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精霊国物語  作者: 夢野かなめ
第二部 木の歌と火の器

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9話 豊熟城

「このような事態を起こしてしまい恥じ入るばかりだ。精霊姫であるマリーエル様の来訪に、感謝申し上げる」


 そう言ってリーベス・ジュリアス・ディウスは草色の瞳を柔らかく細めた。その隣に座るイルスーラも、よく似た顔で朝草色の瞳を同じように細めている。


 豊熟城へと着き、通されたのは大食堂だった。様々な植物を模した調度品が飾られている部屋の中央にある大卓を皆で囲む。リーベスの隣では、先に着いていたクッザールが果実酒の杯を傾けていた。


 城内は至る所で植物の管理がされており、中には鉢だけを集めた部屋もあった。木々で造られた城には柔らかい温かみがあり、屋内の植物に陽は必要ないのか、外に生える植物とはまた違った見た目で城を彩っている。


 城で働く人々の間に疲労は見えるものの、皆活発に働き回っていた。ジュリアス兵がひっきりなしに大食堂へと入って来ると、各集落からの報せを報告している。


「木の精霊の力を強く受けた者は、その暴走の影響を受け、体調を崩しているようでね。君達から見て、実際どうだったかね?」


 リーベスの問いに、マリーエルは目線でカルヴァスへと話を引き継いだ。カルヴァスが道中に見聞きしたことを話すと、リーベスは困ったように眉根を寄せた。


「報告よりも随分と被害があるようだ。イルスーラ、追加の支援を送りなさい」


「はい、父上」


 イルスーラは顎を引くと、素早く部屋を出て行った。リーベスは薄く笑い、卓上で手を組んだ。


「我がジュリアスの民は、まずは己で困難に対処しようとするものでね。しかし、領主とは民を守るもの。そして、過不足なく事態を見極め、行動しなければならない。そうは言っても、私も十分すぎる程にその性質を理解しているのだけれど。此度の木々の波は、早々にグラウスの力を借りることに相成った」


 リーベスは柔らかく笑うと、ふと目を上げ嬉しそうに手を掲げた。


 幾人かの女が料理を手に大食堂へ入って来ると、マリーエル達の前へ次々に皿を並べていく。


 リーベスは女達を呼び寄せると、誇らしげに笑った。その様子にインターリが怖気づいたように体を引いた。ちらとマリーエルの横顔を確認し、取り繕うように背筋を伸ばす。


「初めてお会いする方々もいるようだから、改めて紹介させて欲しい。私の誇らしき妻達。こちらは一番目のウーラ。彼女の作る酢茄子はとても甘い」


 ウーラは縮れた夕日色の髪を耳に掛け、うっとりするような笑みを浮かべてから誇らしげにマリーエルの目の前の皿に乗った酢茄子を示した。程よく焼かれたそれは、甘酸っぱい香りが鼻をくすぐる。


「本来は陽をたっぷり浴びて育つ作物だけど、改良を重ねて僅かな陽でも立派に甘く育つようになったんです。このような状況でも良い実をたわわにつけてくれたんですよ。味付けは単純だけど、酢茄子本来の甘みがありますから、きっと気に入って頂ける筈です。ねぇ、クッザール様?」


 ウーラが小首を傾げてクッザールに問うと、彼は杯を掲げて微笑んだ。


 マリーエルは勧められるままに焼き酢茄子を頬張った。途端に瑞々しい酸味と甘みが口いっぱいに広がっていく。マリーエルが思わずウーラを見ると、彼女は誇らしげに笑みを深めた。


 グラウスでもジュリアス産の作物を食べることは出来るが、やはり産地で食した方が風味も食感も段違いだった。


 マリーエル達が美味しそうに食していくのを嬉しげに眺めていたリーベスは、他の妻の紹介を続けた。三番目の妻ミエ、四番目の妻ラビア、八番目の妻ヘニオ。それぞれの得意な作物と料理を挙げ、リーベスはその指先に口づけを落としていく。妻達は互いを讃え合い、マリーエルに料理のひとつひとつを説明し、その腕を誇った。


 ふと、リーベスが表情を曇らせた。


「十番目の妻であるチェーレは果実酒造りが上手いのだが、木の精霊の力を強く受けている為に、あれ以来臥せっていてね。二番目の妻ジェニー、五番目の妻コンパールもそうなのだ。マリーエル姫には出来うる限り早く気の調律をお願いしたい」


 リーベスが深々と頭を垂れると、妻達と、部屋に戻って来ていたイルスーラが同じように頭を垂れた。


 マリーエルは僅かに顎を引き、ちらとカルヴァスを見やってから言った。


「その事ですが、木の精霊の力の一部は今、私の中に在るのです」


 その言葉に、リーベスが「おぉ」と声を漏らす。暫し思案顔になり、納得したように頷いた。


「成る程、姫様から感じる気の流れは、精霊姫様だからこそ、そしてこのような状況だからこそなのだと思っていたが、そういう事情があったとは。木の精霊は姿を現すことも困難なのでしょう。しかし、姫様の中にあればこそ、不安はない。我々はその力を宿す依り代を探せばよいのだね?」


「はい」


 マリーエルは力の(こご)りの中での出来事と、今現在考えている対処法を語った。


「では、イルスーラを供に付けよう。まだ呼び掛けの儀を受けていないから、このような状況でも構わず動くことが出来る。私はどうにも体が重くてね。各集落への支援や情報の取りまとめと判断に専念させて頂く」


 リーベスは改めてマリーエルへ頭を垂れた。


 杯を傾けていたクッザールが、皆を見回しひとつ頷いた。


「では、クッザール隊は部隊を編成し、裏の森の影憑き討伐と警備に徹しましょう。──もし祀地(まつりち)の選定に裏の森へ行くようなら、私に声を掛けてくれ」


「判りました」


 カルヴァスが言うと、ミエがカルヴァスの空いた杯に果実酒を注ぎ、ヘニオが空いた皿を片付けながらマリーエルに微笑みかけた。


「何をするにもまずは食事から。まだまだ料理はありますからね」


 そう言ってヘニオはベッロを嬉しそうに見やった。ベッロはいちいち瞳を輝かせながら料理を頬張った。「美味しい。ベッロ、これ好き」と言うのに、妻達はそれぞれの自慢の料理を差し出し、期待を込めた瞳でベッロを見つめていた。




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