでいた。インターリも文句を言いながらも無下にすることはなかった。それは、王に対しての彼なりの礼儀なのか、ただ年が近い相手だからこそそのように接しているのか、それをわざわざ訊ねる者は居ない。
カオルが懸念を抱くように、兵の中でインターリの振る舞いに疑問を抱く者はいる。しかし、マリーエルの連れて来た者であることや、カルヴァスが信頼を置かれていることだけでなく、本人の実力においても物申せる状況にはなかった。
風聞に過ぎぬ存在から、言葉を交わすことの出来る存在となったインターリは、恐れを持って受け入れられた。そうは言っても、早々に処遇を決めねばならないのは確かだった。個人としては好きなようにやらせてもよいだろうと考えているカルヴァスだが、立場が出来ればそうと傍観している訳にもいかない。精霊隊を編成した時、まさか所属を断るとは考えていなかった。
「近い内に、なんとか承諾させます」
カルヴァスが言うと、カオルは顎を引いて応えた。
ふっと王の表情になる。
「さて、書状を書きフリドレードへと返さねばな。そうだな、三日後にフリドレードへと経ってくれ。その間にこちらの方でも探るべき所を詰めておこう」
「かしこまりました」
カルヴァスは頭を垂れ、諸々の確認を済ませると、その足でマリーエルの部屋へと向かった。
「という訳で、ひとまず予想通りフリドレードへ向かうことになった。表向きフリドレードの申し出に応える形だから、出発は三日後だ」
「一応の旅支度は済んでいる」
カナメが言うと、カルヴァスはそれに頷いてから難しい顔をした。
「出発までに、もう少し詰めておきたい。王からもその内詳しいことが下りてくるからな」
広げた地図の前であれこれと相談を始めたカルヴァスとカナメの話を聞きながら、マリーエルはジェーディエのことを考えた。──無事なのだろうか。
対立している派閥ではなく、同志からの謀の可能性もあるというのに、グラウスに戻ってから届いた手紙には、形式的な感謝と労いが書かれているだけだった。勿論、手紙とは何者かに暴かれる心配がある。ジェーディエの立場であれば、誰に託すとしても十分に用心せねばならない。
「ジェーディエのことは、フリドレードに行けば判るだろ」
知らず考え込んでいたマリーエルの頭をくしゃくしゃと撫でたカルヴァスに、アーチェの鋭い声が飛ぶ。カルヴァスは手を上げ、それを流すと、地図に目を戻した。
「ジェーディエ自身を疑う訳じゃないが、何かに巻き込まれてるのは確かだ。アイツ自身は争いを望んではいないんだろうが……立場っていうものもあるからな。自分の考えだけじゃ動けない。こればっかりはオレ達の目でフリドレードの現状を見てみないと何も判断は出来ない。まあ、話をそのまま信じるなら〝精霊姫〟が目当てなんだろうから、お前が酷い目に遭うってことはなさそうだけど」
カルヴァスはマリーエルを見ながら考え込んだ。
「誰にも酷い目には遭って欲しくないよ。……それはつまり、フリドレードの人達もってことだけど」
マリーエルの言葉に、カルヴァスがニッと笑った。
「そうならない為にオレ達が行くんだろ」
「ベッロ、マリー守る! 新しい技、習った!」
ぴょこんと飛び跳ねたベッロに、カルヴァスは苦笑した。
「あー、それは今度な。勿論、気にしなきゃいけないのはフリドレードの動向だけじゃない。そこに行くまでには影憑きだって出るだろう。ただ、今回は戦に向かう訳じゃない。ただマリーが儀を行うことで満足してくれるってぇなら、それでいい」
「うん、そうだね」
「本当にそれだけで終わるの?」
インターリが皮肉めいた声で言う。カルヴァスは首の後ろを掻いてから、真剣な表情を浮かべた。
「必要以上に身構えるのは判断を鈍らせる。まぁ、お前がその方がやりやすいってなら止めねぇけどよ」
カルヴァスの耳元で光を受ける精霊石の耳飾りに目をやったインターリは、暫し黙り込んだ後、壁に寄り掛かっていた背を離した。
「僕は僕のやり方でやらせてもらう。お姫様を守るっていうのは違えないから安心しろ」
そう言って出て行こうとしたインターリは、ふいに部屋に駆け込んできたアントニオの勢いに気圧され後退った。
「な、なんだよ……あの書物は今夜読むつもりだけど──」
「用があるのは貴方ではありません! カルヴァス!」
鋭い声に、カルヴァスは怪訝そうな顔をする。マリーエルは、自身が叱られている気になって、落ち着かない気分になった。もしかしたら、まずカルヴァスを叱り、その後で自身を叱るつもりなのかもしれないと、僅かに身構える。
しかし、アントニオが血相を変えてマリーエルの部屋へとやって来た理由はすぐに判った。
「フリドレードからの使者が訪れ、姫様が発たれると聞きました。それなのに、私の方に話がきていないのですが⁉」
嘆くように言うアントニオに、カルヴァスは気まずそうな笑顔を浮かべた。
「忘れてた」
「何ですって⁉」
アントニオが声を荒げる。
「別にアンタが来なくても精霊隊と僕だけで何とでもなるでしょ」
口を挟んだインターリに、アントニオは目を吊り上げる。
暫し考え込んでいたカルヴァスが言った。
「まぁ、そうだな。今回はアントニオが居た方がいいかもしれない。確実な情報を迅速に手に入れられた方が判断もしやすいし……あの鏡は、次の研究段階の途中なんだろ?」
「ええ、まぁ……」
アントニオは少しだけ気まずそうにしてから答えた。まだヨンムとの仲は修復出来ていないようだ。
「それに知の精霊の呼び掛けを受けた者っていうのは、戦にこそ結びつかないけど、精霊姫と同じような〝価値〟がある筈だ。何せ、お前しかいないんだからな」
「そう、ですね。でしたら、私を帯同者へと挙げて頂けますね?」
カルヴァスはカナメの方を見やり、頷いた。
「あぁ、オレから王とクッザール隊長に話してくる。お前は旅支度を済ませておけ。ちなみに、強行軍ではないけど、それなりの速度で向かうことを頭に入れておけ。ただの周遊じゃないんだ」
「ええ、判っています」
やる気に顔を輝かせたアントニオは、マリーエルの前に跪いてから軽い足取りで部屋を出て行った。
「お前、自分が叱られると思ってたろ」
カルヴァスがからかうようにマリーエルを振り返った。
「う、うん……よく判ったね」
その言葉にカルヴァスがニッと笑う。
二人のやり取りを見ていたアーチェがマリーエルに歩み寄ると深刻そうに訊いた。
「姫様……一体どんな心当たりが?」
「あ、えーと……どれだろう」
アーチェの瞳が鋭く光った。




