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精霊国物語  作者: 夢野かなめ
第一部 影の揺りかご

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33/92

32話 過去の清算

 華発の下南にある大渡(おおわたり)の町に近付くにつれ、海の香りが強くなる。


 道中のムシカの説明によると、陸路で炉の国に向かうよりも、海路を進んだ方が早いのだという。それを可能にしたのが華発の造船団なのだと誇らしげに語り、しかし造船技術が優れていても、海流の問題で直接精霊国に向かうことは出来ないのだと表情を曇らせた。炉の国の港で精霊国の船に乗り換えることとなる。


 港に泊まる船を見上げ、マリーエルは息を呑んだ。


 精霊国のものと比べものにならない程大型で、人や物資の収容も、それこそ船ごと収めてしまうのではないかと思われた。それなのに速度も上をいくという。その上で装飾性も忘れられていない。


 炉の国への海流が強くなるのは陽が沈む頃だ、と大渡の民によって知らされた。焦ろうとも、今は他に出来ることがないので、マリーエル達は、宿で少しでも体を休めることにした。


 部屋に重苦しい沈黙が落ちる。


 マリーエルは船の見える窓の外に目を向けた。


 集落の世界樹の枝葉を祓うのを見届けてから、アールは姿を消していた。ふいに窓辺に戻ってこないかとぼんやりと眺める。


 頭の中には様々な想いや考えが渦巻いていた。その内のどれかに注視すると、飲まれてしまいそうになる。


『姫様、いらっしゃいますか?』


 その時、懐から声が聞こえた。鏡を取り出し、覗き込む。


「アントニオ」


 目を合わせたアントニオが、マリーエルの顔を見回し、眉根を寄せる。


『酷くお疲れのようですね。アメリアは近くに居ますか?』


 その言葉に答えられずにいると、アントニオが訝しげに首を傾げ、嫌な予感に表情を曇らせた。


「あのね、アメリアはね……」


 マリーエルは静かにアメリアの身に起こったことを話した。沈痛な面持ちでそれを聞いていたアントニオは長い息を吐き、ゆるく首を振った。


『まさか、アメリアが……。そうですか。霜夜の国で鬼を鎮めた者とは、アメリアのことでしたか』


 マリーエルは、溢れ出した涙を拭い、頷いた。隣に座ったカルヴァスがマリーエルの肩を擦りながら、鏡を覗き込む。


「アメリアが居なかったら、オレ達もどうなってたか判んねぇ」


『そう、ですか。それにしても、原初神信仰ですか。力がないとはいえ、精霊国の民であるアメリアにそれだけの力が発現したとなると――』


 少しの間考え込んでいたアントニオは、顔を上げた。


『この事は、全てが落ち着いてから改めて考えることとしましょう。今は、対処せねばならないことが無数にあります。民の間に不安が広がり、新王カオル様は王としての振る舞いを求められています。クッザール様も新王を支える為各地を飛び回っていますが、影も急増し、このままでは、深淵の女王の望み通りとなってしまいます。今、民には精霊姫であるマリー様の力による救いと支えが必要です』


 アントニオは言いながら、気遣うような視線を向けた。


 マリーエルはじっと考え込み、後ろを振り返った。木の実をかじりながら、聞くともなしに聞いていたインターリが手を止め、訝しむ。


「何?」


「事情が変わってしまったし、二人の安全も約束出来ないかもしれない。だから、一旦二人とはここで別れた方が良いと思う」


 ベッロが耳を立て、インターリを振り仰ぐ。


 インターリが、つまんでいた木の実を皿に投げ戻した。思い切り顔を(しか)めて「はぁ?」と気色ばむ。


「ここまで来て何だって?」


「アントニオの話を聞いていたでしょ。もう精霊国は二人が求める場所では……ないのかもしれない」


「こっちは散々アンタの為に剣を揮って来たんだけど? 一緒に、とか、守りたいとか言ってたのは何だった訳? それとも最初から利用する為だったの? すっかり騙された。温厚そうな顔して怖――」


「違うって!」


 マリーエルが声を荒げ立ち上がると、インターリが口を引き結んで睨み上げた。ベッロが、オロオロと二人の顔を見比べる。


「安心して暮らせる場所を求めているのに、今の精霊国にはないの。ただ巻き込まれるだけ。私と……精霊姫と一緒に居たら確実に巻き込まれる。二人の幸せを約束出来ない。今は大陸に残った方がきっと――」


