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精霊国物語  作者: 夢野かなめ
第二部 木の歌と火の器

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5話 木の精霊

「待て、それ以上近付くな!」


 クッザールは駆け出そうとしたカナメの肩を引いて止めた。しかし、と焦るカナメに首を横に振る。


「お前が行ってどうする。ただあの力に飲まれるだけだ。──いや、お前であれば、あるいは接触することも可能かもしれないが……。今は、こちらに残っていた方がいい。何が起きるか判らないのだからな。なに、力の(こご)りとはいえ、精霊のものだ。精霊姫に危害を加えるようなことはしないさ。……恐らくな。こちらからは、引き続き木々の波を削り、少しでも木の精霊の力を削ぐ。いいな?」


 カナメは焦りを滲ませた瞳で力の凝りを見つめてから、それを吐き出すように長い息を吐いて頷いた。それでもまだ迷いのある様子に、クッザールは小さく笑った。


「あちらにはカルヴァスも居る。信じて待とう」


 素直に頷くカナメに、笑みを深くしてから、クッザールは各地に伝令を送った。


 喉を潤し、剣を握り直す。


 ──果たして、マリーエル達は今どのような状況にあるのか。


 その時、笛の音が響いた。そちらに目を向けると、草色の旗が掲げられていた。クッザールは剣を鞘に仕舞い、もう一度水の入った器を口に運んだ。


「ジュリアスへの路が開けたようだな。私が行かねばならない。カナメ、お前はここに残り、マリーエル達が戻るのを待て。有事の際の手順は兵達にも伝えてある」


 クッザールは、カナメの肩に手を置いた。


 カナメは頷いてから、ちらと力の凝りに目を向けた。その真剣な眼差しは、まるで親の帰りを待つ子供のようで、それは成人の男に抱く印象ではなかったが、それならばいっとう可愛がっているかつての部下の恋路を心配する必要もないのかもしれない……と考えたところで、自身の胸がまだ小さく痛むことに気が付いた。髪に触れようとして、それも叶わぬのだと苦笑する。


 瞬きの内に苦笑を消してしまうと、クッザールは隊長の顔を作り直し、霊鹿へと向かった。


 ジュリアスの内部で何が起きているのかは判らない。長く、この国を見て、守ってきたという自負がある。それはこれからも変わることがない。




 衝撃の後、マリーエルの体を拘束していた木々が退いたことを確認したカルヴァスは、体を起こし、自身の下で身を縮こめているマリーエルを抱き起そうとした。しかし、頭上に現れた力の気配に、再びマリーエルの上に覆いかぶさり、顔を上向け、その正体を視た。


「火の匂いがする。姫の声を聴いていたというのに……お前は何だ⁉」


 木々が絡まり合う体を不安げによじり、それは伸び出した枝をカルヴァスに向けて振り下ろした。カルヴァスは強くマリーエルの体を抱き、木々の手を受け耐えながら声を張った。


「木の精霊よ!」


「黙れ! 火の奴は我を焼く。今も焼き続けている。我は命世界の者に乞われ力を揮っているというのに、力が、溢れ……あぁ、姫は何処だ? 呼び掛けたではないか」


 より激しくなる木々の手を受けながら、カルヴァスはどうするべきかと辺りに視線を走らせた。辺りは絡み合う木々の空間だった。木の壁は、木の精霊が木の手を揮う度に脈動している。


 胸元から少しだけ這い出るようにしたマリーエルが、抑え込もうとするカルヴァスに目配せしてから、顔を上向けた。


「私はここに居るよ!」


 呻き声を上げ、木の手を揮いながら辺りを歩き回っていた木の精霊が、手を止めゆっくりと振り返った。その体に生え出ていた木々が軽い音を立てて地に落ちる。


 カルヴァスは、慎重に自身の下からマリーエルを引き出した。


 マリーエルは、打ち据えられたカルヴァスの体を痛ましそうに見やってから、木の精霊を見上げた。


「貴方に呼び掛けた私は──精霊姫は、ここに居る。貴方の惑う力を導きに来たの」


 立ち上がったマリーエルは、手を差し出した。木の精霊から伸び出た蔓草が、マリーエルの体を這い、縋り付く。


「姫よ。我等が精霊姫よ。あぁ、姫は此処に居た。声を、聴いたのだ。あぁ、我は恐ろしい。力が……、歌が、紡げない。我の中で……」


 木の精霊は、切れ切れに言うと、マリーエルの体にしな垂れかかって絡みつき、体を震わせた。


「あぁ、心地よい。我の力と、姫の力が混ざり合い溶けていく」


 マリーエルは、木の精霊を抱きしめるようにした。木々の瑞々しい香りが濃く香る。


「大丈夫。貴方の力は流れに乗ってこの世界に満ちていく」


 力の奔流が辺りに煌めき舞った。周囲を囲む木々が気持ちよさそうに伸びあがる。


「あぁ、姫よ……」


 ふと顔を上げた木の精霊が、マリーエルの顔を覗き込んだ。その瞳の奥に、怪しい光が芽生える。


「木の──」


「心地よい。とても。我の力が姫の内を通り溶けていく。溶けて、開く。──あぁ、()()()()()


 蔓や枝が伸びあがり、巻き付くと、マリーエルの体は締め付けられた。苦しみに呻き声を上げたマリーエルは、力に押されるまま倒れ込み、組み敷かれた。


「マリー!」


 一瞬の迷いの後、剣を抜き駆け寄ろうとしたカルヴァスは、鋭く伸びた枝葉に打ち据えられ、後ろに叩きつけられた。枝葉が意思を持ち、カルヴァスの体を這い回って締め付ける。骨が軋む音がする。


