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18話 流浪の暗殺者インターリ

「で、お前らは何者だ?」


 カルヴァスが男の首筋に刃を当て、冷たい声で訊いた。その視線の先では、狼頭の女がカナメに馬乗りになり、縋り付いて号泣していた。


「お前の知り合い?」


「いや……何が何だか」


 カナメは困惑して答えた。


 月色の男と、月を瞳に宿す女は、カルヴァスによって厳重に拘束され、地に座らされた。女は泣きはらした顔で項垂れている。


「港町で耳にした。随分前に木材と精霊石を加工して義手を作ったことがある者が居る。それを依頼した男はある筋では名を馳せた者であり、港町で見つかった不審な死体は、その男の手口に似ていると。その男の名が、インターリ。流浪の暗殺者。だが、インターリはここの所姿を現さず、死んだものと考えられていたようだが」


 切断された腕を見つめながらカナメが言うと、インターリは皮肉っぽく笑った。


「その不審な死体ってのは、僕の仕事じゃない。手口が似てるなんて適当なこと言わないで欲しいね。僕ならそんな意味のない残し方なんてしないよ。まぁ、噂話ってのは、一人歩きするもんだし、僕もそれを利用してるのは確かだけど。ちなみに、お前達を殺せなんて依頼は受けてない。僕はね。――そんな目で睨むなよ、カルヴァス」


 インターリはせせら笑うと、意地悪そうに口角を上げた。


「僕が追ってたのは、アンタらを追ってた奴等だよ。始末してやったんだから、感謝して欲しいくらいだ。まぁ、随分とアンタらが無防備だから奴等の仕事を奪ってやろうとしたのが運の尽きだね。この様だ。で、アンタらは見た所精霊人みたいだけど、こんな所で何してるの? アンタらは島国に籠りっぱなしで精霊に祈りを捧げてる筈だろ」


 インターリには答えず、カルヴァスは未だにカナメの胸元をちらちらと気にしている女に目を向けた。


「で、お前は何なの? 名前は?」


「ベッロ」


「ベッロ?」


 ベッロは気もそぞろになりながら頷くと、慟哭の原因となったカナメの胸元に掛けられた首飾りに目を釘付けた。


「彼女は獣族……あの戦の生き残りだろう。俺の集落には生き残りだという獣族の人々が時折訪れていたんだ。獣族の言葉を教わったりしていたんだが、ある時、大陸の奥へと居を移すからと、この首飾りをくれたんだ」


 カナメがクゥという声を上げ首飾りを触ると、ベッロが顔を上げクゥと鳴き返す。そのままクゥクゥと話し始めるのを、カナメが止める。


「ま、待ってくれ。教わったと言っても簡単な言葉だけだ。そう話されても判らない」


 ベッロは首を傾げ、小さく呻ってから再び話し出した。


「生きる、だった? あの子達、生きる?」


 縋り付くような瞳でカナメを見つめる。カナメは難しい顔をしてから、ひとつ頷いた。


「あれ以来会っていないから判らない。だが、あの時は困難な状況にあるようではなかった。隠れ流離(さすら)う内、大陸の奥によい地の話を得て、そこに皆で移動するのだと。……所謂(いわゆる)愛好家から隠れて生きるということを除いて心配はないと思う。獣族は人より身体能力も高いし、住める地も多くあるだろうから」


「良い……だった」


 ベッロは表情を和らげると、再びほろほろと泣き始めた。


「で、つまりこのインターリってのは、暗殺者で愛好家ってことか?」


 カルヴァスが言うと、ベッロが涙を流しながら顔を顰めた。


「インターリ、ベッロ助ける、だった! 新しい名前。嬉しい、だった! インターリ、ベッロ殺す、違う、だった! ベッロ、一緒、生きる!」


 そう言いながら、ベッロはおもむろに立ち上がった。拘束具がばさりと地に落ちる。それを気にせず、ベッロはたどたどしくも、捲し立てるように語り始めた。二人の出会いのこと、それからの暮らしのこと。二人で暮らせる場所を探していること。語る内、言葉を教わったなら家族も同然だ、とカナメに新たな言葉を教え始める。


