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氷の淑女と脳筋騎士の甘い政略結婚

作者: ざっく

議会の場は、いつも重苦しい雰囲気が漂っていた。

「馬車の整備にこんな金額はかけられませんね。もう少し、使用状況を見直されてはいかがですか?」

軍部から提出された予算書を見て、宰相であるアンギルセンはおおげさにため息をついて見せる。

「ああ、それから食事の改善?剣ばかり振り回していないで、食事を改善したければ、自分たちの料理の腕を上げてみてはいかがでしょうか?こんなふうに訴えられても困りますね」

ハハッと明らかに馬鹿にして笑うアンギルセンに、鋭い視線を向けるのは将軍、トンターカだ。

「鍛錬があればこそ、この国は守られているというのに、剣ではなく鍋を振れとおっしゃるのか。馬車のことについても、そういうのならば、悪路をどうにかしてほしいものですな。まあ、城からほとんど出ない方には想像もつかないのでしょうが」

世間知らずだと鼻で笑って見せるトンターカに、アンギルセンが冷たい視線を投げる。

「……えー、では、この予算は一旦保留ということで、後日追加資料の提示をお願いします。次は……」

議長が寂しくなってきた頭皮の汗をぬぐいながら、次の法案を読み上げる。

そして、再度繰り広げられる対立。

数ある議事は、何一つ決定することなく、冷たい空気の中、時間だけが過ぎていった。


文官を率いる宰相アンギルセン・ライト侯爵。

軍隊を率いる将軍トンターカ・レフト侯爵。

二家の仲の悪さは、政治にも社交にも多大な影響を及ぼしていた。

まず、法案がすんなりと議会を通らない。片方が提案したものであれば、もう片方が反対し、その逆もしかり。

それぞれの縁戚は互いに牽制しあい、大きな派閥を生み出していた。

この状況を一番に憂えていたのは、この国のトップ、国王だった。



議会が無駄に長いし、いっつも雰囲気悪いし、いい加減にして欲しい。

国王は、憂えているというか、イライラしていた。

そんな時に、アンギルセンの長女、ブリギッタが18歳になり、社交デビューをした。

舞踏会に現れた彼女は、抜けるような肌と銀色の髪、新緑の瞳を持つ非常に美しい娘だった。さらに、初めての舞踏会だというのに完璧なマナーで堂々とあいさつをしていた。

トンターカの方にも、今年23歳になる息子、レオナルトがいる。

黒髪黒目の、がっしりとした男らしい男だ。

「ちょうどいいではないか」

思わず声に出していた。

口上を述べていたレオナルトが瞬いて軽く首をかしげるようなしぐさをする。

「レオナルト、そなたは婚約者や恋人はいるのか?」

突然国王がにこやかに聞いてくることに戸惑いの表情を浮かべながらも、緩やかに首を横に振る。

「いいえ。私は腕を磨くことに邁進しており、残念ながら、女性とは縁のない生活をしております」

国王は満足げに頷くと、さっき挨拶をしたばかりのブリギッタへ声をかける。

「ブリギッタ」

少し離れた場所にいたせいで少し大きめな声で声をかけてしまったが、少々のマナー違反はいいだろう。国王は一人で頭の中で自分に許可を出した。

今の素晴らしい思い付きを早々に現実にしてしまいたいのだ。

「はい」

遠くから声をかけたにもかかわらず、その愛らしい声を少しだけ大きくして返事をする。

そうして、話をしていた相手に会釈をして、国王の元へやってくる。

アンギルセンが何かを察知したのか、娘の後に少し慌てたような表情をしてついてくる。

しかし、もう間に合わない。

「ブリギッタ、そなたはまだ婚約者はいなかったな」

「はい」

「想う相手や恋人はいるだろうか」

「え、……いいえ」

ちらりとレオナルトに視線を向けたような気もする。アンギルセンと同じで、察知能力が優れているようだ。

今から言われることに気が付いたのだろう。

レオナルトの後ろに立つトンターカも、ようやく何の話が出るのか気が付いたようだ。

「デビューしたこの良き日に、素晴らしい男性がそばにいることに気が付いて欲しいと思ってな。どうだろう。両侯爵家をつなぐ役目を果たしてはもらえないだろうか」

大きく息をのむ音がした。

しかし、次の瞬間には、誰も表情を崩していなかったので、それを誰が発したのかは分からない。

「陛下のお心遣いに感謝いたします。御心のままに」

ブリギッタは、聖女のように微笑み、美しい礼をした。

このような大勢の前での国王からの言葉。

諾としか答える術はなかったが、敵対する家の、憎んでもいいであろう相手との縁結びに流れるように返事をしたブリギッタに、多くの人は心の中で賛辞を贈る。

今日がデビューだとは思えないほどの完璧な姿だ。

「そうか。それは喜ばしい。なあ?」

「え、ええ……本当に、このような僥倖に巡り合えるなど、思っておりませんでしたので驚くばかりです」

国王に話を振られたレオナルトが、ぎこちなく頷く。

ブリギッタよりも、こちらのほうが少しは素直な態度だろう。最後の一言で、本音が漏れていた。

「では――」

さらに声を上げようとした国王を、ようやくアンギルセンが遮る。

「陛下。この先は、父親たる私も参加をさせていただいても?」

ニコニコと笑いながら、イラつきをにじませている。

イラつきを感じ取らせているのはわざとだろう。アンギルセンは、そのくらい涼しい顔で隠すことが出来る男なのだ。

「ああ、もちろんだ。細かい調整などは、両家で行わねばなるまいな。しかし、両者を引き合わせた責任はしっかりと負おう」

両家の婚姻に国王自らが干渉すると公言して、にっこりと笑った。

アンギルセンは、それには返事をせずに、笑顔を返した。

トンターカは何も言えず呆然と立ちすくみ、レオナルトは気づかわし気にブリギッタの様子を見ていた。

ブリギッタだけが、いつもと変わらない穏やかなほほえみを浮かべて立っていた。



こうして、国王の思い付きで侯爵家の縁談が決まってしまった。

両家はもちろん、反対した。

しかし、周囲の「お似合いではないか」という声と、大々的に国王が進めてしまったため、明確な理由がなければ断れない状況にあった。間違っても『あいつ嫌いだから、親族になるなんて嫌だ』なんてことでは理由にならない。


ライト侯爵家とレフト侯爵家の婚姻による結びつきが決定されると、貴族社会は大混乱に……陥らなかった。

この縁組によって、ほっとした家の方が多かった。

あの家とは付き合ってはいけない。この商品を買うには、この商会を通して。などなど。

そんな暗黙の了解ルールが撤廃されたのだ。

議会で対立しても、

「まあまあ、親族になるのだし、そっちの意見が合わないことは事前にすり合わせておいて欲しい」

議長と国王にやんわりと言われてしまう。

対立に関係なかった家はもちろん、派閥に組み込まれていた家も、動きやすくなって、表立っては「大変なことになりましたね」と言いつつ、歓迎していた。

権力があれば派閥ができるのは当たり前だが、程度というものがあるのだ。

気に入らないのは、アンギルセンとトンターカだけだ。

どうにか、この縁談をつぶせないか、相手の粗を探して、相手の瑕疵によりよる破談ができないかと狙っていた。


アンギルセンの娘は、完璧な淑女として社交界で評判の娘だ。完璧なマナーと行動と言葉、本音を悟らせない微笑みに加えて、多言語を操る語学力と豊富な知識が、貴族夫人として、将来しっかりと家を支えてくれるのだろうと想像される。

しかし、その優秀さが、逆に冷たさも感じさせる。あの微笑みの裏の本当の姿は氷のように冷たいのではないかと噂されていた。彼女の銀色に輝く髪と薄青の瞳の色の印象も、その噂を助長していたのだ。

対するレオナルトは、武を極めた男だ。父の跡を継いで国軍の要となることを目標に、剣の腕を磨いてきた。たくましい体に日に焼けた精悍な顔は、女性人気が高い。屈託がなく笑う彼は、誰にも分け隔てなく接して、親しみやすい性格だった。

