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精霊国物語  作者: 夢野かなめ
第二部 木の歌と火の器

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17話 手合わせ

「は?」


 干し果実を頬張っていたカルヴァスが眉根を寄せた。


「警備帰りに何言ってんだよ。お前も一緒に居たんだから、結構キツかったの判ってるだろ」


 カルヴァスの言葉に、インターリが鼻で笑う。


「そんなこと言って、どうせこの後鍛練するんだろ。いーじゃん、鍛錬だと思えば」


 あのなぁ、とカルヴァスが呆れたように言うと、ジェーディエが頭を下げた。


「よければ、是非」


 カルヴァスはジェーディエからその腰の剣に目を移し、マリーエルをちらと見やってから身じろぎした。立ち上がり、立てかけていた自身の剣を手に取る。


「この後、お前も鍛練に付き合えよな、インターリ」


「お前が負けなかったらな」


 そう言って笑うインターリに鼻を鳴らし、カルヴァスはジェーディエに向き直った。


「お手合わせを」


 中庭で、手合わせ用の帯を巻いた剣を手に、カルヴァスとジェーディエが向き合った。


 カルヴァスは、剣を構えたジェーディエの顔つきが変わったのを見て取った。焼き印が示すようにただものではないようだ。しかし──。


 窓際で様子を見守っているマリーエルの姿を視界の端に捉えたカルヴァスは、深く呼吸をして、腰を屈めた。


 ──鍛錬であれ、みっともない姿は見せられない。


 間を読み、カルヴァスは地を蹴った。


 ガン、と鈍い音が響き、強い衝撃が腕を駆けのぼる。一撃を受け止めたジェーディエは、歯を噛み締めカルヴァスを睨み上げた。その強さに、カルヴァスは笑う。


 一撃、二撃──素早く強靭に繰り出すカルヴァスの剣撃を、ジェーディエの剣は重く、確実に受け止める。筋力であれば、明らかにジェーディエの方に分があった。カルヴァスはジェーディエの重い一撃を上手く受け流し、避け、隙を見つけて剣撃を繰り返し、徐々に追い詰めていった。


 しかし、ジェーディエの剣は力のみに頼っている訳ではなかった。カルヴァスが攻め切れるかと思えば、決定打が打ち込めない。


 鈍い音が響く。互いの荒い息が篝火に浮き上がり、消えていく。額を汗が流れた。


 何度目かの攻防を繰り返した後、カルヴァスは自身の胸の中で、ヂリリと火が燻ぶり、燃え始めるのを感じていた。


「へぇ、面白れぇ」


 ジェーディエの瞳も、音が聞こえてきそうな程に燃え上がっていた。


 獣のような声を上げたジェーディエが、カルヴァスの剣を押し返し、剣を振り被った。カルヴァスは腰を落とし、脚に力を込めた。炎が二人を包む。


「カルヴァス!」


 マリーエルの焦りを含んだ声に、カルヴァスは横に跳んで剣撃を躱した。それと同時に頭上から大量の水が降りかかり、一瞬だけ怯んだカルヴァスは、びしょ濡れになった顔を拭って髪を搔き上げた。冷静に辺りを見回し、ガリガリと頭を掻く。


 周囲の焦げ付いた草々がぐっしょりと濡れ、いくつかの篝火も消えていた。室内の灯りの中で、体のあちこちから花を咲かせたマリーエルは困った顔をして言った。


「もぅ、本気出し過ぎだよ! 周りを燃やし尽くしちゃうところだったよ!」


 そう言ってから、マリーエルはうっと呻いた。アーチェが次々に体に咲く花を摘み取っていく。


「……急に力を使ったから、木の精霊の力を抑えきれない……」


「わりぃ」


 カルヴァスは苦笑すると、地に剣を突き立てたまま呆然としていたジェーディエに手を差し出した。


「実りのある──いや、すっげぇ楽しかった」


 ふっと笑みを浮かべたジェーディエが、力強くカルヴァスの手を取った。


「俺も、すげぇ楽しかった」


 笑い合う二人を遠目に見ながら、インターリが口を曲げた。


「アイツ……また剣で理解(わかり)あってる……」


「カルヴァスは昔からあんな感じだよ。すぐに仲良くなっちゃうの。インターリだって──」


 言い掛けたマリーエルは、ふと沸き立った力のうねりに顔を上げた。中空に火が灯っている。


「なかなか見応えがあったのだがなぁ」


 火が膨れ上がり顕現した火の精霊が、名残惜しそうな顔をカルヴァスとジェーディエに向けた。


「今はこの周辺の気が不安定だし……それに、延焼したら困るもの」


 マリーエルの言葉に、ふふ、と火の精霊が笑う。


「確かに、我の力は木の奴を飲み込んでしまうからなぁ。この地は燃えるものが多い。だが、このような状況をこれ以上脅かすつもりもない。すまぬな、姫よ。つい、楽しくてな」


