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精霊国物語  作者: 夢野かなめ
第二部 木の歌と火の器

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10話 胸の辺りのもやもや

 翌朝目を覚ましたマリーエルは、改めて窓から見える景色を見渡した。


「本当に真っ暗。これじゃあ朝なのかどうか判らないねぇ」


 所々に配置された篝火や精霊石、遠くに見える木々の波に開いた穴から差す光で朝なのだと辛うじて判る。穴は木々の波に踏み込んだ時よりもずっと大きくなっていた。外から削っているのと、アール達森の生き物がその力を揮っているお陰だろう。


 マリーエルは深く息を吸った。豊熟城では、深い森ではなく、手入れの行き届いた畑の香りが鼻腔をくすぐる。ジュリアスの民はもっと早くから起き出し、篝火などの灯りの許で畑や家畜の世話を始めていた。


「ねぇ、やっぱり私も拾った方が早いと思うんだけど」


 マリーエルは部屋の中を振り返り、眉を下げた。


 部屋の中では、アーチェが散らかった花々を回収して回っていた。それらはマリーエルが眠っている間に木の精霊の力が漏れ出し咲いたものだった。起き抜けにくしゃみをしたせいで、花の数は更に増えてしまっていた。これ以上力を漏れ出させないよう気を引き締めたマリーエルの前で花々を袋に放りながら、アーチェは鋭く首を振った。


「世話役としてこのくらいは一人で片付けるのが当たり前ですから。マリー様はごゆるりと朝餉(あさげ)を召し上がって下さい」


 アーチェはそう言うと、マリーエルの背を押し続きの間へと押しやった。続きの間ではカナメが茶器を前にマリーエルを待ち受けていた。


「丁度茶を淹れた。飲んでくれ」


「う、うん。有難う」


 カナメから茶器を受け取ったマリーエルは、卓の上に用意された朝餉に目を落としてから、後ろを振り返った。マリーエルの視線に気が付いたアーチェが「さぁ、お早く」と急かす。


 アーチェを手伝うことを諦めたマリーエルは、茶を飲んでから朝餉に手を付けた。食べ進める内、ひしひしと横顔に視線を感じ、手を止める。何気ない風を装って目を向けると、ハッとしたカナメが視線を逸らす。また気付いていない振りをして食べ進めていると、横顔に視線を感じる。


 ジュリアスに来てからというもの、カナメはずっとこの調子だった。何かを言いたそうにマリーエルを見つめるが、しかし目が合うと逸らしてしまう。マリーエルは焼き野菜を頬張りながら考え、言った。


「回収した花の中で、お茶に出来るものはお茶にしようか。頑張って堪えるけど、多分この後も花は咲かせちゃうと思うし、きっと沢山お茶に出来るね」


 マリーエルの言葉に、寝室を見やったカナメは、たっぷり黙した後で「そうだな」とだけ答えた。妙な間が空き、沈黙に似た息苦しさがある。マリーエルは内心で少し拗ねてから言葉を続けた。


「このお茶はジュリアスの物だよね。貰ってきてくれたの? やっぱりグラウスのものとは少し違うね。分けて貰って持って帰ろうか」


「そうだな」


 カナメは、飲み終わった茶器を置き、焼き野菜に手を伸ばした。その手をマリーエルは掴んで止めた。不可解そうにマリーエルを見つめるカナメと、ここでちゃんと目が合った。


 マリーエルの頬を膨らんでいるのに気が付いたカナメが、戸惑ったように目を瞬いた。


「あぁ、これを食べたいなら、俺は他のを食べる」


「違うよ!」


 マリーエルの声に、カナメは驚いたように目を見張った。


 掴んだ手を離さないままにカナメの隣に座ったマリーエルは、その顔を覗き込んだ。


「……違うよ。何だかここの所カナメの様子がおかしい気がするんだもん。話してても目を合わせてくれないし、何か言いたそうにしてるのに何も言ってくれないし。……何か、悩み事? もし悩んでることがあるなら相談してくれるって約束したよね。それとも、私が何か傷つけるようなことしちゃったかな。……それだったら、ごめんね。全然、気が付いてなくて」


 マリーエルが項垂れると、カナメは慌ててマリーエルの手を取った。


「すまない。そんなつもりはなかった。実は、俺にもよく判らない。昨夜からは特に胸の辺りが重くて……原因を考えていた。この体を造る澱みに何か異変が……それとも穢れか、単純に病を得たのか」