しかし一方で、技ばかりを磨いていたせいで、勉学が得意ではない。剣を振るしか能がないと揶揄されていた。

それぞれに気になることはありつつ、それは婚約破棄に至るほどのものではなく、本人たちの意志を無視して、結婚式の準備は着々と進んでいた。



あっという間に婚約が成立して、結婚式の準備まで着々と進んでいる。


レオナルトは、このままじゃよくないと思い悩んでいた。

正直言えば、レオナルトにとっては、この婚約は少しうれしかった。

父親に言い聞かせられていたけれど、別にレオナルト自身はライト侯爵家を別に嫌ってはいない。

政治的に敵対することがあるということは知っているが、それが人への嫌悪に繋がることはないと思っていた。

父親があまりに何でもかんでも、ライト侯爵を否定する言動をとるせいで、逆にそれほどだろうかと思ってしまった。レオナルトの中では、父親同士が仲が悪いだけの相手だ。

ブリギッタは美しい娘だ。

レオナルトとしては、彼女の見た目が好きだし、彼女を妻にできるのは嬉しい。

嫁いで来てくれれば、妻として領地経営も手伝ってくれるほどの才媛だろう。結婚相手として申し分ない相手だ。

――だが、彼女はどうだろうか。

自分のことを脳筋だと揶揄することがあるのは知っている。それも仕方がない話だ。

実際、レオナルトは勉強が好きではない。……いや、嫌いだ。

眠くなってしまうので、やらないで済むのなら、ずっと訓練をしていたい。

ブリギッタと顔を合わせれば微笑んでくれるが、何一つとして実りのある討論ができない自分との会話を、彼女はどう考えているのだろう。

社交界デビューの日。

これからたくさんの男性と巡り会って心を寄せる相手も出てくるかもしれなかった場で、いきなりレオナルトと婚約させられた。

憎むべきレフト侯爵家嫡男と。

あんな断るすべがない場で無理やり婚約をさせられて、早々に結婚式の日取りまで決まっている。絶対に不安なことだろう。

レフト侯爵家で虐げられることは絶対にないようにしなければならない。

結婚してからは、家を別に用意して父とは離れて暮らした方がいいだろう。

いくつか対策を取らなければいけないと思うが、それで十分なのかもわからない。

ブリギッタを、婚約してからいくつかの夜会にエスコートした。彼女はいつも完璧なので、レオナルトが彼女の表情の下の考えを読めることはない。

ただ、レオナルトが手を差し出すと、ブリギッタは、必ず全身に力が入る。顔を覗き込めば、こわばった表情が目に入る。奥歯でもかみしめているのではないかと思う。

普段は、あんなに優雅に微笑んでいるのに。

手を触られるのさえ嫌な相手と結婚。

ブリギッタは完ぺきな淑女だから嫌悪感を必死で隠しているのだろう。

しかし、そのことに気が付いてしまえば、この結婚は無理だと思う。

どうにか好きになってもらえないかとレオナルトがあがいて、引き延ばしてしまえば、さらに婚約を解消することは難しくなる。

国王からの提言だとしても、お互いが望んでいないのならば、それ以上強要してくることはないのではないかと思っている。

今日はブリギッタがお茶会のために登城していると聞いた。

レオナルトは一人休憩を早めにとってブリギッタが帰る前に話がしたいと待ち伏せていた。

ライト侯爵に予定外にブリギッタとの面談を申し込むと、ほぼ断られてしまうため、ライト侯爵家へ訪問はできない。

予定されている婚約者同士の茶会でも、二人が一緒にいる間は、びっくりするほど周囲に使用人が多い。絶対に見張られているため、不用意な発言ができないのだ。

そんなわけで、今日は約束を取り付けずに休憩室へ来た。

侯爵令嬢であり、宰相の娘であるブリギッタには、特別に休憩室が準備されている。

休憩室前にいる衛兵は、約束がないことなど知らないのだろう。レオナルトが部屋に用事があるようなそぶりを見せると、快く部屋に通してくれた。

「もうすぐお戻りになる時間だと聞いております」

にこやかに彼女の予定まで教えてくれる。

まあ、婚約者なのだから拒否される方がおかしいのだが。


休憩室なので、ブリギッタの私室ではなく、ただの客室だ。

しかし、他の者のために準備された部屋に一人居座っているのはどうにも落ち着かない。

レオナルトが窓のそばに立って彼女の戻りを待っていると、開いた窓から蛾が迷い込んできた。

美しい蝶などであれば問題ないだろうが、女性の多くは、この不気味な姿で飛ぶ虫を怖がる。

自分が一人のときでよかったと、レオナルトは蛾を外に誘導し、ベランダへと続く掃き出し窓から外へ出した。

しかし、すぐそこのベランダの手すりにとまるので、もう少し遠くに行って欲しいと、レオナルトもベランダへ出て蛾を追い払う。

無事、蛾は遠くに飛んで行った。

さて戻ろうと窓に手をかけた瞬間、部屋のドアが開いた。

ブリギッタが部屋に戻ってきたようだ。

……しまった。タイミングが悪い

ベランダに出ているときなど、予想外に隠れているような形になってしまっている。

なんと声をかけようかと考えている間に、彼女はストンとソファーに座り、足を抱えて丸まってしまう。

「お嬢様、お行儀が悪いですよ」

「いいじゃない。休憩よ?ちょっとだけよ」

外に立っている彼は、レオナルトがいることを特に伝えていないようだ。

部屋に入れば分かることだが、こんなくつろいだ姿をする前に声をかけなければいけなかった。

気まずい。

レオナルトが窓際で固まっている間に、ブリギッタの休憩は始まってしまった。



ブリギッタは、完璧な淑女と評判だ。

それゆえに冷たそうだなんて揶揄されていることは知っているが、そんなものは、完璧にふるまえない人間の負け惜しみだ。なんなら、冷たそうだと評されるほど完璧にふるまってみればいい。

