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精霊国物語  作者: 夢野かなめ
第二部 木の歌と火の器

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14話 ただの贈り物

「あれ、それ綺麗だね」


 マリーエルは、インターリの帯に巻かれた飾り布を指さした。


 木の実をつまんでいたインターリは、ぞんざいな手つきでそれを抜き取ると、ひらひらと振って見せた。


「何か、此処の人がお礼にってくれたんだよね。影憑きを討伐した時に畑を守ってくれたからってさ。要らないって言ったんだけど、押し付けられた。まぁ、綺麗だからいいかなって。欲しいならあげるよ」


 インターリは、それをひらひらと振ったまま、マリーエルへと差し出そうとした。


「ちょっと! マリー様に差し上げるとしても、言い方というものがあるでしょう?」


 アーチェの鋭い声に、眉間に皺を寄せたインターリは、飾り布をマリーエルに押し付けてから、木の実の皿を持って窓際の椅子に移動した。くどくどとアーチェが文句を言うのを、聞かぬ振りをして木の実をつまむ。


 マリーエルは飾り布を広げ、緩く首を振った。


「こんなに素敵なもの貰えないよ。でも、本当に綺麗だね」


 濃く、薄く、染め出された模様は、まるで月光の下に水を湛えた湖面のようだった。


「月光石の色」


 ふいにベッロが言った。飾り布を覗き込み、鼻を鳴らしながら匂いを嗅ぐ。


「へぇ、そうなんだ。よく知ってたね?」


「アントニオの授業で聞いた」


 ベッロの言葉に、マリーエルの胸を冷たいものが流れた。自然と背筋が伸びる。居る筈がないのに「以前お話しした筈ですが?」という声が聞こえてくる気がした。


 ふるふると頭を振り、怪訝そうにしたアーチェに飾り布を手渡す。


 アーチェは、飾り布の模様の入り方を検めた。蝋燭の灯りの中でも、その精巧さが判る。


「あぁ、これはエランに近い集落のものですね。月光石を使用しているのも頷けます」


 アーチェは、絞りの癖や、染め方の特徴を述べてから、インターリを振り返った。


「どんな子ですか?」


「は? どんな子?」


 インターリが怪訝そうに繰り返す。


「これをくれた娘ですよ」


「はぁ? なんかひょろっとしたおじさんだったけど」


「え、女の子じゃないんですか」


 アーチェの言葉に、インターリは益々怪訝そうにする。不機嫌な声が「だったら何だよ?」と答えた。


 露骨に安心して見せたアーチェに、インターリは鋭い視線を向けた。


「で、何が言いたい訳」


 今にも飛び掛からんとでもするように睨み付けるインターリに、アーチェはひとつ溜息を吐いた。


「本当にただの贈り物のようですね。私はてっきり、恋心を伝えるとかそういうことかと思ったんです。あまりに立派なものだったので、勘ぐっちゃいました。──あぁ、どこぞの娘に『止めておけ』と忠告する羽目にならなくてよかった」


 そう言ってのけたアーチェに、インターリは鼻で笑う。


「アンタ、いつもそんなこと考えてる訳? 気持ち悪い」


「あら、誰かを想うことって、素敵じゃありませんか。それに、職人とは美しいものを見たら何かを作らねば気が済まないものですからね」


 アーチェは妙に重みのある声で言った。何かを言い返そうとするインターリを手で制し、「とにかく」とアーチェは話を区切った。


「どれだけ貴重なものかお判りでしょう? 例え姫様相手であっても、民から受け取ったものを軽々しく献上しないで下さい。姫様の評判にも関わります」


 アーチェはそう言って、綺麗に畳んだ飾り布をインターリの手に戻した。次いで、マリーエルを振り返り、笑みを浮かべる。


「ちなみに、姫様は以前にひと通り各地方の特産物について学ばれている筈ですよ。近頃、色々と読書をされているようですが、こうした染め物に関する書物も今一度読まれた方がいいかもしれません。宜しければ、私がお教えすることも可能ですが。グラウス城に帰ったらアントニオ殿にご相談しましょう。ね?」


