6話 無茶なこと
ヂリヂリと火の力が燃え上がり、炎剣に集約していく。
カルヴァスは地を蹴り、炎を纏いながら剣を振り上げた。その身を捕らえようとする木々を斬り上げ、焼き払っていく。炎は辺りに広がっていったが、木の精霊が生み出した木々の手だけを燃やしていった。
苛立ちを露わにカルヴァスを捕らえようとする木の精霊の力を、炎を纏った脚で蹴り上げ、燃やしながら、カルヴァスは炎となって駆けた。
炎々たる力が身の内を駆け上がるのを感じながら、それに飲み込まれぬように求める力を思い描き、求める結果を映し出す。
そうして火の力を揮う内、木々の猛追は、いよいよ勢いを失いつつあった。
体に灯った炎を払いのけ、苦しそうにもがく木の精霊に、炎剣を走らせる。炎は、木の精霊の体を駆けのぼり、しかし、絡まり崩れそうになっている枝葉を焼き除くだけだった。
マリーエルは、木の精霊の力が削がれ、小さくまとまっていくのを感じていた。炎は溢れ出る力を燃やし、鎮めていく。
戸惑いを残し呻く木の精霊が、助けを求めるように瞳を揺らす。マリーエルは誘うように手を掲げた。
「大丈夫だよ」
木の精霊は震える手をマリーエルへと伸ばし、手に手を重ねた。灯っていた小さな火は徐々に弱まり、そこから小さな芽が吹いていく。芽は伸び、マリーエルの腕を這った。
「姫よ、我の力を……」
縋るような手を、安心させるようにゆっくりと握り返す。
「うん、この世界に力が満ちるよう、今は私の中に」
マリーエルの力が及ぶより前に、木の精霊はマリーエルに凭れ掛かるようにすると、気を溶け込ませ、その身の内に吸い込まれた。
マリーエルの中に木の精霊の力が収まると、木々の足場が強く揺れ、崩れ始めた。
素早く駆けて来たカルヴァスが、マリーエルの体を抱え上げた。カルヴァスの喉を使い、火の精霊が言う。
「此処は木の奴の力の凝り。奴の力が姫に移れば崩されるのも道理だな」
火の精霊が感心したように言うのを、カルヴァスが咳払いして追いやり、マリーエルに目を落とした。
「ちゃんとオレの首んとこに掴まってろ」
マリーエルが抱きついたのを確認してから、カルヴァスは剣を構えた。
素早く辺りに視線を走らせると、木々の壁に一か所だけ力の薄くなっている箇所があった。そこに向かって剣を揮う。
炎剣が、木々の壁を打ち砕き焼く。崩れゆく木っ端を振り払い、次々に焼き消していった。
カルヴァスは、木々の壁に開いた光の穴に向けて駆け、最後の一撃を放った。
さぁ、と風が抜けた。光が溢れ、どよめきが聞こえる。
「マリー様!」
慌てた声が積み重なった木っ端の下の方から聞こえてきた。それよりも先に、ベッロが木っ端を踏み散らしながら駆け跳び、すぐ近くに着地すると、心配そうな顔を覗かせた。
「マリー、大丈夫?」
マリーエルはカルヴァスの腕から降りながら、慎重に笑顔を作った。
「私は大丈夫。怪我とかはしてないよ。でも、少しでも気を抜くと……」
マリーエルが息を吐くと、その髪や腕、指先、至る所から枝葉や花々が伸び出ずる。
「何なんですか、これは⁉」
遅れてマリーエルの許へと辿り着いたアーチェが、息を弾ませながら花々を見つめ、問うような視線をカルヴァスに向けた。花々を見やったカルヴァスは、はぁと溜め息を吐き、マリーエルを指さした。
「今、マリーの中に木の精霊が居る。多分、暫くこのまま」
「えぇ⁉」
アーチェが今度は責めるような視線をマリーエルに向けた。
「どうしてそのような無茶なことを」
「最初は力を導こうと思ってたんだけど、今はこの方が力も安定するかな……なんて」
えへへ、とはぐらかすように笑うマリーエルに、アーチェは目を吊り上げ、しかし長い息を吐いた。
「姫様の成されることを責めても意味がないのは、世話役としてお仕えするようになり、身に沁みて理解しました。ひとまず、陣にお戻りになって、お休み下さい」
アーチェの言葉にカルヴァスが深く頷く。
「そうそう、マリーには叱るより尻拭いする方が早い」
「もう、何それ!」
声を上げた拍子に、マリーエルの髪に花々が咲く。うっ、と言葉を詰まらせたマリーエルの髪をカルヴァスが撫でると、小さな火が走り花々を燃やした。
「やはり、焼いた方が早かろう。木の奴の尻拭いだ」
突然、カルヴァスの喉を使い、火の精霊が言った。
「駄目です。今これ以上はこの地にも、マリーにも負担が大きい」
カルヴァスが言うと、喉の奥で火の精霊が唸った。