「えっ、病⁉」


 その時、どさりという音がして、アーチェがマリーエルの横に立った。回収した花を詰めた袋を足元に置いたまま、カナメを見やる。


「副隊長殿。体調を崩されたんですか?」


 そう言いながら、アーチェはカナメの体を触診する。


「いや、体調を崩すというか……胸の辺りがもやもやするというか、頭が重いような……だが、気にする程でもないような、そんな奇妙な感じなんだ」


 手を離したアーチェは、カナメを見下ろすようにし、ふむ、と唸った。


「病ではなさそうですね。マリー様から視て、気の乱れというものはありますか?」


「あ、そうだよね。えっと……少し乱れてはいるかもしれないけど、木の精霊の強い力が近くにあるから、それが影響しているだけかも」


 カナメは、マリーエルが気を探る為に触れた手に手を重ね、真剣な表情を僅かに緩めている。


 アーチェは暫くそれを見つめると、足元の袋から幾つかの花を卓の上へと取り出した。


「こういう時は、この花達がいいでしょう。気分を落ち着けてくれますし、弱った体を守ってくれますから。そして、体調を気にされるなら、しっかりと食べることです。今は特に、姫様も気の乱れの影響を受けやすいと思いますから、お二人とも出発までにしっかり食べて、ゆっくり休んでください」


 アーチェはそうして袋を抱えると、部屋の隅の荷物置きに歩いて行った。


「そう、だね。こういう時はお茶を飲むに限るもんね。カナメ、この花でもお茶を淹れて飲もう。有難う、アーチェ!」


 アーチェは、嬉しそうに笑顔を向けるマリーエルに笑みを返し、ひとつ息を吐いた。──全く、お二人ときたら。特にカナメ殿。


「蜜も入れようか?」


「そうだな」


 身を寄せ合って話し合う二人の姿に、アーチェはもうひとつ息を吐いた。


 その時、呼び鈴がコロコロと鳴り、カルヴァスが部屋に入って来た。


「此処の呼び鈴面白ぇ音すんだよなぁ。あれ、お前らまだ朝餉終えてねぇの? 外が暗いからって、もうだいぶ陽は昇り始めてるんだからな。あと少しでイルスーラ殿も此処に来るんだから、急げよ」


 カルヴァスの声に、マリーエル達が慌てて食事を再開する。カルヴァスは、既に朝餉も鍛練も、クッザールとの情報共有も終えていた。


「よい朝をお迎えですか」


 そう言いながら歩み寄ったアーチェに、気安い感じで応えようと口を開いたカルヴァスは、眉根を寄せた。


「え、オレ、何でそんな目で見られてるの……?」


 アーチェは問い詰めるような、窺うような、複雑な表情でカルヴァスを見上げていた。


「いえ、何でもありません」


 そう言ってから、ふとマリーエル達に視線を向ける。


「いえ、本当に、何も」


「……逆に気になるんだけど」


 そう言ったカルヴァスの背後で、少し乱暴に呼び鈴が鳴った。


 ベッロが駆けてくると、マリーエルに走り寄り、後ろから飛びついた。わぁ、と声を上げるマリーエルに嬉しそうに尾を振り、頭を擦り付ける。


「はぁー、ねむ」


 遅れて部屋に入ったインターリが、欠伸をしながら言った。


「此処の奴等って、とんでもなく起き出してくるのが早くない? やっと寝られたと思ったら、外からやたらと物音が聞こえてくるんだもん、寝直すのに時間が──ん、何?」


 インターリは、欠伸を噛み殺して、アーチェのじとりとした視線を受け止めた。アーチェは、いつものように文句を言おうと口を開き、代わりに鼻で笑った。


 その様子にインターリが目を剥いた。


「はぁ⁉ 朝から感じ悪くない⁉」


「いいえ。インターリ殿は、いつも変わらず文句ばかり──いえ、何でもありません。先程のカルヴァス隊長のお話は聞こえていましたか? イルスーラ殿がいらっしゃる前に、朝餉を済ませておいてくださいね」


「ねぇ、殆ど言ってるでしょ」


 そう言い返したインターリは、「こっちおいでよー」というマリーエルの声に目を上げた。カルヴァスが急かすように背を押すのに、言葉を飲み込み、渋々といった風に卓に向かう。


 それらを見やったカルヴァスは、大卓に借りてきたジュリアスの地図を広げると、イルスーラの訪れを待ちながら、何事かを考え始めた。



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