 火の精霊が視線を移すと、消えていた篝火が再び灯った。


「ねぇ、もしかして、精霊と喋ってる? ……火の精霊?」


 インターリが、怪訝そうにマリーエルの視線を追った。


「えーと……この辺りに居るんだけど」


 マリーエルが示した辺りを凝視したインターリは、むっと口を曲げた。


「なんか宙で火が燃えてるようにしか見えないんだけど」


 火の精霊は、考え込むようにインターリを見下ろしている。


「ねぇ、お前達には視えるの?」


 聞かれたベッロとカナメが、目を見合わせてから頷き返す。


 つまらなそうな顔をするインターリの目の前に、火の精霊が手を伸ばし、指を弾いた。


「わ、あっ……⁉」


 突然目の前で燃え盛った炎に、インターリは声を上げて後ろに転がり落ちた。


「こやつは視えないのではない。()()()()()()()()()のだ」


 姿を現わした火の精霊の姿を見上げ、インターリは驚愕に目を見張った。


「お前、何してんだ、大丈夫か?」


 中庭から戻って来たカルヴァスが、手巾を手に火の精霊へと会釈をした。遅れて戻って来たジェーディエは、床に伏して頭を垂れた。その様子を見ていた火の精霊が薄く笑うと、手巾で汗を拭うカルヴァスに、ジェーディエを指し示した。


「お前もこうして我を拝してもよいのだぞ」


「……オレにこういうの求めてないでしょう」


 カルヴァスの言葉に、火の精霊は面白そうに笑う。ジェーディエの前に降り立ち、「よい」と顔を上げさせた。


「修養をしている訳でもなく、此処は我の力が満ちる地でもないのだ」


 そう言われても尚、伏し目がちに火の精霊を見やるジェーディエに、火の精霊はクツクツと笑った。


「さて、姫よ──」


 火の精霊がマリーエルの額に触れると、それを避けるようにさわさわと音を立てて草木が芽吹き、花を咲かせていった。まるで逃げるような挙動に、火の精霊は眉を(ひそ)める。


 マリーエルは、身の内で荒ぶる力を抑えるのに苦心した。


「あぁ、木の奴は姫の内に在るのだったな。厄介なことだ。ともかく、奴の力を安定させるのに我も力を貸そう。よい器がふたつもあれば、我の力が木の奴を燃やし尽くすということは起きぬ」


 そう言ってカルヴァスとジェーディエを見やった火の精霊は、ふっと吐息をマリーエルに吹きかけた。火はマリーエルに咲いた花々を舐めとると、ヂリリと舞って宙に消えた。


「これで良いだろう。姫よ、儀に備えよ」


 火の精霊はマリーエルの額に口づけを落とし、激しく燃え盛ると姿を消した。


 すっかりと大人しくなった木の精霊の力の気配にマリーエルが息を吐くよりも前に、アーチェが長い息を吐いた。一身に集まる視線に、咄嗟に口を押える。


「どうしたの、アーチェ」


 マリーエルの問いに、気まずそうにしたアーチェは、視線を彷徨わせてから口を開いた。


「正直に言いますと、こんなにも頻繁に精霊が顕現されては緊張が続きっぱなしで……」


「は? 精霊国じゃ当たり前なんじゃないの?」


 インターリが怪訝そうな顔をする。アーチェはふるふると首を振った。


「そんな訳ないですよ。それは、他の地に比べれば多いかもしれませんけど、姫様のお側に居ればこそ、です。一日の内に頻繁に精霊や幼精が現れるのに、いまだ慣れません。精霊人と呼ばれる私達ですが、やはり並々ならぬ畏敬の念というものは心の奥底に根付いているんです。慣れなければ、と思っても、緊張はしてしまいます」


 水の入った器をジェーディエに手渡し、自身も喉を潤しながら、カルヴァスが「あぁ」と納得したように呟いた。


「確かに、マリーの側に居ると感覚が変わるよな。オレは子供の頃から一緒に居るから今はもう随分と慣れたけど、出会ってばかりの頃は驚いたもんだ。カナメはどうなんだ?」


 カナメは、マリーエルを見やってから、小首を傾げた。


「俺は……特に気にしたことがない。最近は花の精霊によく話し掛けられることもあるが……恐らく、全てが全て俺の瞳に映っている訳ではないと思う」


「ベッロは力を視てる。皆と同じか、判らない」


 ベッロはマリーエルの背後から抱きつくと、頭を擦り付けてから鼻を鳴らした。


「あと匂い。インターリも判る。頑張る、だ」


 ベッロの視線に、インターリは顔を背けた。


「別に、視えなくてもいいけど」


 拗ねたように言うインターリに、カルヴァスは呆れたように笑った。


「ま、視ようとしてないってだけなら、その内視えるんじゃねぇの」


 カルヴァスは手巾を置き、再び剣を取るとインターリに剣を示してみせた。


「ほら、次はお前の番だぜ」


 えぇ、とインターリはむくれ顔を呆れ顔に変える。


「さっき散々やり合ってたじゃん」


「オレは負けてはいないからな。お前が言ったんだぞ」


 カルヴァスがニッと笑うと、ぶつくさと文句を言いながらも、インターリは剣を手に立ち上がった。ベッロが中庭に二人を追い掛けていく。それを楽しそうに見送ったジェーディエが、ふと振り向きカナメに笑い掛けた。


