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4話 姉

「騒がしいと思ったら、使用人や兵は遊び相手でも相談相手でもないと何度言ったら判るのかしら?」


 二番目の姉であるレティシアが、苛立たしげに靴音を鳴らし部屋に入って来た。祭事や来客がある訳でもないのに、頭の天辺からつま先まで隙なく着飾っている。ぐっと背筋を張り、周りをじろりと見渡してから、硬直していたマリーエルを見下ろした。


 アメリアとカルヴァスは既に立ち上がり、マリーエルの後ろに控えている。肩越しに二人に目を向けようとすると、レティシアは咳払いをしてマリーエルの視線を戻した。レティシアは後ろに控える付き人達に見向きもしない。付き人達もそっと顔を伏せ、黙している。


 レティシアは卓上に目をやり、眉をひそめた。


「私があげた茶器は?」


「大切に仕舞ってあります」


「茶器は使わなくては意味がないのよ。あれは今、大陸で流行している一品なの。私が特別に取り寄せた物の内のひとつなのだから正しく使ってあげて。正しく、とは使用人や兵に茶を振舞うことではないのよ。お分かりね?」


 レティシアが成人した頃に出会った、大陸にある華発の国の()()()()()から教わった作法をレティシアはこの精霊国で実践している。使()()()の扱い方を始め、様々な作法を手紙のやり取りで仕入れているのだ。


 国王という座を置いている精霊国だが、それは初代グランディウスの力の象徴を引き継いでいるに過ぎない。事実、霊力の強い者が生まれることから民を守る役目を負い、そこに精霊姫という存在もあるから民は敬い従うのだ。初代より続く関係とそれぞれ個人の関係がこの国を造っている。したがって同じ卓で茶を飲むことは禁止されている筈はなく、場合により十分にあり得るのだが、華発の国では違うらしい。


 反論しようとしたマリーエルは、面倒なことになるだけだと、すぐに思い直した。作法に拘るのなら、誰かを尋ねる際にろうに置かれた呼び鈴を鳴らし来訪を知らせるべきだが、レティシアはそれをせず、気配を消していきなり踏み入った。それはマリーエル達が話す声を聞き、なじる為だろう。


「失礼をしました」


 マリーエルが頭を垂れると、レティシアは満足そうに口端を上げた。

 

 先程から、何かを言いたげに視界に入り込もうとするカルヴァスに目を向け、マリーエルは背筋を伸ばす。


「もう行って良いですよ」


 そう言うと、兵に出来る限りの正しい礼をして、カルヴァスは速やかに、窓ではなく入り口の方から出て行った。


 兵の動向になど興味はないとばかりに一瞥(いちべつ)しただけだったレティシアは、彼が部屋を出る際にニヤリと笑い手を挙げて出て行ったのを目にしなかった。軽率な行動に呆れつつ、マリーエルは何処か気持ちが軽くなったような気がした。


「それで、お姉様はどのような用事でいらしたの?」


 マリーエルが茶器の片付けをアメリアに命じるのを満足そうに見やりながら、レティシアはマリーエルの腕に手を回した。朽ち葉色の瞳が熱意に光る。


「今日は衣装合わせでしょう? 私も一緒に確認してあげなくちゃと思ったのよ。装飾に関して私は詳しいから」


 衣装室について来たレティシアは、あれこれと口を出して大いに場を混乱させた。


 装飾性ばかりの提案を言われるままに決める訳にもいかず、なんとかアメリアが他の提案をすると「世話役は黙りなさい」と言い捨て、思い通りにならない苛立ちから、レティシアの機嫌はみるみる悪くなった。


 何度目かになる押し問答をしていると、呼び鈴が鳴った。


 アメリアが出迎えると、母シャリールが微笑みを(たた)えながら部屋を訪れた。


「もう少し早く来るつもりだったの。ごめんなさいね」


 シャリールは優雅に歩いてくると、レティシアに気が付き、驚いた顔をした。


「あら、貴女も来ていたの。大切な妹の成人の儀ですものね」


 シャリールはニコニコと笑いながらアメリアを呼び寄せ、あれこれと相談をし始めた。


 アメリアに険のある視線を向けながら、硬い笑顔で輪に加わろうとしたレティシアだったが、母にやんわり意見を訂正され却下されるうち、それ以上口出し出来なくなり、手持ち無沙汰に時折衣装の(しわ)を伸ばすだけとなった。


 マリーエルやアメリアの意見にシャリールが賛同する度、レティシアが激しい憎悪ともいえる感情を込めた瞳でじろりと睨み付け、二人を消耗させた。


「さぁ、これでいいかしら」


 シャリールはマリーエルの全身を見回し、頷いた。


 光を受けると微かに透ける、滑らかな生地で作られた式典服は、裾や襟に同生地で作られた花があしらわれている。髪は編み込み、程よく垂らす。こちらにも花を添える。


「あとは……杖は届いているわね?」


「はい、こちらに」


 アメリアが捧げ持つ杖の先端に取り付けられた精霊石が、しゃらしゃらと音を立てる。丁寧に花型を彫り仕立てられた杖は、舞で使用するものだ。


 精霊姫にとって精霊の力を導くのに道具は必要ないが、あれば補助的に力を分け扱うことが出来るし、儀式には慣例というものがある。


 マリーエルに杖を持たせ、全身くまなく眺めたシャリールは感慨深そうにマリーエルの頬を撫でた。


「貴女なら立派に役目を果たすでしょう。誇りに思います」


「有難うございます」


 少しでも立派に見えるよう、背筋を伸ばして答えると、シャリールは嬉しそうに微笑んだ。


「さて、この後は舞の稽古でしょう? 行ってらっしゃいな」


 そう言ってから、マリーエルをじぃっと見つめていたレティシアを振り返る。レティシアは慌てて笑顔を取り繕った。


「貴女は、今日の用事は全て終わったでしょう? 少し休憩したいと思っていたところなの。一緒にお茶にしましょう」


 頷いたレティシアの手を取ったシャリールは、その手をぽんぽんと愛おしげに叩いた。


 部屋を出かけたレティシアは言葉を探すように視線を動かし、「励みなさいね」とだけ言って顔を背けた。「ねぇ、お母様知っていて?」と浮ついた声が遠ざかっていった。


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