12話 セルジオとの再会
エランの町は月光を浴びて輝いていた。今夜の星々は他の地で瞬いているらしく、月だけが変わらず覚めるような光を注いでいる。エラン特有の月色の岩石で造られた家々が、まるで月光を溜め込み自ら発光しているようだ。
門番に到着を告げると、すぐにエラン城へと案内された。エラン城は崖の上から、町を悠然と見下ろしている。
木編みの調度品を揃えた応接間に通され、すぐに世話人にあれこれと世話を焼かれた。
茶を一杯飲み終える前に、流れるような足音を響かせ、エラン領主セルジオ・エラン・ディウスが、執事エミエルと共に現れた。
日に焼けた肌と月光色の髪、海をそのまま映した瞳は僅かな光でも煌めき返す。この地方の者としては細身の印象を受けるが、動作のひとつひとつが厳しく体を鍛えた者のそれだった。
「マリーエル! 無事に着き何よりだ。船の準備をと報せを受けた時はクッザールが訪れるのかと思っていたが、まさか君とは驚いた。その様子では道中あの影に遭遇したようだね」
「お久し振りです、セルジオ殿」
二人は抱擁を交わして、互いの手に額をつけて親愛を示した。
「とんだ成人の儀になってしまったな。ともあれ、成人おめでとう」
「有難うございます」
セルジオは皆を見回し、座るよう勧め、自分も腰かけた。
「先に休ませてやりたい所だが、そうも言っていられない。話を始めてもいいかな?」
「勿論です」
セルジオはカナメの姿を興味深そうに見やってから話し出した。
各地の被害のこと、大陸から届いた初報。死者の弔い方。これから起こると予想されること。そしてマリーエルの使命について。持てるだけの情報を交換し合う。
マリーエルが託された、国王からの手紙に目を通したセルジオは眉根を寄せる。
「やはり留意すべきは影だけではない、か」
「フリドレードですか」
カルヴァスが訊くと、セルジオは意味ありげに眉を上げた。
「まだ表立っては言えないがね。影の出現以来、随分と動きがきな臭い。クッザール隊が対応に当たっているだろうが。君が抜けては益々アイツも忙殺されるだろう。しかし、精霊姫の使命も重要だ。こんなことが起こってはどこも人手不足だな」
フリドレードは精霊山と向かい合うようにそびえるヴルーナ火山を有する山岳地方だ。
火山を修養場とし、精霊人としてより高まる為の厳しい修養を行っている。修養に明け暮れた前領主は子孫を残すことをせず、今その座には、フリドレードで最も厳しい修養を終えた者が収まっている。
グランディウスの子孫が治めるという不文律を破ったフリドレードの現領主は「最高位はグランディウス王である。我等は高みに上る為修養に明け暮れるのみ」とはばかり、グラウスとの協議を避け、火山に籠り続けている。
他地方との不協和に、大事に至っていないのは、間に立つジュリアスの領主の手腕があった。しかし、影の出現以来、フリドレードでは山から下りた修養人がジュリアスとの境で多く目撃されている。修養を行わぬフリドレードの民達や近隣に住まう者の間に不安が広がっている。
広大な平野を有するジュリアスでも同じことで、国内の食料や資材の殆どを担う為、軍事的な部分は弱い傾向にあるジュリアスでも、脅かされる不安に揺れている。警備を担うクッザール隊は影の調査も加え、それに乗じる形でフリドレードの動向を探っていた。
セルジオは何事かをエミエルに言いつけ送り出すと、マリーエルに笑みを向けた。
「船の準備は終わっている。いつ出せそうか改めて確認させよう。影の出現以来、潮が読めなくてね。航行に問題はないが、海の様子も何処か奇妙だ。あぁ、その点は心配ない。エラン一の船乗りを揃えたからね」
言い終えたセルジオは、何かを考えるようにしながらカルヴァスを見やった。
「これはまだクッザールにも報せていないんだが……。エランでは死者以外にも影憑きになる例が確認されている。道中そのような者を見たかい?」
「な……いえ、見ていません」
思わず驚きの声を漏らしたカルヴァスの様子に、セルジオは難しい顔を浮かべた。
「クッザールからの報せもない。グラウスでは確認できないのか……いや、グラウスではマリーエルによって祓えが行われたんだったね。多数の死者がでたのも一因だろうか。影も死者の方が憑きやすいのだろう」
深く考え込みながら言ったセルジオは、そこで言葉を止め、気遣うような視線をマリーエルに送った。マリーエルは気遣う必要はない、とゆるく頭を振った。
カルヴァスは腕を組み、考え始める。
「生者の影憑きについてどこまで判っているのですか。恐らく大陸でも同様な被害が出ていると思うのですが」
セルジオは、まだ断定は出来ないが、と前置きした。
「判っているのは、傷を負った者や心身のどちらかが弱っている者が影に憑かれる傾向にあるということだ。ただ、憑かれてすぐであれば、精霊の力を借り、剥がすことも出来る。恐らくそれには魂の資質も関係していると思うんだ」
「魂の資質……」
マリーエルが呟くと、セルジオは小さく頷いた。
「全ての精霊の力を受けるグラウスとは違い、エランでは水の精霊の力を強く受けている。そこに住まう私達は水の精霊の力を受けることに慣れている。だから、影に憑かれたとて水の精霊の力によって引き戻すことが出来る……そう考えている。勿論、全てではないが。確か精霊姫である君も地に濃く流れる力の方が導きやすいのだろう?」
「はい。その地に存在しない精霊の力を呼ぶには、より多くの力が必要になります」
「今後は各地方でその辺りの情報共有がより必要になりますね」
カルヴァスが言うと、セルジオは頷いた。
「その必要があるだろうね。フリドレードとの件は慎重にならねばいけないだろうが……」
セルジオが部屋に戻って来たエミエルに目を上げた。エミエルはセルジオに何かを耳打ちし、それが終わると後ろに控えた。
「さて、船が出せるのは今夜を含め二日先と見ているようだ。勿論、急に潮が変わるということも考えられる。君達はいつでも出られるようにだけして、今夜は休んでくれ。数刻は潮も変わらない。夜が明けたら町に出ると良い。これから大陸に行くのだから〝通貨〟の使い方を覚えていた方がいいからね。エランでは試験的に運用しているんだ」