31話 報せ
カナメを手伝って集落に残された物を整理し、葬送の祈りを捧げたマリーエル達は、まもなく集落を発ち、華発の路へと出た。
「ムシカを呼ぶか、馬を買うか」
霜夜へと延びる路とは違い、人通りが多く、市まで立っている路で、カルヴァスが市の品を物色しながら言った。
「力を借りた方が良いんじゃないの? また馬とお別れするの寂しいし」
市で買った花餅を頬張りながら言うマリーエルに、笑みを浮かべたカルヴァスは、その頭を撫でながら、しかし難しい顔をした。
「まぁ、そうなんだけど。華発の力だけを借りるってのも考えもんなんだよ。オレ達は、あとは帰るだけなんだし、馬でこのまま戻っても大差はないだろうしな。理由つけて華発に滞在させられるのも避けたいし、悩むところだ」
そう言って花餅を口に放り込んだカルヴァスは、足元で鳴き声を上げたベッロの口にも放り込んでやり、市の端を指さした。
「ま、とりあえずそこで待ってようぜ。アイツら何をそんなに見繕ってんだか」
市で手に入れた菓子を食べながらカナメとインターリを待つ内、華発の兵がさりげない風を装って近付いて来た。
「カルヴァス殿とお見受けしますが」
そう言いながら、マリーエルの方をちらりと見やる。
カルヴァスはさりげなく辺りに目を走らせてから、答えた。
「そうだけど」
「我が兵団長よりお伝えしたきことが」
「兵団長……ムシカが?」
随分と噂が早いな、と華発の伝達能力に舌を巻いたカルヴァスは、しかし兵の様子に眉を顰めた。どうにも、ただ迎えに来たということではないらしい。
「こちらから近くの華発の関所までご案内します」
カルヴァスはマリーエルを見やってから、頷いた。
「判った。行こう」
華発の兵は、大通りに面して設けられた、華発の関所へマリーエル達を案内した。
「直にこちらに兵団長が参ります」
兵の言う通り、通りから馬の駆ける音が聞こえてきたかと思うと、ムシカが関所に入って来て、マリーエルの前に跪いた。
「お待たせして申し訳ございません。このムシカ、姫様へのご伝言とご案内を申しつかっております」
人払いを済ませたムシカは、一行を見回し怪訝そうな顔をした。しかし、言葉を飲み込むと神妙な顔つきでマリーエルに向き直った。
躊躇うように唾を飲み込み、慎重に口を開く。
「精霊国国王軍がフリドレード地方への進軍を開始。後に交戦開始。多数の死者が出ているとのことです」
「え?」
マリーエルの声と被るようにカルヴァスが進み出て、ムシカを見下ろした。
「わざわざ呼び出して伝えたいこととはそれか?」
ムシカは頭を垂れると、手を掲げ、敵意や害意はないのだと示した。そうして顔を上げると、窺うような視線をマリーエルに向け、再び唾を飲み込む。
「グランディウス王は、起こるべきでなかったフリドレードとの開戦を引き起こし、多くの兵を死なせ、民への弾圧を行い、民の間で〈暴虐王〉と非難され始めました。その後、グランディウス王乱心の報を受け、カオル様がグラウス城へお戻りになり、グランディウス王を討たれ――」
カルヴァスが踏み込み、剣を抜くと、ムシカの喉元に突きつける。
「随分な言い様じゃねぇか。どういう了見だ。覚悟は出来てるんだろうな?」
しかし、ムシカは真っ直ぐな瞳でカルヴァスを見つめ返した。
「方便などではございません。これは精霊国に滞在中の華発の者よりもたらされた報です」
「ほう、そう簡単に間者の存在を明かすとはな」
ムシカは、暫し黙り込み、観念したように視線で頷いた。
「ええ。我等が華発の国は、全てのモノが集まる地。それは各国の情勢も含まれます。これは、どの国でも理解されることだと思います。この度、精霊姫様の許へ馳せ参じたのは、その御身をお守りする為」
ムシカに剣を突きつけたままのカルヴァスは、視線で続きを促した。ムシカは顎を上げたまま、マリーエルを見やる。
「精霊姫様方には、華発の国へといらして頂き、精霊国の安全が確認されるまでご滞在を――」
「それは出来ません」
きっぱりとしたマリーエルの言葉に、ムシカは目を閉じた。
「私は、世界樹の枝葉の祓えと、自身の力を高める為大陸に来ました。それを終えた今、精霊国へ戻らないという選択は有り得ません。国内で有事が起こったとあれば尚更です。自分だけ安全な場へ逃げるなど、する筈がありません」
マリーエルの言葉を聞いたムシカは、視線でカルヴァスに訴えかけると、剣を退けさせ、一度息を吐いた。
「とのことです。私としては非常に残念なのですが」
『ああ、苦労をかけたね』
懐から鏡を取り出したムシカは、恭しくそれをマリーエルに差し出した。マリーエルは鏡を覗き込み、目を見開く。
「ヨンムお兄様!」
ヨンムは鏡の向こうで、疲労の濃い顔をして手を上げた。
『お前にもし迷いがあるなら、ムシカの言う通り華発に滞在するよう言うつもりだった。祓えの旅で、成長したみたいだね。今のお前なら、すぐにでも精霊国へ戻って欲しい』
「それより、今聞いた話は……」
『あぁ、本当だよ』
マリーエルは言葉を失った。兄が、父を討った?
「何があったのです。国王が、討たれたなんて」
カルヴァスが言うと、ヨンムは難しい顔を浮かべた。
『僕も詳しいことは判らない。ただ、グラウス城でも多くの者が被害にあった。父上の手によって。それをカオル兄さんが討った。それは事実だ』
部屋に沈黙が落ちた。ヨンムが短く息を吐いてから続ける。
『この件に関しては考える所がある。ひとまずお前達は精霊国へ戻って来てくれないか。死者が増え、影憑きや穢れが増えているんだ。改めてマリーエル、お前と精霊王での祓えが必要だと思う。ムシカ、準備は出来ているね?』
「はい。我が主の指示により整っております」
ムシカの言葉に、ヨンムは顔を顰めた。
『……いちいち主、主って煩いんだよなぁ。まぁいいや。マリーエル、ひとまず華発の下南へ向かって、そこから船に乗ってくれ』
ヨンムはちらりとカルヴァスに目を向けると、手元を動かし始めた。
『華発の国とは技術提携を結んだんだ。まずは僕個人が、だけどね。この後の手筈はムシカに任せてある。そこまで警戒しなくてもいい。それじゃあ、気を付けて』
ヨンムはそれだけ言うと、鏡の中から姿を消した。
ムシカがマリーエルの前に跪くと、頭を垂れた。
「ヨンム様とは鏡話を始め、対影用武器等の開発をさせて頂いております。さて、お疲れでしょうが、まずはご移動を」
マリーエルは皆を見回し、立ち上がった。
「行きましょう」
「お任せ下さい。我が国にとって精霊国の有事は自国の有事と同じ。我が主より、精霊姫様ご一行を無事お送りするよう申し付かっております」