第82話「森下家」
教会の中央ホールで小暮隊長の指示を受けたあと、僕たちは三方向に別れた。
僕は東側の廊下へ。久野さんと岡本さんは西側へ。
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廊下に一歩足を踏み入れた瞬間、足音が妙に響く。
高い天井のせいか、靴底の「コツ、コツ」という音が壁に反射して、二倍にも三倍にも大きく聞こえる。
しかもその廊下は、思っていた以上に長かった。
奥が霞んで見えるほど、左右方向に延びている。
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外から見た教会が縦長の構造だったことは知っていた。
けれど、内部の廊下までこれほど長く続いているとは予想していなかった。
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「うわぁ!!なんじゃこりゃー!?」
遠くから久野さんの叫びが響く。
「廊下が左右縦長だーーー!!?」
続けざまに岡本さんの声も飛んできた。
どうやら西側も同じ造りらしい。
あの二人が同時に驚くなんて、よほど印象的な構造なのだろう。
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学校の廊下に似ている――そう言えばそれまでだ。
だが、外の惨状を見てきた僕らにとって、この不気味に整った造形は逆に不安を誘った。
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そんな考えを振り払い、僕は最初の部屋――聖具室に入った。
壁際には祭服が丁寧に掛けられ、金属の燭台や聖餐用の皿が整然と並んでいる。
手袋越しに触れると、金属は冷たく、埃一つない。
ここだけ時間が止まったように、物があり続けていた。
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次は告解室。
二つの小部屋が薄い仕切りで分けられ、中央には木の格子。
誰もいないのに、耳を澄ますと微かに囁き声のようなものが聞こえる気がして、背筋がぞわりとした。
けれど、それは僕の神経が過敏になっているだけかもしれない。
結局、この二つの部屋からは何の手がかりも得られなかった。
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残された部屋はあと一つ。
こんな状況なのに、まだ何も掴めていない。
胸の奥で、疑念が小さく膨らんだ。
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「助言って……嘘だったのか?」
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リリィの顔が頭に浮かぶ。
あの時の真剣な眼差し――それを思い出して、僕はすぐに首を振った。
疑うのは、この最後の部屋を見てからだ。
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廊下の奥に、その部屋はあった。
扉の上に掛かったプレートには「資料室」とある。
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「……流石に、ここには何かあるよな?」
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深呼吸をひとつ。
僕はドアノブに手を掛け、ゆっくりと回した。
軋む音と共に、重い扉が開く。
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そこは、まるで紙の山に飲み込まれたような空間だった。
古びた棚や机の上だけでなく、床にも、壁際にも、資料が山のように積み上げられている。
どれも埃を被っているはずなのに、不思議なほど整っていた。
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「……何でこんなに綺麗に積まれてるんだ?」
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その瞬間、鼻を突くような臭いが襲った。
古紙の匂いとは違う、もっと生臭く、湿った匂い。
誰かが長くこの部屋を使っていなかったのか、それとも別の理由か――判断がつかなかった。
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資料の山を迂回しながら奥へ進むと、部屋の中央に奇妙な物があった。
透明なガラスケース。
中には、一冊だけ分厚い資料が鎮座している。
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ケース越しに見えるその背表紙は、重厚な革装で覆われ、中央に金色の十字架が刻まれていた。
ただならぬ存在感があった。
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「……取り出してみるか。」
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当然、ガラスケースには鍵が掛かっている。
引いても押してもびくともしない。
僕は辺りを見回し、床に転がっていた石を見つけた。
何故こんな物が資料室に落ちているのかはわからないが、今は好都合だった。
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「悪いけど……壊させてもらう。」
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振りかぶり、全力で石を叩きつける。
ガシャアアアン!
高く鋭い破砕音が、廊下まで響き渡った。
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割れたガラス片を払い、慎重に資料を取り出す。
革の感触は想像以上にしっとりとしていて、手に吸い付くようだった。
表紙を開くと、最初のページに大きくこう記されていた。
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「名古屋キリスト教会」
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ページをめくる。
次の瞬間、息が止まった。
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「旧教会持ち主『森下家』の家系」
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「……森下家?」
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思わず声が漏れる。
脳裏に、ひとりの人物が浮かんだ。
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亮さん――森下亮。
もしこの資料にその名前があれば……
状況が大きく変わるかもしれないし、何も変わらないかもしれない。
それでも、知りたいという衝動が全身を突き動かした。
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この部屋で、僕は確信した。
リリィの助言は、やはり意味がある――と。
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To be continued




