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精霊国物語  作者: 夢野かなめ
第二部 木の歌と火の器

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15話 痛み

 マリーエルは寝室で着替えをする間、以前から時折感じていた違和感を覚えた。


 アーチェが深く考え込み、何か言いたそうな瞳でマリーエルを追うのだ。それは大体世話役として上手く事が進まなかった時に起こるのだが、それだけでない感情がその瞳に籠っているのがマリーエルには判った。本人に自覚はないが、その瞳は随分と素直に感情を伝えてくれる。


 口だけは普段通りによく回り、何かと言葉を発してはいるが、瞳の奥が沈んでいるアーチェの顔を、マリーエルは覗き込んだ。


「あのね、違ったらごめんね。何か、あった?」


 何かあったと判っていても、マリーエルもアーチェにそれを質す方法を掴めていない。だからこそ、マリーエルは率直に訊いた。


 一瞬手を止めたアーチェは、何気ない風を装ってマリーエルの着替えを終えると、「いいえ」と言い掛けてから、緩く首を横に振った。


「自分の不甲斐なさに嫌気が差しただけです。こうして姫様にご心配をおかけしているのも、世話役として……失格です」


 マリーエルは、苦々しげに吐き出された言葉に、眉を寄せた。


「そんなことないよ。どうしてそう思うの? 私だって、自分のお世話をしてくれる人のことを心配するよ。そうやって仲良くしていきたいけどな」


「いえ、でも、アメリア姉様だったら──」


 言い掛けたアーチェは、ハッと言葉を飲み込んだ。


 マリーエルは、緩んでいた気持ちが締め付けられるのを感じた。浮かべようとした笑顔が引き攣ってしまう。ふと視線を逸らし、寝台へと歩み寄った。


「アメリアのことだって心配してたよ。喧嘩だってすることあったし、そうやって一緒に生きて──」


 ふと言葉が紡げなくなると、アーチェが縋り付くような顔でマリーエルを覗き込んだ。


「どうして姫様はアメリア姉様の話をする時に、そんな顔をされるのですか? どうして、ご自分を責めるような──」


 言い掛けたアーチェは、怯えたように口を噤むと、頭を下げた。


「申し訳ございません。今は、休まれませんと。それこそ、世話役失格です」


 マリーエルは何も言い返さないまま、アーチェの促すままに寝台に潜り込んだ。


 アメリアの死の真相は、当事者のみにしか明かされていない。


 「申し訳ございません」と、アメリアとよく似た声で繰り返す姿が、閉じた目蓋の裏に蘇る。


 ──こんな筈ではなかった。アメリアに関わるあらゆることが。




「申し訳ございません」


 そう言って、額を地へ擦り付けて震える姿に、マリーエルはすぐには何も言えなかった。


 深淵の女王との戦いから戻り、慌ただしさが少しだけ落ち着いた頃。アメリアの両親を呼び、真相を告げた場でのことだった。


 マリーエル帰還の際に、共に居る筈のアメリアの姿が見えないことは、その時は既に城内では知れ渡っていた。元より、アメリアは城で働く者達から羨望の目を向けられることが多かった為に、明らかに訳ありのインターリや、精霊国では異色な姿であるベッロよりも注目され、噂された。


 精霊国において、彼女の帰還が叶わなかった理由に〝女神の力を受けたから〟は相応しくない。実際の所、本当に女神の力であったのかも定かではない。しかし、精霊の力とは異なる力をもって鬼を飲み込み、そして自身も地に横たわることとなったのは、事実だ。


 結局、大陸には影憑きとは少し異なる〈鬼〉というモノがおり、その戦に巻き込まれた際に精霊姫を守り戦死した、という形でアメリアの不在は知れ渡った。それは多くの者を悲しませたが、世話役としての名誉ある死としても讃えられた。