そう思いながら、ブリギッタは今日も美しく微笑みながら優雅に紅茶を飲んだ。

本心を隠しているのは当たり前だ。

その隠しているものが、周囲の期待とは多少異なるだけで。

今日は王妃主催の高位貴族夫人たちとのお茶会だった。

指先にまで完璧を求められる非常に緊張する茶会だ。

ブリギッタは緊張など感じさせもせずに完璧に乗り切って見せた。穏やかに微笑みながら、頭の中はフル回転で最高の受け答えをしてみせなければいけない。

それを求められているのは知っているし、それにこたえられるだけの器量が自分にあると思っている。

……のだけれど、疲れた。

休憩室に入った途端、ブリギッタはどさりとソファーに座り込んで、足をスカートの中に折りたたんで膝を抱きかかえるようにして座る。

人前では絶対にできない格好だが、落ち着くのだ。

「お嬢様、お行儀が悪いですよ」

専属侍女のリタが声をかけてくるが、形だけだ。二人きりの時にこういう格好なのは慣れてしまっている。

「いいじゃない。休憩よ?ちょっとだけよ」

ブリギッタの返しもいつも同じ。こんな風にくつろいでいる時間なんて、本当にちょっとだけなのだから。

「あ、リタ。紅茶は嫌よ。オレンジジュースにして」

リタが紅茶の準備を始めたのを見て止める。

紅茶はさっきまでたっぷりいただいた。もういらない。

「王宮にそんなものはありませんよ」

絶対にあると思うが、ブリギッタのために準備することはできないということだろう。

そんな子供が飲むようなものをブリギッタが求めるなんてイメージが崩れてしまう。

分かっているが、香りを楽しむだけの紅茶なんて、別においしくもなんともない。しっかり甘い飲み物が飲みたいのだ。

「だったら、砂糖を3杯入れてよ。ミルクもたっぷり」

「……お菓子を減らしますよ」

「どうしてよ!頑張ったんだから、お菓子くらい食べてもいいわ!」

香高い紅茶にお洒落な菓子。

香りばかりで味がないお茶と見た目だけきれいなちっちゃなお菓子。

あんなもの、全然おいしくない。

ブリギッタの舌はおこちゃま仕様だった。

「来週には、また夜会でしょう?ドレスに補正が必要になられると困ります」

そこまでは食べないと思いながら、こうやってリタが制限してくれなければ、本当に太ってしまうかもしれないので強くは言えない。

「エスコートしていただくのですよね?」

いたずらっぽくこちらを見て笑うリタに、ブリギッタはわざと頬を膨らまして見せる。

だけど、リタが笑いながら紅茶に砂糖を一つだけ入れてくれるから、そのすねた顔も長くはもたない。

「そうよ。楽しみにしているの」

エスコートしてくれるのは、婚約者であるレオナルト。ドレスまでしっかりと贈っていただいている。

「お嬢様にとてもお似合いになりそうなドレスでしたものね。お着替えを手伝わせていただくのが楽しみです」

「そうよね。あのドレスに合わせる宝石はどれがいいかしら。黒曜石っていうのは……少し早いかしら。でもでも、レオナルト様にエスコートされて彼の色の宝石を纏いたいわ。もう、誰が見ても、私が彼のパートナーって感じになるように!」

レオナルトは、国王から突然決められてしまった婚約者だ。

国王の突然の思い付きで、本当に突然決まってしまった婚約。

無理矢理決められた政略結婚を邪魔する人間がいないとは言えない。

レオナルトに恋をする女性がいれば、きっと何とも言えない気持ちだろう。

そんな人たちを蹴散らしてしまいたい。見た目だけでもいいから、完璧な婚約者でいたいのだ。

「そうですね……宝石は、もしかしたら贈ってくださるかもしれないので、今回は髪に黒のリボンを飾ってはいかがですか?」

リタの助言に、ブリギッタは大きく頷く。


デビューの日、国王に婚約を申し付けられた時、ブリギッタがどんなに歓喜していたか知っているのはリタだけだ。

ブリギッタは、レオナルトがずっと好きだった。

真摯に鍛錬に打ち込む姿。陰口で剣を振るしか能がないなどと暴言を吐かれても、「誰にも負けない剣があるからいいだろう?」なんて、余裕の態度をとれる自信。子供が好きで動物が好きで、笑うと切れ長の瞳の目じりにしわが寄って垂れ目になるのだ。ことさらに可愛い。

どうしてそんなに知っているかと言えば、当然、ブリギッタ的に、レオナルトの見た目がとっても好みだったからだ。

高い背。広い肩幅。長い手足。大きな手。凛々しい眉毛と垂れ目。

完璧だ。

格好いいなあと思ってみていたら、さらにあらゆるところが好きになっていって、片思いに発展するのに時間はかからなかった。

だが、父が毛嫌いする政敵の嫡男。

実ることはない初恋だと諦めていた。

そんなところに、国王の思い付き。

素敵だ。

初めて「なんて有能な国王か」と思った。記憶を改ざんして、初めてお会いした時からその有能さに忠誠を誓っていた……ということにしてもいいくらいだ。

「自分の色の宝石なんて贈ってくださるかしら。そんなことになったら、浮かれて跳ね回ってしまうかも」

抱えたひざに頬を押し当てて、くふくふとブリギッタは笑う。

想像だけでも、十分に跳ねまわれそうなほど嬉しそうだ。

「普段はそんな風なのに、エスコートの際に表情が崩れないお嬢様は素晴らしいですよ」

リタが、ブリギッタの目の前に紅茶のカップを置く。

ブリギッタの行儀の悪さを遠回しに指摘するリタの言葉を無視して、彼女は胸を張る。

嬉しそうに微笑む姿は、氷のようだと言われている令嬢の印象とはかけ離れている。

本来ならば、満面の笑みで婚約者を迎えてそうな性格なのに。


「ふっふっふ。それはレオナルト様を篭絡するための努力の結晶よ」

行儀悪く両手でカップを持ち上げる主人の姿に、リタは諦めたようにため息をついて、ポットに保温のカバーをかける。

「レオナルト様は、きっと、凛々しい女性が好きだと思うの。レフト侯爵家の女性は、みんな凛々しくて麗しい方ばかりだもの。あんなに素晴らしい方に囲まれているのだもの。結婚相手にもりりしさを求めているに違いないわ」