「何だよ、それ。ただ厄介払いがしたいって――」


「違うったら!」


 睨み合う二人の間を、カルヴァスが割って入る。インターリを見やり、合点がいったように、ははぁ、と声を上げ、笑う。


「お前さぁ。思ったより幼稚だよな」


 インターリを見やりながら、マリーエルの耳元でこれ見よがしに言う。


「お前も心配なのは判るけど、そう言ってやるなよ。コイツは言って欲しいんだよ。一緒に巻き込まれてくれってさ。カナメには言ってやったろ。仲間外れにされた気分なんだよ」


「そうなのか……?」


 カナメが驚いたように言うと、インターリの顔が見る見る引きつっていく。顔色が何度も変わり、それでも口を開けない。


「仲間外れにするつもりなんて……あの、ごめんね。二人には一緒に居て欲しいよ。でも、安全な場所と言って良いのか判らなくて……。二人を置いて行きたくなんかないよ」


 マリーエルの言葉にベッロが嬉しそうに跳ねると、インターリにマリーエルの手を示した。期待の籠った瞳を向ける。


「あ、そうだね。じゃあ、私から――」


 マリーエルが手を取ろうとすると、インターリは勢いよく手を引いた。すぐに気まずい顔を浮かべ、ギリギリと歯を鳴らしながらマリーエルの手を取る。ぎこちなく額を甲につけ、どうだ、とばかりに睨みつける。


 マリーエルは笑みを零しながら、インターリの手の甲に額を付けた。


「そうだよね。一緒に、だもんね」


 インターリは顔を歪めたまま、顔を背けた。ちら、と目だけでマリーエルを見やる。


「いつまで手、握ってんの」


「え、あぁ、そうだね。ごめんね」


 マリーエルが手を離すと、インターリは手のひらを見つめ、口を引き結ぶと背を向けた。そのまま出て行こうとするのを、カルヴァスが呼び止める。


「おい、どこ行くんだよ」


「出発までにはまだあるでしょ。散歩。付いてこないでよね!」


 荒い足音が遠ざかっていき、カルヴァスが「子供かよ」と呟いた。




 インターリは宿を出ると、近くの森に入った。


 気持ちが浮ついて、自然に上がる口角を抑える。


「気持ち悪い」


 そう言いながらも、どこか舞い上がっている自分に、苦々しい気持ちになる。


「何だよ、親愛ってさ。馬鹿じゃないの。そんなの……」


 木の幹に寄り掛かり、長く息を吐く。遠くに大渡の町の喧騒が聞こえてくる。樹々の香りに混じる潮の香り。このような気分になったのは一体いつぶりだろう。


 思えば、随分と長いこと、ただ隠れ、生きることを考えてきた。聞けば驚かれるようなこともしてきた。


「それは、最初からか」


 再び息を吐く。


「でも、これで……ベッロは守れる」


 インターリは近づいて来る気配に顔を上げた。その先に居た予想外の姿に、眉根を寄せる。


「久し振りだな、インターリ」


 男が立っていた。美しく整えられた顔には陰りが見える。その身を、見覚えのある衣服に包んでいる。かつて、インターリも同じものを纏っていた。


「ノルレイヤ。なに、アンタまだあんなとこに居る訳?」


 その言葉に、ノルレイヤは忌々しげに目を細めた。


「出て行くことは許されていない。出て行く訳がない。あそこが俺の居場所だ」


 ノルレイヤが剣を抜いた。ちらとインターリの右腕を見やるのに、インターリはニヤリと笑い、剣を抜く。


「はっ、今更僕とやり合おうっての。ねぇ、これってアイツらの命令じゃないでしょ? こんな無駄なことをする訳がないからね。命令にないことをするのは規律違反でしょ。あーあ、またお仕置きされちゃうね。あの反吐が出る」


「黙れ!」


 ノルレイヤが地を蹴ると、まるで突風のようにインターリに斬りかかった。


 攻撃を受け止め、インターリはそれを弾き飛ばすと後退した。周囲に意識を向け、舌打ちする。木陰に潜む気配が複数ある。


 宿まで戻るか? その考えを振り払う。僕の過去には、巻き込ませない。


 飛び出して来た人影を斬り上げ、樹上に上がる。そのままの勢いで、もう一つの人影に斬りかかった。


「腕は衰えていないようだな。インターリという名だけが一人歩きして、お前はもう死んでいるのかと思っていたが、こうして生きていた」


 ノルレイヤは、言いながら素早くインターリに斬りかかる。そして、つい、と目線を遠くにやり、薄く笑う。ハッと振り返ったインターリは、驚愕に目を見開いた。


「な……」


「だが、お前は弱くなった」


 腹から生え出る刃に目を落とす。背後に気配が近づき、そこにもう一本刃が加わる。


「離反は最も許されない行為だ」


 遠くに、大渡の町の喧騒が聞こえる。


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