 カルヴァスは笑いをこらえるように口端を震わせ、インターリを見下ろした。


「お前は随分頭を働かせているようだけど、ベッロは素直に色々と聞かせてくれるなぁ」


 苦い顔をしていたインターリは手にしていた刀片を投げ捨て、ついには拘束されたまま後ろに倒れ込んだ。


「アンタらに関わったことを後悔してるよ。というか、いつまでペラペラ喋るつもり? 煩いんだけど」


 インターリの声にベッロは口を噤むと、秘密を打ち明けるように「インターリ、いじわる。いつも。でも優しい」と付け加えた。


 インターリが苦悶の表情を浮かべ、長い溜息を吐く。


「それで、二人はこの後どうするつもりなの?」


 マリーエルが訊くと、インターリは億劫そうに「そんなの聞いてどうするの」と答えた。


「二人がお互いを大切に想ってるのは判ったよ。でも安心して暮らせる場所がまだ見つかってないんだよね? だったら精霊国に来るのはどうかな」


「ちょっと待て」


 カルヴァスが止めに入ると、マリーエルはもう一度二人を見比べ、首を傾げた。


「嫌な感じは……あれ?」


 マリーエルはインターリに近付くと、その体を見回した。インターリが不快感を隠さずに顔を顰める。


「何?」


「あのね、この数日の間に影に遭ったりした?」


「影?」


 マリーエルが影について説明すると、インターリは、あぁ、と声を上げた。


「あれね。遭ったよ。消し潰してやったけど。それが何?」


「その時に怪我しなかった?」


 怪訝そうな表情を浮かべたインターリは、「したけど」と疑わしげに目を細めた。


 マリーエルがカルヴァスに目配せすると、彼は少しの間逡巡してから「何処に怪我したって?」と問いただし、インターリの上着をまくり上げた。薬草が擦り付けてあるだけの、まだ血の滲む傷口が現れた。


「おい、お前。傷の手当ってのは――うわっ」


 突然、カルヴァスがインターリの上着を離し、声を上げた。自身の手を見下ろし、目を見開く。見る見る内に手の先が影色に染まっていく。


「なっ……」


 カルヴァスの手元に皆の視線が集まったその瞬間、インターリが勢いよく立ち上がり、その勢いのままカルヴァスに頭突きをして駆け出そうとした。


「ベッロ、何ぼーっとしてんだ逃げ――」


 しかし、最後まで言うことは叶わず、カナメに引き倒されて小さく呻く。


「駄目だ。この傷を放置しては」


 カナメの言葉に、ベッロがオロオロと視線を惑わせ、悩んだ結果、暴れ回るインターリを押さえつけた。


「な、裏切り者!」


「インターリ。この傷。駄目。やっぱり、おかしい」


 ベッロはカナメに問うような視線を向ける。カナメは眉間に皺を寄せマリーエルを振り返った。


「カルヴァスの方はどうだ?」


「う、うん。澱みを祓わないと」


 マリーエルはカルヴァスの両手を包み込むと、その気の流れに潜り込んだ。澱みの気配がカルヴァスの力強く燃える気を侵食しようとしている。澱みを掬い上げ、すり潰すようにカルヴァスの内から抜き取り出す。


 顔を上げると、緊張を解いたカルヴァスが自身の手を握っては開き、長い息を吐く。


「焦った……。手が駄目になったのかと思ったぜ……。助かった」


 カルヴァスはもう一度息を吐くと、インターリを見やった。インターリに頭突きされた部分をこすり、睨み付けるようにして見下ろす。


「こうなりたくなきゃ、大人しくしてろ。――マリー、力を使っても大丈夫なのか? 別にコイツは放っておいてもいいんだぜ」


 マリーエルは不安そうにするベッロを見つめ、首を振った。


「ううん、これも私の使命だと思う。放ってはおけないよ」


 マリーエルはインターリの腹の傷に手を当て、その気に潜り込んだ。反発するような流れを(なだ)め、澱みの気配を探る。誘われるようにマリーエルの気に絡みついた澱みを引き上げる。


 マリーエルは身を起こし、長い息を吐くと傷に当てていた手を開いた。中から澱みが飛び出し、身を震わせて地に落ちる前に霧散した。インターリが「何それ」と不快そうに呻く。