 このままじゃ……。飛びそうになる意識の中、カルヴァスは剣を握る手に力を入れた。苦しみにもがくマリーエルの姿を視界に収め、考える。マリーエルを傷つけないよう、延焼し被害の増えぬよう……いや、そんなことを考えている暇はない。


 剣に炎が宿った時だった。カルヴァスは身の内に強い力が巡るのを感じた。それは喉を駆け上がり、歌となって現れた。


 力強く、舐めるように響く歌。カルヴァスの意思とは異にしてそれは紡がれる。


 木の精霊がびくりと体を震わせて振り返った。ぎらついた目でカルヴァスを見つめ、伸びあがるような歌を紡ぐ。それはカルヴァスの喉から発せられた歌と拮抗し、宙を震わせた。


「待って、駄目……!」


 マリーエルは、締め付けられた喉から声を絞り出した。宙を震わす音が何を意味しているのか、精霊姫であるマリーエルには理解出来る。


 しかし、カルヴァスの喉を震わせた声が応える。


「姫よ、こやつは一度焼き払うしかあるまい」


 その言葉が終わらぬうちに、剣が纏っていた炎が膨れ上がり、激しく燃え盛った。カルヴァスが自らの意思で吐き出した戸惑いの声を掻き消し、炎は周囲を舐め、木々を燃やし始めた。


 木の精霊は、マリーエルから体を離すと、ふらつき均衡の崩れた体で、炎々と顕現した火の精霊に対峙した。


「何故、妨げる」


「何故だと? それが判らぬようなら、まだ正気とは言えぬらしい。もう少しばかり我の力で地に還してやろう」


 火の精霊が、炎を走らせながら、誘うような視線をカルヴァスに向けた。マリーエルを助け起こしていたカルヴァスは、身の内に力が溢れるのを感じ、深く息を吐いてから、それに飲まれないように唾を飲み込んだ。火の精霊の前に歩み寄り、頭を垂れる。


「火の精霊よ。誘いに感謝します。ですが、辺り一帯木の精霊の力が濃く溢れる今、火の力を揮ってしまっては──」


「我の呼び掛けを受けし者よ。端的に話せ。回りくどい言い方を止めよ」


 暫く黙り込んだカルヴァスは、小さく息を吐いた。


「辺りを焼け野原にする訳にはいかない。ここは精霊姫に力の氾濫を治めて貰う」


 火の精霊は、ふぅん、と思案げにマリーエルを見下ろしたが、マリーエルが小さく頷くのを見て、ふっと力を抜いた。


「では──」


 言いかけた火の精霊の体を、伸びあがった木々が打ち据えた。その体を捕らえようとして這い、火の力に飲まれ燃えていく。火の精霊は、炎でマリーエルとカルヴァスの体を包み込むと、不満げに言った。


「これでも我の力を揮わぬと言うのか」


「オレだって火の力を使えた方がいいけど──どうだ、力を導けそうか?」


 マリーエルは、カルヴァスに訊かれ、木の精霊の力の流れに意識を向けた。


「うぅん……今はまだ。木の精霊は、力に溺れてる……戸惑っている。やっぱりもう少し力を削いで、力の本質を思い出して貰うしかないと思う」


 火の精霊は、したり顔でカルヴァスを見やった。マリーエルは火の精霊を見上げ、でも、と続けた。


「全てを焼いてしまうのは駄目。それでは、木の精霊が再び芽生えるのが遅れてしまう」


 むぅ、と唸った火の精霊が、カルヴァスに問うような視線を向ける。


 カルヴァスは考え込んだ後、立ち上がり、剣を握った。


「やりましょう。力を貸して下さい」


「よく言った」


 満足そうに笑う火の精霊から、マリーエルに視線を移し、考え込みながらカルヴァスは言った。


「焼け野原にする訳にはいかない。作物の収穫も、採種もある。元々あった草木まで燃やしてしまったら、また木の精霊の力を求めることになる。同じ過ちは繰り返せない。どうするべきか──」


「それならば焼かぬようにすればいいだろう」


 なんてことはない風に言われた言葉に、カルヴァスは瞬き、答えを求めるようにマリーエルを振り返った。マリーエルは火の精霊が言うことの意味を掴めず、首を傾げた。


「姫は我等の歌を聴き、その調和を成すものだから理解出来ぬのも判らんでもない。しかし、我だけの呼び掛けを受けたお前であれば、我の力だけを求め、扱うことが出来る。我も器のことを考えずにただ力を与えることが出来る。ほれ、深淵とやらにも揮ったろう」


 考え込んだカルヴァスは、あぁ、と得心いったように言った。


「確かに、あの時のように火の力を受けることが出来れば、不要な力のみを燃やすことも出来る、か……。でも、もし雷の精霊のようなことになったら……」


「雷の?」


 繰り返す火の精霊に、マリーエルは頷き、大陸で雷の精霊の力を受けたことを話した。


 火の精霊は眉根を寄せ、炎を盛らせる。


「なんだと。あやつ……。精霊姫に手荒なことをするなと、そのようなこと判り切っている筈だが。いや、そういえば栗鼠の奴がそんなことを言っていたような気もしたな。アイツはどうでもよいことを捲し立てるから、あまり身を入れて話を聞いてはおらんでな」


 火の精霊は、緩く頭を振ってから、カルヴァスの額に手を翳した。その姿が二重にぶれ、ひとつはマリーエルを包み、ひとつはカルヴァスの身の内に潜り込む。


「お前の意思に、我の力が形を変える。己が望むことを思い描け。胸に宿る炎を信じ、燃やせ。姫の香りも好ましいが、我はお前の香りも気に入っている。お前が望むだけ求めよ」


 カルヴァスは目を上げ、炎の先を見据えると、強い意思を瞳に宿した。


「マリー、後は任せた。炎がお前を守る」


「判った」



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