「……そうでしょうか?」

いぶかしげなリタに、ブリギッタは胸を張って断言する。

「そうよ!やっぱり、少しは好ましいと思ってほしいもの」

笑み崩れて、照れながらつぶやく姿の方が、とても愛らしくて素敵だとリタは思うが、ブリギッタにそれは通じないだろう。

「お嬢様は、普段はヘンリー様やご当主様など麗しい方に囲まれていらっしゃるでしょう?」

ヘンリーはブリギッタの兄で、当主は父だ。

二人の顔を思い出したのか、彼女は眉間にしわを寄せてふるふる横に首を振る。

「何考えているか分からない笑顔浮かべて、さわやかに悪態ついている人のこと?一緒にいるだけで神経すり減らす人間は、身内だけで十分よ。絶対にあんなのとは結婚しない」

なんて、ブリギッタは言うが、ライト侯爵家当主も嫡男も、輝くばかりの美しさとその優秀さで社交界では人気の男性だ。

彼らを嫌だというのは、きっと、身内だから。というか、ブリギッタだけだ。

だったら、レオナルトも同じかもしれない。毎日見ている家族のような凛々しさよりも、本来のブリギッタである愛らしさで攻めたほうがいいのではないかと、リタは助言してみる。

「レフト侯爵令息様も、ヘンリー様に憧れているかもしれないじゃないですか」

「ひょろひょろ兄さまに、あの素敵なレオナルト様が憧れるわけがないわ。レフト侯爵家の方々の麗しさに比べたら、どんな家もかすんでしまうわ。その上、うちはただの腹黒だから。麗しくなんてないわ。黒いもの。憧れる部分が一つもないわ」