「これでもう大丈夫。あとは、アメリア、傷の手当てをお願いできる?」


「ええ」


 アメリアが手際よくインターリの傷口の手当てを始めるのを見やりながら、マリーエルは屈みこんだ。その体をカルヴァスが支える。


「大丈夫か?」


「うん、ちょっと疲れたけど大丈夫。でも、何でカルヴァスの手に澱みが? 怪我なんてしてなかったのに」


「火山洞窟での穢れかのぅ」


 マリーエルの肩口に落ち着いたアールが小首を傾げながら言った。


「もしかして、俺を抱え上げた時に……?」


 カナメの言葉に、カルヴァスが、あぁ、と唸る。


「影と澱みってのは違うものなんだよな? 影に受けた傷は澱みを残し浸食しようとする。オレが触ったのは、あまりに濃い澱みで、傷を受けずとも徐々に浸食していた。多分、アイツの傷の澱みに反応した、んだろうな。おい、カナメ、お前大丈夫なのか。全身(もぐ)ってたじゃねぇか」


 自身の体を見下ろしたカナメは首を振った。


「特に、異変はないが……」


「調べておこう。大丈夫。気の流れを感じるだけだったらそんなに力も使わないから」


 マリーエルはカナメに支えられるようにしながら、気の流れに潜り込んだ。何の障害もなく、ただ静かに気は流れている。


「うん、何ともないと思う」


 カルヴァスが疑わしげにカナメを見やる。


「まぁ、こいつは影の影響を受けない訳だし……澱みの影響も受けないのかもな。連れ去られてはいたけど」


 その時、インターリが「ねぇ!」と不機嫌そうな声を上げた。


「何ごちゃごちゃと話してる訳? というか、アンタは一体何者なの? 気の流れとか祓えとか意味わかんないんだけど。精霊人ってのは誰も彼もふわふわしてるから――」


 そこで言葉を止めたインターリは、ぽかりと口を開けると、食い入るようにマリーエルの髪と瞳を見つめた。


「は? 光の髪だとか花の瞳だかってのはこういうことな訳? アンタ、あの精霊姫?」


「うん、そうだよ」


 今度はカルヴァスが頭を抱える番だった。


「あのなぁ、そんな簡単に自分の素性を明かすもんじゃないってアントニオにも……」


「それは判ってるけど、でも、ちゃんと話したいなと思ったから」


 マリーエルの真っ直ぐな瞳に、カルヴァスは口を噤んだ。カナメを一瞥し、眉間に皺を寄せてから、息を吐く。


「で、二人を連れて行くって?」


「うん。二人さえ良かったら。インターリとベッロは安心して暮らせる場所を求めてる。そうでしょう?」


 インターリは沈黙で答えた。


「私達はある使命で大陸を旅しているの。それについて来てくれたら精霊国に一緒に帰れるってことにしよう。それだったらカルヴァスも二人のことを考えられるでしょう。二人だって本当に精霊国が安心して暮らせる場所なのか考えられると思うの」


 カルヴァスは既に今後の懸念点をどう潰すかの想定を始めている。


「アンタのその使命ってのは、何なの?」


 マリーエルが精霊姫としての使命を話すと、インターリは暫く考え込む振りをしてから口を開いた。


「ここからずっと奥に行くと〈鬼〉が沸く谷があるんだ。そこからはずっと以前から鬼が湧き続けてる。最近、そこらの生き物も鬼化しているとは聞いていたけど、そういうことだったのか。で、お姫様がその影と澱みの祓えに回ってるのね。だったら僕としても丁度いいや。協力する」


 ベッロを見ていたインターリは、眉間に皺を寄せ考え込んでいたが、ふと急に酷く疲れた顔を浮かべた。思いつめたような顔を引っ込め、おもむろに居住まいを正し、頭を垂れる。


「アンタが精霊姫だってなら、僕はどうなっても良い。コイツだけは連れて行ってくれ」


 マリーエルはインターリの許に歩み寄り、その拘束を解いた。


「二人で一緒に暮らせる地を探しているんでしょう? それなら二人一緒に、だよ」


 インターリは目を見開いてたっぷり黙した後、唖然としたように口を開いた。


「こっちから頼んでおいてあれだけど、正直どうかと思う。もっと疑った方がいいよ、お姫様……」


 剣を構えていたカルヴァスとカナメを見やって安心したように脱力したインターリは、幾分と軟化した声で続ける。


「まぁ、いいや。お姫様が安住の地を与えてくれるってなら何でもやるさ。大陸を旅するって? まぁ、大陸育ちの僕に何でも訊いてよ。あぁ、あとお前達もそう警戒するなよ。僕の片腕はお前達が持ってるだろ。別にこれで戦えなくもないけど、やり合うつもりはないよ。そんなことより、精霊国に連れて行って貰った方が、十分に旨味がある」


