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精霊国物語  作者: 夢野かなめ
第二部 木の歌と火の器
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3話 力の凝り

 木々の塊を前にしたマリーエルは、そっと木の幹に手を当てて気を探り、頷いた。


「うん、木の精霊の力が暴走してる。凄くこんがらがっていて……苦しそう」


 木々の波はジュリアスを中心とし、他地方に向けて伸び出していた。遠目にはまるで蕾のようにみえるそれは、丸屋根のように伸びあがってジュリアス全域を覆っていた。


「このままじゃ陽が遮られて、ジュリアスに元々生えていた木々も萎れてしまう。そうなれば精霊の力も弱まってしまう。──精霊界でも木の精霊の存在を捉えられないんでしょう?」


 マリーエルは、肩の上で腕を組むアールに訊いた。アールは、むぅと唸る。


「奴の力が不必要なまでに行き渡り、他のもの共の力を脅かしておる。王が呼び掛けておるが、奴自身は姿を現さぬ。こちらでこれだけの力を揮ったとなれば、頷けるというものじゃ」


 マリーエルは、幹から手を離し、クッザールを振り返った。話を聞きながらじっと考えていたクッザールが眉を寄せる。


「木々の波の範囲は広大だ。君に調律を任せるにしても、手当たり次第行うという訳にもいかない」


 クッザールは木々を見上げ言った。


「そうですね。ただ、力が(こご)っている箇所がありますから、それをほぐし調律すれば、木の精霊を呼ぶことも出来るかもしれません」


「どの辺りだ? 大体でいい」


 地図を広げたカルヴァスが言った。マリーエルの示す通りに印を置いていく。


「部隊を割りましょう。一番可能性が高いのがここなら、精霊隊はここに」


 カルヴァスは地図上の三点を示した。それを目で追ったクッザールが頷く。


「そうだな。ジュリアスの奥まで回る時が惜しい。こちらから三か所に絞り、崩すのがいいだろう。ジュリアス側からも何か手を打っていることを願おう。我がクッザール隊は、精霊隊と共に動く。エラン側にセルジオ隊、フリドレード側には国王隊が妥当なところか」


 クッザールが考え込みながら言う。


 その時、霊鹿で駆ける音が近づいてくると、霊鹿上のカオルがクッザールの姿を見つけ手を上げた。


「すまない、待たせたな。木の精の術師を手配していた。ただ資材が足りなくてな。こうも大規模なものだと何もかもが不足する」


 マリーエルに視線を向けかけたカオルは、その途中で顔を止め、表情を引き締めた。少し離れた場所に、ラーグネ家が簡易の天幕を張り、マリーエル達の様子を伺っていた。


 ラーグネ家の面々に笑顔を向けながらクッザールに歩み寄ったカオルは、声を落として質した。


「ラーグネ家の方々には、別隊で迂回路をお連れするよう伝えたよな」


 マリーエル達の出発と同時に、カオルからの伝令役もこの地を訪れていた。クッザールは、地図に目を落とすふりをして、眉を(ひそ)める。


「勿論お伝えしたさ。だが、精霊の力を目にしたいとここに居座っている。あの父親はなかなかに〝華発〟らしい」


「成る程な」


 カオルは威厳ある王の顔を浮かべ、エレジアの許へ歩み寄った。カオルの到着から期待の眼差しを向けていたエレジアは、頭を垂れ笑顔を浮かべた。


「お初にお目にかかります。華発の国が明色の領主エレジアと申します。この度は、精霊国がグランディウスの姫ジャンナ様の婚儀に際し、エランが領主セルジオ殿を始め、クッザール殿、マリーエル様に親切な心配りを頂き、感謝申し上げます」


 エレジアの横に立つラクルムも共に頭を垂れる。


 カオルは、笑みを湛えたまま自身も一礼した。


「我が国へようこそいらっしゃいました。我が親類のもてなしにご満足頂けているのならなによりです。しかし、このような事態に皆さまのお気を煩わせることとなってしまい、申し訳ございません」


「いえ、精霊の力の発現に剣技にと、不謹慎ながら感動さえ覚えている始末でして」


 そう話すエレジアにカオルは笑顔で接しているが、このような笑顔を浮かべる時、彼が笑顔の下で苛立ちを隠していることを国王隊の者達は知っていた。こんな顔をさせない為に、皆はあらゆることに気を配り、先んじて行動をしている。そのことに誇りすら持っている。


 しかし、と国王隊の者達は、視界の端にクッザールの姿を捉えながら、笑顔を浮かべるラーグネ家の者達が随分と手ごわい相手なのだということも感じ取っていた。カルヴァス精霊隊長までもが揃っているというのに、王の指示通りに事が運ばず、ラーグネ家の者達を、保護という名で半ば放置をして会議が行われているのだから。


 挨拶を済ませたカオルが、ふと視線を木々の波に移すと、それを敏感に察したエレジアがわざとらしく恐縮した顔をした。


「マリーエル様より、我等は急ぎグラウスの地へとのお話を頂いたのですが、我が息子も少しはお力になれるかと思い、留まらせて頂きました。精霊国の皆様とはご縁も繋がった今、共に戦う覚悟がございますから」


「成る程。心強いお言葉だ」


 カオルは一層笑みを深めた。実際には、精霊姫を始め、精霊人が力を揮うのを見て、華発への土産話にでもするつもりなのだろう、と当たりをつける。顔を上げたカオルは、ふとラクルムの様子に気が付いた。耐えるように、恥じ入るように、そしてそこに諦念を混じらせ、顔を俯けている。


 内心、しっかりしてくれよ、と苦言を呈したカオルは、しかし、ジャンナはこの父の性質を了解していたのだと、思い直す。ラクルムが父のことを恥じ入ることが出来ているのなら、それ程の心配は要るまい。