リタの助言はすっぱりと切り捨てられる。

ブリギッタは、レフト侯爵家が好きすぎて全く受け入れる様子はない。

しかし、今後のことを心配して、リタはブリギッタの説得をもう一度試みてみる。

「結婚してから、それでは……凛々しいとは程遠いですよ」

だから、最初から愛らしさ全開でいくべきだ。リタは主人の愛らしさは世界一だと思っている。

リタは、もちろん使用人としても忠誠を誓ってはいるが、そうじゃなくても、ブリギッタから、この満面の笑みで大好きだと言われたら、簡単に陥落する自信がある。

すごく可愛い。生涯を賭して愛を捧げたい。

そんな使用人からの遠回しすぎる愛情表現は、もちろん伝わらない。

「失礼ね!この外見、黙っていたら凛々しいと思うの。結構いけると思うわ」

「お嬢様、その性格を隠すおつもりで?」

「結婚まではね。結婚後に少しずつ思ったのと違うってなっても、レオナルト様はお優しい方ですもの。ほだされてくださるわ!」

好ましく思ってもらうための多少の演技は、恋愛における常識だ。

…………多分。

結婚してからじわじわとこの愛らしさを見せつけられるのならば、それでもいいかと、リタは一旦諦めることにした。

リタがお茶だけ出してお菓子をくれないので、ブリギッタは立ち上がってワゴンに近づく。

勝手にあさろうとするが、リタはブリギッタの扱いに慣れてるので、なかなかお菓子をくれない。

「お願い!いっこだけ!」

チョコレートが見えた。

さすが王城。休憩室にもお菓子を準備してくれていると思っていた。

「一つではすまないから言っているのです。お茶会の直後ではないですか」

侯爵家は高位貴族なだけあって、贅沢に慣れている。

こうやって制限してくれるリタがいるからブリギッタは今の体型を維持できていることは理解しているが、疲れたお茶会直後だからこそ、今食べたいのだ。

「来週の夜会後はほとんど食べられなくなるから」

「夜会までに体型を維持していただきたいと……そういえば、夜会後は食事の量が減りますね。お疲れになるのですか?」

リタに不思議そうに聞かれて、ブリギッタはあいまいな笑みを浮かべる。

「疲れはするのよ。完璧に凛々しい令嬢を演じ切らないといけないから。表情もとりつくろわないといけないし、レオナルト様を前にしても赤面なんてできないでしょう?」

ブリギッタの言葉に、リタは驚いて目を瞬かせる。

「赤面も抑えることが出来るのですか?」

大好きな男性を前に赤面をしないで済む方法があるのか。そんな生理現象をもコントロールするほどブリギッタの精神力が強いのかと思えば。

「そう。奥歯でね、口の内側をぎゅうっと嚙むの。痛くて血の気が引くくらい。それで、プラスマイナスゼロよ」

「……たまに、果物を嫌がるとき、あれは……」

「果物はしみるのよ」

無理矢理すぎる方法で演じ切っていた。

ブリギッタのどや顔を見ながら、リタはため息を吐く。

傷だらけの口内では、チョコレートも食べる気にならないだろう。

残念な主人のために、リタは缶からチョコレートを数個出し、皿に並べる。

「やったあ」

テーブルにセットしてもらおうと、ブリギッタはくるりと振り返って――固まった。


「あー……と、隠れていたわけではないのだが……すまない。先にこの部屋で待たせていただいていたのだ」


レオナルトが、窓に手をかけたまま、気まずそうに室内に入ってくるところだった。

ブリギッタは、普段の優雅さが嘘のようにぎこちなく、油の切れたブリキ人形のように、もう一度リタに向き直る。

ブリギッタがリタを見ると、彼女は申し訳なさそうな表情で、ゆっくりと首を横に振る。ごまかしようがないという合図だろう。

ブリギッタは、しかし動けない。現実を受け入れられない。

リタは固まるブリギッタを放置し、流れるように紅茶カップをもう一客準備し、香り高いお茶を注ぐ。

レオナルトは、準備してもらったお茶を無視することを申し訳なく思いつつ、立ち尽くすブリギッタに近づいた。

「ブリギッタ……」

背を向けピクリとも動かない彼女の肩を抱き顔を覗き込む。

そうして、ようやく目が合った。

その瞬間――。

「ふにっ!?」