「カナメ殿のお噂も聞き及んでいます。お時間があれば、是非お手合わせを」


 あぁ、とそっけない返事をしたカナメは、その言い方に思わず視線を向けたマリーエルに気が付き、取り繕うようにまごまごとした後、ぎこちなくジェーディエと言葉を交わし始めた。


 奇妙な空気の中交わされる言葉の中で、マリーエルが悶々としていると、ふと目を上げたジェーディエがマリーエルの髪に手を伸ばした。


「姫様、また花が──」


 その手を、カナメの手が掴み引き止めた。その場に戸惑いと、沈黙が落ちる。


「あ、えっと……」


 カナメが視線を彷徨わせ、ジェーディエがマリーエルとカナメを交互に見比べる。マリーエルは目を瞬いてから、ジェーディエを見やり、カナメに視線を移して問うようにした。


 その拍子に、草花が芽吹いていく。


「姫様のお世話は私が」


 アーチェの言葉に、ジェーディエがそろそろと手を引っ込めた。


「あ、あぁ……これは失礼しました。馴れ馴れしくしてしまって……」


「い、いえ……」


 戸惑いと困惑のまま、助けを求めるように中庭の鍛錬を見やり、切れ切れに言葉を交わしていたマリーエル達だったが、それも終わってしまうと、ジェーディエは深々と頭を垂れてから、自身の客間へと戻って行った。




 カナメを気遣いあれこれと問うマリーエルを早々に寝室へ送ったアーチェは、カナメを続きの間へと呼び出した。


 怪訝そうなカナメに椅子に座るように言い、その前に立って見下ろし、言う。


「いいですか、カナメ殿」


「どうした。何があったんだ」


 カナメの言葉にアーチェは眉間を押さえる。


「あのですね。これ以上姫様のお気を煩わせるのはおやめ下さい」


「な……?」


 さっと血の気の引いた顔で、カナメが呻く。


「この所のカナメ殿の行動は、よろしくありません。思い当たる節は、ありますよね?」


 アーチェの言葉に、カナメは身を固くすると、項垂れた。


「俺の態度……のことだな。何故か、マリーが誰かと話していたり、触れられたりしているのを見ると、こう……胸の中が騒いで仕方ないんだ。ジェーディエ殿も、何処かまだ信用出来ない所があるというし、これは、警戒せよということなのかもしれない。世界樹の……意志だろうか」


 真剣に言うカナメに、アーチェは大きな溜息を吐いた。


「あのですねぇ……」


 そこまで言って、呆れたようにもう一度溜息を吐く。


「カナメ殿のそれは、嫉妬、妬み、やっかみ……つまり、焼きもちです」


「焼きもち……?」


 ポカンと口を開け繰り返すカナメに、アーチェは少しだけ顔を(しか)めた。


「あの、カナメ殿は一体おいくつですか。事情は少しばかり耳にしていますが、とはいえ恋心というものを知らぬとは言わせませんよ。露骨すぎて、いい加減こちらが気まずいんです」


 カナメは、目を見開いたまま、まるで時が止まってしまったように動きを止めると、「え?」と小さく呟いた。アーチェは「え?」と訊き返す。


「もしかして……自覚していなかったんですか」


 カナメは落ち着きなく身じろぎすると、ふいに体を折り曲げ頭を抱えた。


「そ、そうか……そうだった、のか……」


「え、本当に? 今の今まで気がついていなかったんですか? 本当に⁉」


 思わず声がひっくり返りそうになったアーチェは、気まずさに咳ばらいをしてから、カナメの前に屈みこんだ。


「あの、すみません。自覚があるものだとばかり思っていました。ですが、そうですね。確かに……今思うと、何をとぼけているのかと……いえ、納得する所があります」


 顔を上げたカナメは、羞恥に染めた顔でアーチェを見た。


「そんなに、露骨だっただろうか……」


「……はい。多分、気が付いてないのはカナメ殿と、マリー様ご本人くらいですよ」


 再び頭を抱えたカナメは、ぐるぐるする視界で自身の行いを省みてから、顔を上げた。


「すまない。君の気も煩わせてしまったな。自分の気持ちに気が付かないとは……恥ずかしい。俺は……どうすればいいんだ」


 アーチェは難しい顔をするカナメを見下ろし、眉を寄せながら答えた。


「今まで通りでいいとは思います。ただ、先程のようにマリー様とお話し中の方を遮ったり……いえ、勿論不用意にべたべたとマリー様を触られたり、姫様が困っているようだったらそれは止めなければいけませんが……。そうですね、ちゃんと状況を見て、判断をすること。ご自身の感情によって動かないこと、でしょうか」


 嚙みしめるようにアーチェの言葉を聞いていたカナメは、ひとつ頷くと、頭を下げた。


「以後、気を付ける。俺はマリーの護衛役だ。副隊長という座も頂いている。その名に恥じぬよう尽力する」


 そう言って立ち上がると、まだ戸惑いが残るままに笑ってから「少し外を見回って来る」とカナメは部屋を出て行った。


 それを目で追ったアーチェは、深い溜息を吐いた。


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