 怠そうに言ったインターリは、皮肉めいた笑みのまま皆を見渡した。


「……お前、急に態度変わったな」


「お姫様が連れて行ってくれるならついて行くまでだよ」


 インターリの言葉に忌々しげに鼻を鳴らしたアールは、樹上へ飛び移ると、腕を組み何事かを考え始めた。


 それを奇妙そうに見つめていたインターリは、すっくと立ち上がり笑みを浮かべた。


「じゃあ、ひとまず僕は利用する価値があるのを証明するよ」


「そのまま消えてもいいぜ」


 カルヴァスが言うのに、インターリはニヤニヤと笑うと、ベッロを残し森の奥へと消えた。ベッロはカナメの後について野営の手伝いをしながらインターリを待った。


 夜が深まった頃、インターリは幾つかの包みを抱えて戻って来た。駆け寄ったベッロを手で払い、包みをマリーエルの前に置く。


「ほら、これ食料。今夜はお近づきの印だよ。あと、お姫様はその髪を隠した方が良いと思って笠も。ここを下って華発の方に行った所に、小さな集落があってね。そこで手に入れて来た」


 インターリはあれこれと包みを広げて見せ、花模様があしらわれた小さな笠をマリーエルの頭に被せた。頭を覆うような笠は、瞳も隠すことが出来る。


「外套の帽子も良いけどさ。これから向かう華発の国なんかは野暮ったい格好の方が目立つよ。こういう笠が今の流行りだからね。まぁ、もしかしたら無駄になるかもしれないけど」


「無駄に? 私ちゃんと被るよ?」


 マリーエルが笑顔で首を傾げると、インターリはじっと見つめ返した後、疑わしい顔でカルヴァスを見上げた。


「疑う心がなさすぎる。僕って選択を誤った?」


「……こんなんで驚いてたら、お前の心の臓は精霊国まで持たないぜ」



 

 マリーエル達が寝入った後、インターリに目配せされ茂みの奥に移動したカルヴァスは、投げ出された包みを開け、その中身を無言で見下ろした。


「僕には利用する価値があるでしょ? お前にこれが出来ないとは言わないけど、お姫様の前ではやりたくないだろうからね。全員がお姫様の命を狙ってる訳じゃないと思うけど、殺されるより酷い目に遭うことだってあるんだ。精霊姫なんて貴重な存在、これから向かう華発なら欲しくてたまらない奴は多いだろうね。だから、こういうのは僕に任せればいい。僕の名前を使えばいい。それでベッロを精霊国に連れて行ってくれるならそれでいい」


 カルヴァスは包みを閉じ、長い息を吐いた。


「マリーが言うにはお前も一緒に、だ。男なら最後まで面倒見ろ。オレらに押し付けんな。それと、少しでも怪しい動きをしたら、判ってるな? オレはまだお前を信用した訳じゃない」


 インターリは答える代わりに鼻で笑ってから踵を返した。去って行く足音を聞きながら、カルヴァスは炎剣を袋の中身に突き立てた。炎はそれを焼き尽くし、散らしていく。


「まるで残忍な猫のような奴じゃのう。儂等もよぉく追い掛けられ難儀しておる」


 アールが樹上から地に降り立つと、鼻をひくつかせた。


「姫を危険にさらさぬ為であれば、致し方のないことではあるが」


「本来こういうのはオレの役目だけど、奴がそれを負うなら面倒が減るってもんだ」


 暫くの沈黙の後、アールは自身の力を大気に溶け込ませた。


「こうして命は世界を巡り世界樹へ還る。どんな過程を経ようとも、それは変わらん」


「あぁ、判ってる」


 カルヴァスは燃え(かす)をしっかりと地中に埋めると、野営場へ戻った。


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