ブリギッタの頬が、レオナルトにつままれたのだ。

頬をつままれるなんて、記憶がある限り、一度もされたことがない。何が起きているか分からなくて、ブリギッタは呆然と目の前の男性の顔を見上げた。

「ああ。すまない。痛いだろうか」

――痛くはない。痛くないような力加減で柔らかにつままれている。

けれど、そもそも顔を触られるという特異な状況に固まって動けないでいた。

「手を離すけれど、口の中をかまないで欲しい。自分を痛めつけるようなことはしないでくれ」

そっと、少しでも揺らしてしまえば壊してしまうとでもいうように、彼の手が離れていく。

さっきの話を聞かれていた。

穏やかなほほえみのまま、完璧な淑女で……なんて表情はすでに取り繕えていない。

顔の熱さで分かる。

今、ブリギッタの顔は絶対に真っ赤だ。

目を見開いて、真っ赤な顔で固まるブリギッタを見て、レオナルトは目を細める。

「かわいいな。別に赤くなるのを我慢する必要なんてないのに」

柔らかな笑みで、今度は指の背で頬を撫でられる。

なんだかもう、体の奥から湧き上がってくる羞恥心に耐えられず歯を食いしばった時

「ふにっ!??」

またも、頬をつままれた。

今度はさっきよりも少し強い気がする。

「口の中を嚙んではだめだ。自分自身でもわざと傷つけるようなことはしてはいけない」

今度は噛んでない。

癖で奥歯に力が入ってしまうだけで。

でも、そんなことを説明するために口を開くこともできないし、うまく言葉を発せられる自信もない。

彼は、何も言わないブリギッタを眺めて、少し考えるように首をかしげる。

「そうだな……癖になっていそうだな。どうすればやめてくれるだろうか」

そう言いながら、彼は考えるように視線を巡らせる。

その間。彼女の頬をつまんでいた指が力を緩めて、すりすりと頬を撫でる。

この指はこのままなのだろうか。

なんだか、そわそわするのでやめて欲しい。

我慢してじっとしていたのだが、ブリギッタのその様子に気が付いたレオナルトが小さく笑う。

「ごめん。嫌かな。すべすべで触り心地がよくて」」

くすくす笑いながら言われるけれど、もうどんな反応していいものか。

彼に触られるのが嫌なわけがない。

ないけれど、羞恥で動けなくなるだけだ。

ブリギッタは、困って嫌ともいいとも言えずに彼を見上げるだけだ。

「かわいいな」

普段は遠い顔が、目の前にある。

動かないブリギッタの反応を探すように、レオナルトが至近距離で彼女の目を覗き込んでいる。

「失礼します。どうぞ、おくつろぎください」

突然割り込んだリタの声に、ブリギッタの体が跳ねる様にピンと伸びて、レオナルトの手が離れていく。

リタは、テーブルのそばに立ってチョコレートを手で示していた。

そうだ。チョコレートが食べたくて。

「え、と。そ、そう。ど……あ、あり」

流れるような所作だと言われている動きができない。カクカクとぎこちなくリタに向かって頷いて見せる。

返事をして、彼にも座るように勧めて、ありがとうって言いながら……。

頭ではどう動くべきか分かるのに、思ったとおりに体も口も動いてくれない。

「ああ、近すぎた。ごめん。ブリギッタ、どうぞ?」

ブリギッタはこんなにあたふたしているというのに、レオナルトは屈めていた腰を伸ばし、彼女に手を差し出す。

そっと手を取られて、ソファーへと誘導される。

このエスコートは普段の距離だ。

いつも、内心でうっとりしながら預けていた大きな手にひかれて、そっと座るように促された。

「ありがとうございます」

彼にエスコートされるときと同じ流れ。

覚えのある動きによって、ようやく、まともな声が出た。

ぎこちなくだけど微笑もうとして、また固まる。

向かいに座ると思っていたレオナルトが隣に座ったのだ。

「ふ。すごく表情に出てるね。それくらい分かりやすくしてくれると助かる」

驚いたことがそのまま表情に出たのだろう。レオナルトがおかしそうに口に手を当てる。

「向かいに座ると、口の中を噛もうとしたときに間に合わないだろう?だから、近くで見張ってようと思って」

あなたがそばに居なければ、その癖は出ないんです!