「では、ラクルム殿もこちらへ」


 クッザール達が顔を突き合わせている卓までラクルムを案内すると、ラクルムは知らず息を吐いた。それに気が付き口を引き結ぶ。


「では、兄上はフリドレードとの境へ。エラン側はセルジオに既に陣を敷かせています。ラクルム殿は……」


 クッザールの問いかけに、カオルは少し考えてから頷いた。


「ラクルム殿は、実働隊であるクッザールの許でお力をお貸し頂けますか。何よりラクルム殿は、我が妹との婚儀の為にいらした方ですから、あちこちに連れ回す訳にはいきますまい」


 既に見世物でも鑑賞するようにくつろぎ始めたラーグネ家の者たちを、ちらと見やったカオルに、しかしラクルムは力強い瞳で見つめ返した。


「どれ程お役に立てるか判りませんが、少しでもお力になれるよう尽力します」


 カオルは、自然と笑みを浮かべ、ラクルムの肩に手を置いた。クッザールとマリーエルに目配せし、ひとつ頷いてから踵を返す。


 国王隊が行ってしまうと、クッザールは隊を配し始めた。


 対処せねばならぬのは、勿論木々の波だけではない。未だ、影憑きの被害もある。精霊の力を使えば、または精霊姫という強い力に誘われ、姿を現すかもしれない。


「では、始めよう」


 クッザールが言った。




「というかさ、お前の炎剣で燃やし尽くしちゃった方が良いんじゃないの」


 枝を叩き切っていたインターリが言った。カルヴァスが手を止め、ちらとインターリを見やる。


「これだけの木々に火を放ったら、辺り一帯焼け野原になるだろ。不要なのは、木々の波だけなんだ。火の力はそんなに小回りが利くもんじゃねぇの。精々、こうやって──焼き切るくらいが限界だよ」


 焼け斬られた幹がバキリと音を立て倒れる。兵がそれを回収に集まり、引きずっていく。


 その時、ごうという音と共に突風が吹いた。クッザールの剣が木々の波を抉り滑っていく。木々は風に触れると粉々に崩れ、木っ端が散った。


「おぉ、やっぱり格好良いよな、クッザール隊長の嵐剣。あんなに全力なのは久し振りに見たぜ」


 どこか誇らしげに言うカルヴァスに、インターリは不満げな視線を向けてから、クッザールに目を移した。鼻を鳴らし、再び枝を叩き切る。


 クッザールの風の力は、どの力よりも緻密に木々の波を包み、細かく散らしていく。セルジオの水の力や、カオルの地の力では、木々の波のようなものに対するには難がある。ジュリアスの民の脱出路の確保や、ジュリアス側からの措置の妨害となってはならない。大胆かつ、緻密な措置が必要となる。


 黙々と作業するすぐ近くで突然木々が爆散し、木っ端が降り注いだ。降りかかった木っ端を、インターリが忌々しげに払う。


 皆の視線を集めたベッロが、満面の笑みを浮かべた。


「教えて貰った、師匠に! 拳と脚の技! 遊びでやっては駄目。ベッロ覚えた」


「おぉ、すげぇすげぇ。でも、全力でやりたいんならもう少し向こうでやれ。お前が暴れ回る度に木っ端を浴びるのは勘弁だぜ」


 頭に被った木っ端を払いのけながら、カルヴァスが苦笑した。


 ベッロは笑顔を輝かせると、「全力!」と叫びながら、少し離れた箇所まで走って行った。


 カルヴァスはベッロを見やってから、反対側に視線を向けた。ラクルムが黙々と大剣を振り、木々の波を削っている。ラクルムはカルヴァスの視線に気が付き手を止めた。


「何か……?」


「あぁ、申し訳ありません。剣の振り方がどこか違う気がして。華発の技ですか」


 ラクルムは、剣を地に突きたてると、小さく微笑み首を振った。


「いえ、恐らくカルヴァス殿が違和感を持たれたのは、これが剣技ではなく、農技だからではないでしょうか」


「農技……成る程。明色の町は田畑を多く所有する地なのですよね」


 カルヴァスが言うと、ラクルムはちらと父親の方を見やり、物憂げに笑みを深めた。エレジアはクッザールの嵐剣に瞳を輝かせている。


「父の代で周辺の地を買い拡大しただけですが、確かに華発の端とはいえ田畑の面数は華発内でも多い方でしょう」


 そう言って、ラクルムは自身の手を見下ろした。


「剣を扱うのに抵抗がありますか」


 カルヴァスが問うと、ラクルムは首を振る。


「いいえ、剣とは守るもの。これでも幼い頃は華発の国王隊を目指したこともあったんです。ただ、私には(くわ)(すき)を扱う方が向いていたのです。勿論、領主の息子としてひと通りの鍛錬は積んでいますが。自分の適性に不満はありません。──カルヴァス殿は職人の家の出だとお聞きしました」


 カルヴァスが答えようとした時、インターリが「ねぇ」と不機嫌そうな声を上げた。


「何、話し込んでるの。さっさと手を動かしてよね。何の為にここに居る訳?」


 インターリは大柄なラクルムを睨み上げると、じろりとカルヴァスに視線を移した。


「おい、お前、そういう言い方をやめろ」


 しかし、ラクルムは気遣うように笑みを浮かべると、大剣を引き抜いた。


「あぁ、いえ、作業に戻ります。確かに、この木々を伐採するのが何よりも優先ですよね」


 作業に戻ったラクルムにカルヴァスが頭を下げ、インターリが鼻を鳴らす。その頭をカルヴァスの拳が叩いた。


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