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精霊国物語  作者: 夢野かなめ
第二部 木の歌と火の器

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21話 婚礼の儀

 マリーエル達がグラウスに戻って数日の後、ジャンナとラクルムの婚姻の儀が執り行われた。


 ラクルムはマリーエル達のその後を案じていたらしく、マリーエル達がグラウス城に着くやいなや衣装合わせの途中の格好のまま飛び出してくるとホッと息を吐いた。


「そんなに心配する必要はないと言ったでしょう? この子はやると決めたことは成し遂げる子なんだもの」


 そう朗らかに笑うジャンナに、ラクルムは照れたように微笑み返す。


 グラウス城では、既にジャンナとラクルムの仲睦まじい姿に羨望の視線が注がれていた。朴訥(ぼくとつ)なラクルムと、それを愛おしそうに見つめるジャンナ。二人の幸せな姿を行く末迄見守れないことに歯噛みしているものも少なくない。


 エレジアは、カオルがどのようにもてなしたのかは明かさないが、すっかりと〝精霊人〟の文化に感銘を受け、少しでもそれに近付こうとあれこれと真似してみるせいで、随分と扱いやすい者となっていた。


 迎えに出ていたクッザール隊の者達は、ジャンナの大陸での処遇に僅かながら不安を抱いていたが、エレジアの様子にその不安も少しは弱くなったようだった。


 婚姻の儀は、精霊山での二人きりでの誓いの後、グラウス城の広間での結びの儀が行われる。


 マリーエルは舞を奉納した。


 ジャンナは精霊国を離れることとなる。精霊国のように強く精霊の力が満ちている訳ではない大陸であっても、加護を受けることが出来るよう、祝福を込める。


 舞を終え、頭を垂れると、婚姻の衣で着飾ったジャンナが、瞳を潤ませながら微笑んだ。隣に寄りそうように座るラクルムが、愛おしそうにそれを見やり、そっとジャンナの涙を拭う。


 その横では、瞳をうるませるシャリールにエレジアが優しい言葉を掛け、その肩を抱いていた。木々の波の事件の間、グラウス城でも互いのことを知る為の様々なことが行われていたようだ。


「ジャンナお姉様、とても綺麗ね」


 儀の後の宴が始まり、マリーエルは隣に座るレティシアに声を掛けた。


 座が囲む広間では、ジャンナとラクルムが睦まじく踊っている。


 レティシアは頑なに婚姻の儀への参加を渋ったが、シャリールとジャンナに説き伏せられ、気の進まないまま参加している。参加を渋ったのは、祝う気持ちが無いからという訳ではなく、消えることのない罪悪感からの想いだった。


 本来であれば、この場には父王の姿もあった筈なのだ。今、父王が座るべき場所には、現グランディウス王であるカオルが座している。


 祝いの場で、わざわざそのようなことを口にする者は居ないが、しかし心の何処かではその想いが消えることはなかった。


 表面上は取り繕ってはいるが、未だ民はその事実を受け入れることが出来ないでいる。城内で働く者であっても、時折レティシアに向けられる眼差しには冷たいものが混ざった。それでも、レティシアの許に一人残った侍女の働きもあってか、少しずつ彼女の許にも人手は戻っていたのだが、レティシアの心に深く残った悔恨は彼女の顔を曇らせ、俯かせ続けている。着飾る衣も、以前のような派手さはなかった。


「そうね」


 皆の注目を浴び、幸せそうに笑う姉の姿をどのように思うのか、レティシアは遠くを見つめるようにそれを眺めていた。


「婚姻の儀って、こっちまで幸せな気分になってきちゃう」


 マリーエルの言葉に、レティシアがふっと小さく笑った。


「相変わらずのんきな頭ね」


「でも、こうして宴があるのは楽しいことでしょう」


「頻繁に宴を催していたら、身が持たないわ。それに、次があるならクッザールの番だけど、確か貴女の──」


 そこで言葉を止めたレティシアは、マリーエルの笑顔がぴくり、と引き攣ったのを見て、視線を逸らした。


「ヨンムもその気がないようだし、そう婚姻の儀に参加することはないわね」


「その前にレティシアお姉様の番かもしれないでしょう?」


 思わず口に出た言葉に、マリーエルはすぐに後悔した。宴の雰囲気に当てられたのか、普段よりも口が回っているレティシアに浮かれたのか、ふとアメリアについて触れられたせいで注意を怠ったのか、軽々しく口にするべきではなかった。


