第70話「捜索」
避難所の奥――かつて保健室だった場所。
僕はゆっくりと扉を開けて、中へ足を踏み入れた。
だが、そこには――誰もいなかった。
五条さんも、小野さんも、佐藤さんも、田中も。
みんなの声も、気配もなかった。
「……そうか。やっぱりな」
そう、わかっていた。
いや、わかっていたはずだった。
現実はいつだって、都合のいい想像を裏切ってくる。
(でも、少しだけ期待してたんだ)
もしもこの扉の先に、あの懐かしい顔ぶれが並んでいたら――
もしも「太一!おかえり!」と笑ってくれていたら――
そんな甘い想像を、ほんの一瞬でも心に抱いていた自分がいた。
僕は静かに、部屋の中央に置かれていた折りたたみ椅子に腰を下ろした。
扉の外では、子供たちの泣き声、赤ん坊の叫び声、大人たちの怒鳴り声がこだましていた。
僕は、深く息を吐きながら立ち上がり、扉を開けて再び表へ出た。
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「み、皆さん!!」
僕は声を張り上げた。
「外の状況は、まだ収まっていません!!
だから――避難所の中で待機していてください!!」
そう言ったとき、僕の視線の先には、子供や女性たちがいた。
そして、次の瞬間から、怒涛の問いかけと怒声が始まった。
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「坊や……いつになったら外に出られるんだい?」
白髪の老婆が、小さな声で問いかけてくる。
「お兄ちゃん……早く外で遊びたい……」
幼い男の子が目を潤ませて見上げてくる。
「……あんた、何なの!?
私たち、いつまでこんなとこに閉じ込められてなきゃいけないの!?」
女子高生が怒鳴りつけてくる。
「はぁ……ほんと、ガキは使えねぇな」
中年の女性が大声で吐き捨てる。
「うわあああん!!あそびたいーーー!!!」
「おぎゃあああ!!おぎゃあああ!!」
赤ん坊の泣き声が混じり、避難所内は混沌とした地獄のような騒がしさに包まれていた。
僕は、その場に立ち尽くした。
怒られてるのか? それとも訴えられているのか?
責められているのか? 励まされているのか?
もう、何もわからなかった。
(……僕、まだ……11歳だぞ……)
心の中で、思わずつぶやいていた。
僕はまだ、小学5年生のガキだ。
誕生日すら満足に祝われたこともない。
それなのに、僕はもう何百という死体を見て、何十という命を奪ってきた。
僕の手は、血で染まっている。
にもかかわらず、大人たちからは「使えないガキ」扱いされていた。
「……もう、やだよ」
そのとき、静かに男の声がした。
「みなさん、落ち着いてください」
人混みをかき分けて、一人の男性警察官が姿を現した。
彼は避難所の守備隊として残されていた、数少ない“大人の男性”の一人だった。
「少年、すまない」
僕に近寄ると、警察官は言った。
「……私は、外に出て戦うことができないんだ。
私は“避難所の安全”を守るよう命令されている」
「いいんです。……僕だって、たくさんの死体を見てきましたから」
僕の返事に、警察官は一瞬、目を見開き、そして小さくうなずいた。
「君は……本当に、強いな」
そう言うと、彼は腰のホルスターから小さな箱を取り出し、僕の手にそっと握らせた。
それは、ハンドガンの専用弾だった。
残弾を確認すると、15発入りのフルマガジン。
「ありがとう……これでまた、動けます」
僕は拳を軽く握った。
警察官は微笑んだ。
「気をつけてな。君みたいな子どもが、こんな時代を生きていること……
それだけで、奇跡みたいなものだから」
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僕は避難所を出て、再び「捜索」を始めた。
建物の間を走り、焼け焦げた車の下をくぐり、崩れた橋を回り道しながら進む。
道中、何度もゾンビに襲われた。
けれど――殺す。
ナイフで喉を掻き切り、弾を撃ち込み、躊躇せず頭を潰す。
ここでは、感傷に浸る余裕なんて存在しない。
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そんな中、僕の頭には3つの疑問が、何度も何度も渦を巻いていた。
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一つ目:森下亮という存在
彼はいったい何者なのか。
戦い方は明らかに“軍人”か“剣士”のそれ。
旧体育館で「C−257」を一刀で斬り伏せた時、僕は震えた。
あれは人間技じゃなかった。
異世界からの転移者なのか?
それとも、僕らより遥か未来から来た存在なのか?
彼は死んだのか――それとも、まだ生きているのか。
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二つ目:地下研究所で見たビデオ映像
あのビデオに映っていた“種族たち”。
エルフ、ドワーフ、妖精、ゴブリン。
ありえないはずの存在が、“解剖”という形で並べられていた。
そして僕は、無意識に――それらの名前を、正確に口にしていた。
なぜだ?
僕はそれらを“知っていた”のか?
見たこともない生物を、なぜ僕は言い当てられたのか?
もしかして、僕の中にも――異常な何かが眠っているのではないか?
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三つ目:インフィニティ過激派組織の目的
ゾンビパンデミック。
開発生物の軍事利用。
そして、地図から消された地下研究所。
彼らは何を求めているのか?
なぜ、こんな地獄を繰り返し生み出しているのか?
すべては、まだ謎のまま。
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僕は足を止め、崩れかけた展望台の上から、新城市を見下ろした。
夕陽が差し込み、オレンジ色の光が瓦礫に反射する。
だが、その光の下には――血と死と絶望が広がっていた。
「でも、俺はやめない」
そう呟くと、僕は再び歩き出した。
どこかで生きている“仲間”を探して。
そして、答えを見つけるために――
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To be continued