 そんな中、グラウスの町で花を育て暮らすアメリアの両親には、マリーエルにより真実を伝えられた。


 最初こそ、顔色悪く今にも倒れそうではあるが、覚悟を済ませた顔をしていたアメリアの母は、マリーエルが少しずつ真実を語る内、苦しそうに顔を歪め、地に平伏した。


「申し訳ございません」


 叫ぶように繰り返すアメリアの母の震える体を、沈痛な面持ちで見下ろしていたアメリアの父も、のろのろとした動きで地に伏せると、額を地に擦り付けた。


 マリーエルは、今にも力が抜けてしまいそうな足を奮い立たせ、二人の前に手を差し出した。


「止めて下さい。どうか、顔を上げて……。共に戻れなかったことを、このようなことになってしまったことを責められることはあっても、謝られることはありません」


 難しい顔でマリーエルの話に耳を傾けていた父は、娘の身に起きたこと、そしてその選択に戸惑いがあるものの、何とか理解しようとしているらしく、項垂れていた顔を上げ、妻の体を抱き起した。


 しかし、アメリアの母は、血の気の引いた顔で視線を彷徨わせ、申し訳なさそうに目線を地に落としたままだった。


「呼び掛けどころか、ほんの少しの力も持たずして生まれたあの子が、精霊姫様の世話役となり、少しでもこの国の為お仕え出来るかと思っておりましたのに……女神の力とは……」


 さめざめと泣きだした母に、マリーエルが手を差し出そうとすると、母は申し訳なさそうに後退し、頭を振った。再び地に額を付け、「申し訳ございません」と繰り返す。


 マリーエルの後ろに控え、じっと様子を窺っていたカルヴァスが、一歩前に出て口を開いた。


「あの時、アメリアがあの力を使っていなければ、オレ達は此処に戻れなかったでしょう。いかなる力を使ったのだとしても、アメリアは世話役として十分過ぎる程に使命を果たしてくれました。これまで、共に過ごせたこと、感謝しかありません」


 カルヴァスがそう言って頭を下げると、母は未だ戸惑いの視線を彷徨わせたまま、縋るような瞳で夫を見上げた。アメリアの父は、マリーエルとカルヴァスを見つめ、そっと妻に語り掛けた。


「精霊姫様とカルヴァス殿にこのようなことまで言わせてしまうのは、それこそ申し訳が立たない。これ以上、困らせるのは止めよう」


 妻を抱き起し、再び椅子に座らせた。


 マリーエルは今にも泣き出しそうだったが、それを堪え、薄く笑みを作った。


 アメリアを失ったことへの深い悲しみを。彼女が確かにこの世界に存在したのだと、共に祈りを捧げ、想いを共有出来ると思っていた。


 少しでも共に過ごせた時への感謝が伝わるよう、アメリアへの想いが伝わるよう、マリーエルは思い出を語った。


 身を縮めて聞いていた母も、苦しみながらも懸命に想いを飲み下そうとして、最後の方は瞳を閉じ、小さく頷きながら耳を傾けていた。


「本当に〝女神の力〟だったのか。それは私の力をもってしてもまだ判りません。女神とは、昔語りにのみ在る古のモノ。そのようなものが今、存在しているのか。しかし、繰り返しますが、アメリアの選択のお陰で、姫様方はお戻りになることが出来ました」


 付き添っていたアントニオが言うと、母は皆の顔をゆっくりと見回し、今度は「有難うございます」と頭を下げた。


 それから後、グラウスの町を出て生まれの集落に移るのだと、アメリアの父が挨拶に来た際には、酷く衝撃を受けたマリーエルだったが、ただそれを見送るしか出来なかった。


 アメリアの父は、改めての謝罪と、アメリアへの想いに深く感謝をし、去って行った。


 ──こんな筈じゃなかった。


 何度そう思っても、人の心を変えることは出来ない。


「マリー様」


 いつの間にか眠りに落ちていたマリーエルは、その几帳面な声に目を覚ました。


 瞳を開ける前に考える。


 どうして、声音は違うのに、その響きは心を素通りしていかないのか。


 どうして、こうもアメリアのことを想い出してしまうのか。


 目蓋を持ち上げたマリーエルは、そっと覗く夜空色の瞳を見つめ返した。


「姫様、お目覚めですか。フリドレードからの霊司が到着したとの報せが届きました。陽が昇ったら……ここからでは判りにくいですが、陽が昇り次第、一度お目通りを、と」


 アーチェは普段通りに笑みを浮かべ、窓幕を上げたりとマリーエルの世話をし始めたが、何処かぎこちなく沈んでいるのを、マリーエルは感じていた。


 しかし、それについて話すことは、出来なかった。


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