 マリーエルは視線を彷徨わせながら、アーチェの影からインターリを覗き見た。インターリは、可笑しそうに唇を歪めてマリーエルを見つめている。


「折角の贈り物なんだもの。大切にしよう、インターリ。きっとこれを贈ってくれた人も、その方が嬉しいよ。ね、アーチェ?」


 露骨に話を変えたマリーエルに、アーチェは溜息を吐くと、頷いた。アーチェの追撃は、マリーエルに対してはそこまでくどくない。


 インターリは鼻を鳴らしてから、飾り布を帯に巻き戻した。


 その時、廊の方から少し乱れた足音が近づいてくるのが聞こえてきた。アーチェが廊を覗き、すぐに顔を引っ込める。


 微かに聞こえる話し声で、それが誰なのかすぐに判った。


「おかえり」


 部屋に入って来たカルヴァスとカナメを迎えたマリーエルは、アーチェに目配せをして水を持って来てもらうと、卓に着いた二人の前に差し出した。


 カルヴァスは平然と器を持って喉を潤したが、いつまでも俯いたままのカナメの顔を呆れたように覗き込んだ。


「お前……酒に強いんだか弱いんだかよく判んねぇな。ほら、水飲めよ」


「……いや、もう腹がいっぱいなんだ」


 カナメは苦しそうに言う。


「そんなに飲んだの?」


 マリーエルが訊くと、カルヴァスは顎に手を当て少し考え込んだ。


 カルヴァスとカナメは、イルスーラと共に酒盛りをしていた。カルヴァスの様子から、楽しく過ごせた酒の席だったことが判るが、カナメはぼんやりとした顔でマリーエルを見つめてる。


「いつもよりは飲んだ……かな。でも、コイツもイルスーラ殿の部屋を出るまではいつも通りだったんだぜ。そこの廊で急にこんな感じだ。強いんだが、弱いんだか本当判んねぇぜ──おい、水飲んでおけよ。明日二日酔いになってたら置いていくからな」


 カルヴァスの言葉に、カナメは僅かに表情を引き締めると、器を持ち上げ、苦しそうに水を呷った。


 はぁ、と息を吐き、口元を拭う。


「別にそれ程酒に弱い訳じゃない。ただ、此処の酒は飲みやすくて思ったより飲んでしまうのと、イルスーラ殿が強すぎるんだ。勧められるまま飲んだせいで、腹がちゃぽちゃぽいっている……」


 口元を押さえたままのカナメを見やったカルヴァスは、呆れたように笑った。


「まぁ、確かに此処の酒が美味いのは確かだけど、お前が途中でイルスーラ殿の誘いに乗るからだろ。何を意識してんのか知らねぇけど。オレみたいに上手く受け流せっての」


 そう言って、カルヴァスはちらとマリーエルを見やってから、もう一杯水を飲んだ。


「お酒か……」


 そう呟いたマリーエルを、カルヴァスが手で制す。


「お前は、オレかアーチェかアントニオか、とにかく誰かが一緒に居る時じゃなきゃ駄目だからな」


「判ってるもん」


 マリーエルには、まだ酒の良し悪しは判らなかった。酒席に参加することはあるが、大抵一杯飲んでから茶に切り替えてしまうので、〝楽しむ〟迄には至っていない。


 長姉のジャンナが酒に強く、よく兄達と酒席を設けていたが、マリーエルは少しずつ酒を飲んで過ごしていた。大抵はアメリアやアントニオが〝酒に飲まれないよう〟目を光らせていたというのもあった。


「そういえば、インターリはお酒飲まない……というか、酒席に誘われてもあまり参加しないよね。カオルお兄様くらい?」


 窓際で頬杖を突いていたインターリが、不服そうに鼻を鳴らす。


「あれは仕方なくだよ。鍛錬で負けたから、それで。意味判んない要求だけど、まぁ、王様との約束だからね?」


 ふふ、とマリーエルが笑うと、インターリが不機嫌そうな視線を向け「何?」と言った。マリーエルと目を見合わせたベッロが嬉しそうに笑うと、インターリは口を曲げ、立ち上がった。


「何処行くの」


 そう言いながら抱きつくベッロを押し退けて、インターリは部屋の入り口に向かった。


「お前達が帰って来たなら、僕は部屋の前に居るよ。一人は使いものにならなそうだしね」


 カナメを一瞥してインターリは吐き捨てた。緩く首を向けたカナメは、話を理解しているのかいないのか「頼む」と手を上げた。


 インターリが口を曲げ、顔を背けると、慌てて立ち上がったアーチェがその後を追った。


「それでしたら私が──」


「アンタも寝なよ。アンタの小言が増えるのは疲労が溜まってる証拠。鬱陶しいんだよね」


「な……!?」


 唖然と立ち尽くすアーチェから視線を外し、インターリは部屋の入り口横の椅子に腰掛けた。


 カルヴァスが呆れたように笑い、アーチェを呼んだ。


「ここまで来るのに大分無理して進んできたからな。アーチェはこれ程の強行軍は初めてだろ。儀までは少しあるけど、始まったら、また何かと忙しくなるからな。世話役として、今は体を休めておけよ」


 まだ食い下がろうとするアーチェを手で制し、カルヴァスは「隊長命令」と言い残し、カナメに肩を貸して、隣室へと引っ込んでしまった。


 それでも尚、アーチェは困ったように視線を彷徨わせ、マリーエルを窺い見る。


「今夜は寝ようよ。精霊姫からも命令!」


 マリーエルが胸を張って言うと、マーチェは難しい顔をしてからインターリに向き直った。


「それでは、お願いします」


 膝に顎を乗せたベッロの頭を撫でながら、インターリはぞんざいな手つきでアーチェを追い払うようにすると、これ以上話し掛けるな、というように顔を背けた。


 マリーエルの「お休み」という言葉にだけ、頷いて応えて見せた。




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