なんてことを叫べるはずもなく、テーブルに視線を移す。

「わざと口の中を傷つけたら、その場で、俺が舐めて治すから」

口の中を舐めて治すとは。

いたずらを思いついたような笑みを浮かべたレオナルトがチョコレートを一つつまむ。

「そうだな。それがいい。俺も楽しいし」

はい、あーん。と言われて、素直に口を開けてしまった。

大きな指で入れられたチョコレートは、すごく熱いような気がした。

こんなに熱いチョコレートなのに溶けてないなんて。

言われていることが理解しがたくて他のことを考えているのが分かったのだろうか。

顎をつかまれて、彼の顔に向けられた。

「人前で舌を突っ込まれるような深いキスをされたくなかったら、気を付けるように」

人前でキス!?

目を見開いて、さらにカッカと熱くなってきた頬を抑えて、ブリギッタはこくこくと何度も頷いた。

そんなことをされたら、どんな対策をとっても完璧な淑女の仮面ははがれてしまう。

人前じゃなかったらするけど。というつぶやきのような声は、聞こえなかったことにしよう。

今は、これ以上考えることが増えたら気絶してしまう。

「人前でされたくなかったら、噛まないようにね」

言い聞かせるように、少し強い口調の彼の表情に、心配されているのが分かる。

「はい……」

優しい笑顔にうっとりと返事をしてしまう。

いつも夜会でエスコートしてくれる時の、こちらを窺うような遠慮がちな笑顔じゃない。

自然で、親しい相手に向けてくれるような笑顔。

彼に、こんな風に笑ってほしかった。

「遠慮なんてせずに、最初から本音で話せばよかった。立ち聞きになってしまって申し訳ないけれど、俺はブリギッタの自然な姿が見られてとても嬉しい。外見はもちろん可愛いと思っていたけれど、性格までこんなに可愛いなんて、陛下に大感謝だな」

「か、かわいい……。凛々しい私は……」

「ああ、さっき話していたね。うちの家族の話?あれは、ガサツだって言うんだよ?」

レオナルトは、元軍人であり、今でもパンツスタイルで剣をふるうこともあるレフト侯爵夫人をガサツだと評した。曰く、夫人は大股で歩いて大きな声で笑う。スカートは大きく踏み出すと裾を踏んでしまうからズボンの方が好きなだけなのだと。公の場では黙って立っているだけだから、そう見えるだけなのだと。

もちろん、妹も同様らしい。

「ライト侯爵嫡男であるヘンリー殿は知的で視野の広い素晴らしい方だと思っているよ」

「騙されています!」

あんな腹黒に、レオナルトが素晴らしいと評する価値などない。

ブリギッタは、笑顔で何かと嫌味を放っていく兄があまり好きではないのだ。

「ははっ。そうなのかな。でも、身内にはない才能に、素晴らしさを感じる。ブリギッタもそうなのだろう?俺の家族を好いてくれている。それは、とても嬉しいよ」

感謝の気持ちなのか、レオナルトがブリギッタの手を取り、指先にキスをする。

指先が燃え上がるように熱くなった。

「ライト卿に邪魔をされないように従順な態度を貫いていたのもいいのだが、それだと、うちの家族が不安になる。君が嫁入りした後も、母や妹とは仲良くして欲しい」

もちろん、是非にとこちらからお願いしたい。

「はい。仲良くなりたいです」

だが、今のところは、敬遠されている。

敵対している家門だから、今は仕方がないと諦めていたのだが。

「だが、今のままだと、結婚してからも義務的にしか対応しないと思うんだ。というか、いじめられないか不安になる」

それは覚悟している。敵対勢力の中に単身放り込まれるようなもの。

でも、ブリギッタの本心はレフト侯爵家の皆さんのことが大好きなのだ。きっと、時間をかければわかってもらえる。

「いじめられても頑張ります!」

「だーめ」

ふわりと肩を抱き寄せられる。

今までもソファーに隣り合って座っているのだから近かったが、その距離がゼロになる。

「辛い思いはしないですむなら、しないほうがいい。しかも、ブリギッタは妙に我慢強いところがありそうだ」

頬をつんつん突つかれる。

血の気が引くほど噛むという対応は、彼にとってとても駄目な方法らしい。

顔色が変わらないいい方法だと思っていたのに。

「嫌なことはきちんと言うこと。無理をしないこと。いい?」

「はひ……」

ようやく、まともに声が出せるようになっていたのに。さらにレベルを上げられてしまった。

距離が近い。

大好きな顔が目の前だ。

たくましい体にすっぽり抱き込まれていることが、ものすごく嬉しいのに、羞恥で死にそうだ。

そうだ。この状態を続けるのは「我慢しないこと」に反するのかもしれない。

「あのっ……!」

「今のこの距離は、婚約者としての距離だから。慣れようね」

口に出す前に却下された。



夜会当日。

なんと、ライト侯爵家までお迎えに来てくれた。

「何の連絡もなしに当家を訪問されるのはいかがなものかと」

レオナルトは、きちんと、手紙を出していてくれたらしい。

だが、ライト侯爵家が嘘をついているのか、そもそもレフト家で止まってしまっているのか判断が付かず、ライト侯爵が受け取っていないと言うならば受け取っていないのだろうと、反論できずにいた。