 レティシアはぎゅっと眉根を寄せ、不機嫌さを滲ませた。


「何をどう考えたらそういう答えになるの? 在り得ないわ」


「あの、でも──」


「在り得ない」


 語気を強めたレティシアに、離れた座からシャリールの視線が向けられる。レティシアは取り繕うように笑みを浮かべると、杯を傾けた。


「これ以上話をしたくないわ」


「ごめんなさい。でも──」


「もうよして。今はお姉様の婚姻の宴なのよ」


 レティシアはそれきり、うっすらと浮かべた笑みのまま、宴を彩る花となった。


 宴はマリーエル達の危ういやり取りをよそに、温かく終わった。


「いつか明色の町を訪れてね」


 出立の日、ジャンナがマリーエルを抱き締めながら言った。


「ええ、必ず。お姉様、お元気で」


 ジャンナは潤んだ瞳で頷くと、再びシャリールや泣き腫らすアンジュを抱き締めた。


 そうしてグラウス城をそっと見上げ、別れを惜しむように小さく頷く。


 ふと、隅に佇むレティシアに目を向けたジャンナは、気遣うようにその背を抱いた。


「貴女は、貴女の役目を果たしなさい。今は判らなくても、きっと見つかるわ」


「……ええ」


 ジャンナは、伏し目がちに答えるレティシアの頬を優しく撫でた。


「さぁ、花嫁。出立の時だ。我が、明色の町へ」


 エレジアが言った。


 ジャンナは差し出されたラクルムの手を愛おしそうに取り、屋形車に乗りこんだ。


「お前の幸福を祈るよ、ジャンナ」


 カオルはそう言ってジャンナの手を取ると、額を合わせた。


「有難う、カオルお兄様。私も、この国を離れますが、多くの者の幸福を祈ります」


 ジャンナはカオルの手を取り、親愛を返した。


 出立、という声が掛かり、クッザール隊を先頭に屋形車が動き出す。


 通りからは民の祝福の声が上がった。


 ジャンナがもう一度振り返り、そっと手を振った。


 自身の根付くべき遠いかの地へと、ジャンナを乗せた屋形車は進んで行く。




 婚姻の儀が終わると、レティシアは深淵の女王の一件からそうしていたように自室に籠ってしまった。


 シャリールは随分と心配し、アンジュの世話と新王であるカオルを支える公務の傍ら、足繁くレティシアの許へと通っていたが、母の前では謝罪を繰り返すか、それ以外は押し黙っているだけだった。シャリールも思い悩み、最近では少しだけ離れるのも手かもしれないと、レティシアを訪れる頻度を減らしていた。


 今のレティシアが心を硬直させずに済むのは、マリーエルしかいなかった。時に乱暴な言い方をしたり、辛く当たることもあるが、少しずつでも想いを吐き出せるのは、今後に向けて必要なことだった。


「この茶葉はね、カナメが厨の人達と相談しながら作ったんですって」


 マリーエルは、レティシアの目元が腫れているのに見ない振りをして、茶を淹れた。レティシアは窓の向こうに視線をやりながら、カナメ、と小さく呟いた。


「貴女の隊の副隊長の子よね」


「うん。あぁ、そうだ。花束もくれたのよ。お姉様に持って行きたいって言ったら、手伝ってくれて。カナメは花の幼精達と仲がいいの」


 マリーエルが花瓶を探す間、レティシアに花束を渡すと、珍しいものでも見るようにそれを見つめ、そっと顔を近付けて花々の香りを吸い込んだ。


 レティシアの部屋は随分さっぱりとした印象になった。まだ僅かに華やかさを保てているのは、全てを処分しようとしたレティシアを、シャリールと侍女のシーニャが止めたからだった。


 続きの間で控えているシーニャに花瓶の在り処を訊き、それに花束を活け卓に置いたマリーエルは、茶器に茶を注いだ。芳しい香りが部屋に漂う。


「シーニャもどうぞ飲んで」


「いえ、しかし──」


 ちらとレティシアを見やったシーニャが、困惑に眉を寄せた。


 シーニャの視線を追ったマリーエルは茶器を置き、レティシアに歩み寄った。静かに流れ落ちるレティシアの涙を見つめ、その背に手を添える。


「何故、放って置いてくれないの」


「放って置いたりしないって言ったでしょう? それに、そんなこと言って、お姉様も放って置いては欲しくないでしょう」


 レティシアが苦々しげに顔を歪めた。


「そんなことを言うだけなら、出て行って頂戴」


「そんなことを言うけど、出て行かない。私はお姉様とお茶をしに来たんだもの。ほら、良い香りでしょう」


 唇を噛んでマリーエルを睨み付けたレティシアだったが、しかし実際にマリーエルを追い出そうとはしなかった。差し出した茶器を受け取り、ゆっくりとした動作で口に含む。その瞬間、レティシアがほっとした表情になったのに気が付き、マリーエルは小さく笑んだ。


 マリーエルは様々なことを話した。カルヴァス達から聞いたこと、自身が国を回り見聞きしたこと。少しでも城の外のことや、民の生活を知ることの出来るように。その中に、レティシアも居るのだと知ってもらえるように。


「少し疲れたわ」


 レティシアが目を伏せて言った。


 顔色は普段と変わりがないようだったが、これ以上会話を続けるつもりはないという意思表示だった。しかし、怒鳴ったり泣き叫ぶのではなく、レティシアなりの気遣いが現れていた。


「ごめんなさい。つい色々お話しちゃった。それじゃあ、また来るね」


 マリーエルが立ち上がると、控えていたシーニャがすぐ部屋に入って来て茶器を片付け始めた。


「……今日は、有難う」


 小さく呟かれた言葉に、マリーエルとシーニャは目を見合わせた。その言葉を発した主に目を向け、二人して微笑む。


「うん」


 マリーエルは廊に出ると、温かい気持ちがぐにゃりと歪む感覚に陥った。長く息を吐き、深く吸い込む。


 マリーエルの中でも、未だ哀惜の念は燻ぶり続けている。そして、後悔ややるせなさ。そういった感情が押し寄せてくることがあった。しかし、起こってしまった全てのことは、誰か一人の問題や責任ではない。


 気を抜くと飲み込まれてしまいそうになる冷たい感情を押しやったマリーエルは、柔らかな感情でそれらを包み込んだ。


 今は、出来ることを成すだけだ。



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