第65話「予想通りの結果」
僕たちは、あの異様な地下階段を降りた先の研究所の前で、静かに息を整えていた。
それは明らかに“人のため”に作られた場所ではなかった。
白くない。明るくもない。
むしろ、朽ちた金属の匂いと、どこからともなく染み出してくる冷気が、この建物が“何かを抱えてきた”証のように感じられた。
――ここは、ただの施設じゃない。
戦場ではなく、“処理済み”の実験場。
誰かがかつて生き、試し、狂い、そして全てを封じた……そんな重さを空気が帯びていた。
僕はみんなの方を向いて、言った。
「さっきと同じグループで動こう。何かあったら、通信機で報告してほしい」
誰も異論は言わなかった。
目と、わずかな頷きだけが、静かな返事をしてくる。
この“沈黙”がすでに全てを語っていた。
今、誰もが直感しているのだ。
ここは――終わりか、あるいは全ての始まりになる場所だ、と。
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僕はスライド式のドアの前に立ち、深呼吸した。
センサーが反応し、「ピッ」という軽い電子音が響く。
その直後、ドアは滑るように左右に開かれた。
「行こう」
僕は一歩、足を踏み入れた。
すぐ後ろに森下さんが続き、そして少し遅れて他のグループがそれぞれ中へと入っていく。
中は、外観通り、陰鬱な色で満ちていた。
壁は灰色、床は鈍く光る金属。
天井には照明があるにはあるが、その明かりは心細く、視界の端がどこか霞むようだった。
床には薄く積もったホコリ。
壁のあちこちに残る“ひっかき傷”のような破損痕。
乾いた錆の臭いと、何かが焦げたような残り香。
これは、ただの“施設”ではない。
ここには“何かが起きた”という事実だけが確かにあった。
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「……とりあえず、分かれて動こうか」
田中が言うと、みんなはそれぞれのグループへ自然と戻っていった。
マスクを着用し、備えつけられていた消毒液を手にかける。
森下さんと僕は、再び二人で廊下を歩き始めた。
どの部屋も重たい鉄のドアに覆われており、鍵はなかったが開けるたびに「ギィィ……」と軋む音が響いた。
だが、どれだけ部屋を調べても、有力な手がかりは見つからなかった。
床に転がる空のカプセル、破れた書類、割れたガラスケース……。
無人でありながら、何かの痕跡だけが、時間を止めたように残されていた。
僕と森下さんは、しばらく黙ったまま、同じ空間を共有していた。
そして――
森下さんが立ち止まり、僕の方を見た。
「太一。俺と……別れて動くのはどうだ?」
僕は驚いたが、その提案にはすぐにうなずいた。
「……それがいいかもしれません。
捜索効率も上がるし、誰かと早く合流できる可能性も高くなりますから。――一石二鳥です」
森下さんは口元を僅かに緩め、そして静かに言った。
「決まりだな」
僕たちは、言葉少なに別方向の廊下へと歩みを分けた。
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別れて間もなく、僕はひとつの部屋の前で立ち止まった。
プレートには何も書かれていない。
それでも、直感が告げていた。
(ここだ……)
扉を押すと、想像通り――そこには一台の古いパソコンがあった。
灰色の筐体。CRTモニター。
かすかな埃を纏って、長い年月を黙って過ごしてきたように見える。
スイッチを押す。
「ブウゥゥン……」という電源の立ち上がる音。
驚いたことに、パスワード入力画面はなかった。
それどころか、OSが立ち上がるとすぐに、デスクトップの中央にひとつだけファイルがあった。
《研究発表》
(……やっぱり、同じだ)
マウスをクリックすると、ファイルが開かれる。
スクロールしながら、僕はその文字列を静かに、けれど目を逸らさずに読んだ。
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研究発表
1970年5月27日
この度「インフィニティ過激派組織(IN)」は、
生物や人間をゾンビ化させる開発に成功しました。
1. ゾンビ
人間がウイルスに感染した姿。集団行動で襲ってくるのが最大の特徴。
2. D-41
犬がウイルスに感染した姿。異常なスピードで接近し、一瞬で噛みつく。
3. C-97
ゴキブリが感染した姿。毒液を発射しながら突進してくる。
4. C-257
カメレオンが感染し巨大化。一定時間透明化し、姿を現した瞬間に攻撃。
5. G-180
ゴリラが感染した姿。爆発以外の攻撃がほとんど効かない、凶暴性を極めた存在。
6. G-315
人間が感染し巨大化した姿。極めて凶暴で、第2形態を持つ。
以上で研究発表を終了します。
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(……やはり、“予想通りの結果”か)
僕は静かにファイルを閉じ、息を吐いた。
あの時――僕、井上、田中、小野さんの4人の中で、僕だけが知っていた“この文書”。
まさか別の場所で、同じ内容を見ることになるとは。
(やっぱり、“すべての元凶”は――)
思考が、過去と今を結びつけたその瞬間。
僕はふと、部屋の奥に「扉」があることに気づいた。
「……え?」
目を凝らす。
鉄製の細いハンドルがついた、見覚えのない扉だった。
(前は……なかったはずだ)
確かに、同じような部屋に入ったが、その時はこんな扉はなかった。
これは明らかに“新しい”存在だ。
「何だこれ……繋がる部屋なんて、なかったのに……」
鼓動が、早くなる。
視界の奥が揺らぐような不安と、好奇心が胸の奥でせめぎ合う。
僕は、そっと扉の前に立った。
(この先には――いったい、何があるんだ?)
ゆっくりと、手をハンドルにかける。
――ギィィィ……
鈍い音が、静寂を破った。
To be continued