「……判っておる。全く我の器だというのに口うるさい奴だ。しかし、姫の為と申すなら仕方なし。器よ、我の力を求める時は、呼べ」
火の精霊は、炎となりカルヴァスの中から抜け出すと、皆の顔を見回し、燃え盛る煌めきと共に消えた。
訝しげな顔をしてカルヴァスを見つめていたアーチェが、驚きに目を見開き、ハッと表情を引き締めた。
「あー、オレの中には火の精霊が居た」
「そ、そうなのですね……どうりで」
辺りを見回したカルヴァスは、重なり積もった木っ端を降り、マリーエルに手を差し出した。マリーエルはすぐには手を掴まず、じっとカルヴァスを見下ろした。
その様子にカルヴァスは眉根を寄せる。
「どうした、やっぱりどこか怪我してるのか? それとも何か木の精霊の力が影響してるのか?」
マリーエルは、不機嫌さを滲ませて唇を尖らせた。
「違うよ。カルヴァスもアーチェも私が身勝手みたいに言うんだもん」
「悪かったって。というか、今まさにそこから早く降りて欲しいんだけど」
その言葉に被るように、アーチェの悲鳴が遠ざかっていく。アーチェを抱えたベッロが、二足で木っ端の山を跳び下りる。
マリーエルは頬を膨らませ、カルヴァスの手を取った。抱きかかえるようにして下ろされると、数段下で控えていたカナメに駆け寄った。
「聞いて、カナメ。カルヴァスとアーチェが私は叱るより尻拭いした方が早いって言うの」
カナメは、あぁ、と言ったきり視線を逸らした。
縋り付くようにしたマリーエルの腕に花が伸び出る。
「カナメもそう思ってるの⁉」
いや、えっと、と言い淀んだカナメは、マリーエルの体に生え出ている草花に視線を釘づけた。
「それは、大丈夫なのか。痛くないのか」
マリーエルはむくれながらも、花の茎を持ち上げ、体から引き抜いた。
「……別に、痛くないよ。木の精霊の力だもん。それよりも皆が酷いこと言う方が心が痛い」
むくれたまま一人で木っ端の山を下りようとするマリーエルの腕を、カナメが掴んだ。
「皆、心配しているんだ。君は俺達の予想していることとは違うことをするから。しかも突発的だから、何か起きてから考えるしか──」
カナメは、黙り込んで俯くマリーエルを見て口を噤んだ。
「カナメも尻拭いした方が手っ取り早いって思ってるの?」
マリーエルが勢いよく振り向くと、カナメが苦悶の声を上げた。足元がぐにゃり、とした柔らかい感覚なのに気が付き、視線を落とす。
「あ、ごめん、足を──」
慌てて脚を引いたマリーエルは木っ端に足を取られ、体を傾けた。カナメがマリーエルの腕を引き、その拍子に同じように木っ端に足を取られ、マリーエルを抱えたまま後ろに倒れこむ。木っ端の山を二人は滑り落ちた。
「アンタら、何やってんの」
インターリが二人の前に立ち塞がり、カナメの足を踏みつけるようにして止めていた。マリーエルを助け起こしながら、溜め息を吐く。
「随分と無謀なお姫様だとは思ってるけど、今度は何で花まみれになってんの。体から生えてんじゃん。なにこれ、どうなってるの。あのさぁ、いちいち身を案じて、気を回して、尻拭いする僕達の気持ちってのも考えて欲しいんだけど。まぁ、お姫様は、自分に出来ることをやってるだけなんだろうけど。精霊人っていうより、精霊姫の気持ちは本当に判んない。次に何をしでかすのかさっぱりなんだけど」
ずけずけとインターリが言い放ち、マリーエルはしょぼくれて何も言い返すことが出来なくなった。アーチェが駆け寄り、鋭い声でインターリを叱りつける。
「いくら事実だからって、言い方というものがあるでしょう⁉」
その言葉に、マリーエルの気持ちは折られた。
「あんま苛めてやんなよ」
遅れて木っ端の山を下りて来たカルヴァスは、駆け寄って来たトルマの姿に目を上げた。
「カルヴァス精霊隊長。クッザール隊長より、先にジュリアスへ向かうと。力の凝りは──」
トルマは、マリーエルの体に咲く花に目を向け、怪訝そうにする。
「力の凝りは、解消した。木の精霊は今精霊姫の中に在る。精霊隊はこのままジュリアスへと向かい、気の調律を行う。その為にはジュリアスのリーベス殿との協議が必要だな。どの道、クッザール隊長を追うことになる。トルマ、お前はグランディウス王へと、精霊隊の今後の段取りを伝えてくれ」
「判りました。自分はクッザール隊長よりこちら側の木々の波を任されています。カルヴァス精霊隊長もお気をつけて」
トルマは頭を垂れ、心配そうな視線をマリーエルに向けた後、再び頭を垂れた。




