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精霊国物語  作者: 夢野かなめ
第一部 影の揺りかご

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24話 密かな恋

 ふと、マリーエルは鼻をくすぐる甘い香りに目を覚ました。


 ぼんやりと天井を見つめていると、微かな音を耳が拾った。寝台を出て音のした方に近寄るうちに匂いは濃く香り、淡く光る後ろ姿が見える。


「あれ、すみれの……?」


 次の瞬間、マリーエルは誘われるように続きの間に立ち入ったことを後悔した。


 すみれの精霊の向こうには、ハッと顔を上げ、身を固くしたアメリアが立っていたからである。上手く頭が回らず、言葉にならない声が漏れる。マリーエルが話すよりも先に、観念したアメリアが口を開いた。


「マリー……話を聞いて欲しいの」


 アメリアが茶を淹れる間、すみれの精霊は普段通りにマリーエルと言葉を交わした。深淵の女王に奪われた幼精のことを悼み、それでもまた咲かせようと微笑む。時折アメリアに向けられる愛おしそうな視線に、マリーエルは落ち着かない気持ちになった。


 改めてマリーエルに向き合ったアメリアは、思いつめたように目を伏せ、口を開いた。


「こんな所を見られてしまったから気付いたと思うけれど……私と彼は恋人同士なの」


 最後は消え入りそうな声で言ったアメリアの顔が、恥じらいに染まっているのが、月明かりの中でも判る。


 マリーエルは言葉を探して口をパクパクとさせながら、二人の顔を見比べた。


「い、いつから⁉」


 マリーエルの脳裏にはグラウス城の中庭でのことが蘇る。アメリアに想いを寄せていた兄クッザール。そのアメリアには恋人が居て、その相手は精霊だった。驚くべきことは沢山あるけれど、何よりも今の今まで気が付かなかった自分に一番驚いてもいた。


「想いを伝え合ったのは少し前なの。でも、それよりも以前から――」


 そこで言葉を止めたアメリアはすみれの精霊を見上げ、彼は優しくそれを受け止めた。ふと表情を曇らせたアメリアは、マリーエルに深々と頭を下げた。


「私達のことは誰にも言うつもりはなかったの。私達はこうして想いを伝え合えるだけで良かったから。でも、大陸を旅するうちそれも上手くいかなくて……。こうしてマリーを困らせることになってしまってごめんなさい」


 精霊国といえ、精霊と命世界の者が結ばれたという話は聞いたことがない。それはそれぞれの成り立ちが異なるからだった。精霊は精霊王より生まれ、手足となり、世界に力を満たすもの。誰か個人に惹かれるなど有り得ない……筈だ。もし惹かれる何かがあれば自身の力を授ければ良いだけのこと。アメリアは器として成り得ない。しかし、そんな彼女をすみれの精霊は、恋人だと慈しむように見つめている。


 マリーエルは、微かに震えるアメリアの手に手を重ねた。


「気が付かなくてごめんね。ずっと、悩んでたんだね」


 相談してくれれば良かったのに、と言い掛けたマリーエルはその言葉を飲み込んだ。精霊姫にそんな相談を出来る筈がない。


「寂しくて当たり前だよ。私だって皆に会えないって考えたら凄く寂しいから。それが自分にとって一番大切な人ならもっと悲しくて寂しいと思う。だから自分のことを責めないで」


「それで、どうするつもりじゃ?」


 ふと聞こえた声に、マリーエルはびくりと肩を揺らした。


「精霊王には何と申し開きするつもりじゃ?」


 アールが卓に飛び乗ると、毛繕いをしながら、横目ですみれの精霊を見やった。


 すみれの精霊は、長い睫毛をゆっくりと瞬かせてから口を開いた。


「勿論、私の使命に変わりない。王の命には背かない。これまでと同じくこの力を満たす」


 アールは冷めた目ですみれの精霊の話の続きを促した。すみれの精霊はしなやかな指でアメリアの手を取り撫でると、愛おしそうに微笑んだ。


「精霊の私には恋や愛というものを本当に理解することは出来ないのかもしれない。だが、姫に対して抱く想いとは違うのだ。いや、姫だけではない。何者に対しても想わない何か特別な想いが、アメリアの傍にいるだけで湧き起こる。このまま誰の目にも触れさせたくない……私の腕で囲い込んでその瞳を見つめていたい」


 そう語る姿は月明かりに照らされて、実に幻想的だった。彼の(はね)から透けた光が零れて、アメリアの恋情に染まる頬に優しく落ちる。


「かぁ~~……」


 妙な声を上げ、カチカチと歯を鳴らしたアールの背を、マリーエルは伺うように指で突いた。


「……絶対に駄目って訳じゃないよね」


「知らん!」


 ヂヂヂッと鳴くアールを宥めるように、その毛並みを撫でると、アールは卓の上を這い回った。


「精霊が恋だなどと! 馬鹿げたことじゃ」


「そんなこと言わないでさ。精霊王に聞いてみるっていうのは――」


「何を言う、姫よ。恋をして、それでどうとなる? 目的を履き違えておる。何をもって恋などとのたまうか」


「二人が一緒に居たいと思えば、それでいいんじゃないの?」


 マリーエルの言葉に、アールは不機嫌そうに尻尾で卓を叩いた。探るようにマリーエルを見上げ、ヂッと鳴く。


「勝手にせい! 儂は知らん! 今のこやつ等にはどんな声も届かんじゃろうからな。いいか、お主ら。困難は承知でそのようなことをのたまっているのだな? それならば勝手にせい。儂はどうともせん」


 ぷりぷりと怒ったアールは、窓から外へ飛び出すと瞬く間に姿を消した。


「勝手にしろっていうのは……アールなりの応援、って思ってもいいのかな」


 マリーエルが言うと、不安げに窓の外に目を向けていたアメリアが曖昧に微笑んだ。


 そっとすみれの精霊を見上げ、見つめ合う。その瞳が恋情に潤んだ。


 想いは抑えられない。


「私は応援してるからね。二人が幸せに居られるように、私も一緒に考えさせてね」


 マリーエルの言葉に、アメリアは苦しそうに眉根を寄せた。


「有難う、マリー」


 泣き出しそうになったアメリアを、マリーエルは強く抱き締めた。


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