そんなふうに、父に追い返されそうになっていたのを、兄が手助けをしてくれたらしい。

「エスコートするのに、迎えも来ない方がどうかという考えもありますから。どうぞ、大したもてなしもできませんが、妹の準備ができるまでお待ちください」

そう言いながら、応接室に通してくれていたようだ。

長い長いしがらみが強く残っているのは、本当に父親世代までなのかもしれない。

しかも、ブリギッタの準備のところまで伝えに来てくれたのだ。

何も言わなければ、ブリギッタはリボンの色を迷いすぎて、長い時間レオナルトを待たせることになっただろう。

「いい関係を築いているようで安心したよ。完璧に仮面夫婦になるよりも、周囲に余程いい影響を与える」

肩をすくめながら言われた。

ブリギッタは、兄を嫌いというほどではなくなった。

ブリギッタは流されやすいのだ。

「レオナルト様!お待たせしました」

もう素がバレているので、貴族的に微笑む表情ではなく、嬉しさを前面に出してもいいのだ。

今日もいつも以上に麗しい。

しかも、勘違いでなければ、彼の濃い藍色の衣装の縁取りは銀色で、ブリギッタの色ではないだろうか。

ブリギッタも、悩みに悩んで、髪に編み込むリボンの色を、彼の色の黒にしてみた。

あからさますぎて恥ずかしいかもしれない。

どうしようどうしようと悩んでいたが、お迎えまで来てくれるのだ。彼の色を纏うことだって許されるに違いない。

「ああ、ブリギッタ。素敵な髪型だ。いつも美しいけれど、俺の色を纏ったあなたは、何よりも可愛らしい」

そうして、後に控えていたリタに、視線を向けた。

「すまないが、ネックレスをこちらに変えたい」

そう言って取り出したのは、彼の色のブラックダイヤモンド。

リタは微笑んで、ブリギッタがつけていたネックレスを外して下がる。

レオナルトから贈られた黒い宝石。

「本当は前もって贈っておいた方がよかったのだろうが、発注したのが遅くてね。だけど、飛び跳ねるほど喜んでくれるのかもしれないって思ったら、この夜会から渡したくて仕方がなくて」

なんだか聞き覚えがあるフレーズだ。

「そ、それ、あの、あの時の言葉は忘れて欲しいのですが……!」

あの時のブリギッタのことは忘れて欲しい。リタだけだと思って、随分幼い言い方もしていたと思う。

だけど、レオナルトは嬉しそうにくすくす笑うだけだ。


「さあ、行こうか」


国王からの勅命だ。よほどのことがなければ婚約解消はない。

今日からは、仲睦まじい姿を前面アピールすることになった。

勅命が下り、さらに当人同士が仲良い。

その婚約を宰相と言えども、理由なく破棄するように訴えることなどできない。

レオナルトに言われ、ブリギッタは、父のことを何でもやってしまう人間だと思っていたことに気が付いた。無茶なことでも、あらゆるところから手を伸ばして自分が思うとおりに事を動かしていくから、どうにか父の関心を相手に移そうとしていたのだ。

そうして、油断している方向からブリギッタが一気に結婚に駆け込めばいいと思っていた。

だけど、そうじゃなくて、幸せな結婚ができるアピールの方が、周囲の目があって婚約破棄をしにくくなると、レオナルトが言う。

「そっちの方が、俺は嬉しいしね」

もちろん、ブリギッタだって嬉しい。嬉しいが天元突破する。

「絶対にレオナルト様より私の方が嬉しいです」

だから、ブリギッタは少しだけ得意顔で言ったのだ。

後から考えて、ここで対抗する意味が分からないなと自分でも思った。

「――そうか。ブリギッタ、とてもかわいいね」

「――――!?」

レオナルトが、さっと身をかがめて、ブリギッタの頬にキスをした。

ブリギッタは何も反応できなかった。

さすがの身のこなしだ。

――なんて、感心する余裕が彼女にあるわけもなく、真っ赤な顔でふるふると震えながら彼を見上げれば、嬉しそうに微笑むレオナルト。


そこはすでに会場の入り口で。

仲が悪いはずの婚約者二人の登場にそれなりに注目も集まっていたというのに。

この日、二人の仲睦まじさが存分に知れ渡ったことは、言うまでもない。



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― 新着の感想 ―
かわいい!とにかくかわいい!! 続編希望!!! できれば、それぞれのご家族の本音も聞きたいです うんうん、きっとみんな頑張って本音隠してる そしてめちゃHappyエンディングになって欲しいです(^^)…
こういうので良いんだよむしろこういうのがいっぱい見たいんだよ ブリギッタに好かれてるって分かった後のレオナルト、難攻不落の城を落とす隙を得たと言わんばかりの猛攻で落としに掛かってて良かった。ブリギッタ…
ブリギッタの秘密を耳にしてから急にレオナルトが策士っぽい雰囲気を漂わせているのはなぜ? 脳筋ならばもっと素直に謝罪してからの好意の告白をしてほしかったような・・・ 先に好きになったほうが負け、みたいな…
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