第64話「地下研究所」
北校舎の裏山、その頂に忽然と現れた“見たことのない建物”。
その金属的な無機質さと、不自然に伐採された木々。
ここが、ただの“校外学習エリア”の一部とは到底思えなかった。
僕はみんなよりも一歩前に出た。
心臓の鼓動が、やけに耳の奥で響いていた。
金属製のゲートには、鍵もセキュリティ装置もない。
ただそこに“開けられるように”存在していた。
「太一、待て」
森下さんの声が背後から届いたが、僕は振り返らなかった。
手をかけて、ギィ……と音を立てて重たいゲートを押し開ける。
その瞬間、少し湿った冷気が顔を撫でた。
「……やっぱり、おかしい」
僕は無意識に呟いた。
そして、次の瞬間には、森下さんが僕の横に立っていた。
彼もまた黙って中を見つめている。
鋭い視線が、ただの空間を切り裂くように真っ直ぐだった。
「――ここが、“次の地獄”かもしれないな」
森下さんは静かに言った。
その言葉の意味を理解する前に、背後から足音が近づいてきた。
小野さんが口を押さえて震える声を漏らす。
「は……早く、行かなきゃ……」
けれど、動こうとしても身体が動かない。
まるで足に見えない鎖が絡みついているかのように。
「おかしい……なぜ足が……」
天野君の声が低く震えていた。
博士も苦笑しながらつぶやく。
「以下同文じゃな……この年で“恐怖”がまた蘇るとは……」
それでも、数秒後には皆、意を決したように顔を上げた。
無言のまま、それぞれが一歩を踏み出し、ゲートの中へと入っていく。
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中は、完全な静寂に包まれていた。
床は灰色のセラミックタイル。壁は光沢のある金属。
天井に等間隔で取り付けられた蛍光灯が、じわりとした白光を放っていた。
そして――中央に“それ”はあった。
「……っ!」
僕は、言葉を失った。
中央に口を開けるのは、“地下へと続く階段”。
しかも、その“異様な段数”は、かつて目にしたものとまったく同じ。
あの北校舎の特別室の奥に続いていた、“あの階段”と。
森下さんも立ち止まり、その光景を凝視していた。
「これは……ただの偶然じゃないな」
その直後に続いて入ってきた他の仲間たちも、目を見開き、息を飲んだ。
「……ヤ、ヤバくない……? 段数エグいんだけどっ!!」
佐藤さんが叫ぶように言う。
「地下へ……続いてるんですね、これ……」
時子さんが足元を覗き込みながら、怯えた声を漏らす。
「うっわ……見れば見るほどおかしい段数……まるで底がない……」
普子さんも顔をしかめた。
五条さんが顔を引きつらせながら、弱々しく口を開いた。
「と……とりあえず、みなさん……降り、ますか……?」
だが、僕と井上、田中、小野さん――あの“時”を体験した4人は理解していた。
この階段を降りれば、“地獄”が待っていることを。
けれど、進まなければいけない。
戻るという選択肢は……もはや存在していなかった。
「わかりました。“敬語さん”」
羽田がニヤリと笑いながら言う。
「うん。たしかに、進むしかないね」
髙橋も静かにうなずいた。
「“後ろ見たら負け、前を見たら勝ち”。そう言うしね」
井上がぽつりと呟く。
僕たちは、意を決して階段を降り始めた。
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息が苦しい。
下へ下へと降り続けるにつれ、空気が変わっていく。
じっとりとした冷気。湿った金属のにおい。
光はどこまでも薄暗く、ただ淡く階段を照らしている。
「長い……な……」
誰かの声が漏れた。
休憩スペースも、トイレもない。
降りるしかない。
それだけしか“選ばされていない”。
この道を選んだのではない。
“強制的に”歩かされているのだ――そんな感覚すらあった。
ようやく、足が最後の段差に触れた時、誰もが安堵の息を漏らした。
そして、目の前に現れたのは……
「……自動ドア……?」
ピッ、とセンサー音がして、スライド式のドアが、静かに左右へと開いた。
その向こうに見えたのは――確かに、“地下研究所”だった。
けれど、あの時の“白く輝く研究所”とは違う。
今回のそれは、灰色に染まり、所々に破損や剥離の跡が見えた。
まるで、すでに“戦場”になったあと……いや、“処理済み”の実験場のようだった。
「ここ……繋がってるのかな、前と」
田中がぼそっと呟く。
「いや……建物の構造が違う。前は、校舎からの地下道だったけど、今回は裏山だ。独立した場所かもしれない」
森下さんが冷静に答える。
僕は立ち尽くしながら、かつての記憶を呼び起こす。
――あの時。
北校舎の「特別室」の奥にあった階段。
その先の、五叉路。
その一角に続いていた、“白く輝く研究所”。
――そして今、裏山。
金属ゲートを越え、異様な階段を降り、たどり着いた、陰鬱な地下の建造物。
違うのは構造だけではなかった。
……雰囲気が違う。
……空気が違う。
……そして、何より、“ここには、まだ何かがいる”。
そんな“確信めいた恐怖”が、背中をぞくりと撫でた。
でも、立ち止まってはいけない。
だから、僕は言った。
「みんな。……ここは、おそらく“地下研究所”だ。もしかしたら、この異常事態の“真相”が見つかるかもしれない」
誰も言葉を返さなかった。
だが、全員が頷いた。
目に宿るのは、“恐怖”と“覚悟”。
進むしかない。
……真相に、触れるために。
なぜこの世界は変わったのか。
誰がこのパンデミックを引き起こしたのか。
なぜ僕たちは“選ばれた”のか。
僕は知っている。
――この先に、すべての答えがある。
To be continued




