第63話「見たことのない建物」
北校舎の裏手――そこに伸びる細い道の先に、裏山へと通じる鋼製の扉があった。
僕と森下さんが校舎の裏に出ると、すでに他のみんなはその前に集まっていた。
13人の仲間たちが、静かに、けれど確かな“決意”を胸に抱えた表情を浮かべていた。
その中でも、田中は僕に気づくと勢いよく手を振った。
「太一!! ここだぞ!!」
井上も駆け寄るようにして手を上げる。
「太ちゃん! 早く来てよ〜!」
髙橋は両手を口に添えて叫ぶ。
「太一くーん!! 急いでー!」
こんな状況下でも――笑顔を見せてくれるみんな。
僕は嬉しくて胸が熱くなった。
でも、心のどこかで、こうも思っていた。
(――無理やり、笑ってるのかもしれない)
何もかもを忘れたように笑えるほど、今の状況は甘くない。
でも、それでも僕たちは“子ども”であり、“生きている”存在だ。
それだけは、忘れたくなかった。
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「遅れてごめんね、みんな……」
僕がそう言うと、五条さんがにこやかに首を振る。
「そんなことないですよ、太一君。」
佐藤さんも、腕を組みながら言葉を添えた。
「そうそう。五条の言う通りだよ。ってか、そこの変人が一番遅れてたしね。」
「……俺に言ってんのか、それ?」
森下さんがぼそっと言うと、佐藤さんは肩をすくめて小声でつぶやく。
「あたりまえじゃん。誰に言ってんのよ。」
そのやり取りに、時子さんが小さな声で割って入る。
「そ……そんなこと、言っちゃダメですよ……花さん……」
田中が口を押さえて笑いをこらえる。僕もつられて笑ってしまった。
(なんだろう……こんな時間が、ずっと続けばいいのに)
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井上が言った。
「それじゃ、みんな! 裏山に行こう!」
「そうですね……急がないと、日が落ちちゃうかも……」
時子さんが、不安そうに空を見上げた。
羽田が拳を掲げて声を張り上げた。
「よし! みんな見てろよ!! 俺が一番に登り切ってやる!!」
ドタドタと先頭を駆け出す羽田。
その勢いに釣られて、みんなも扉をくぐり、裏山への小道を登りはじめた。
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山道は思ったよりも傾斜があり、汗がじっとりと額ににじむ。
それでも、みんなは文句も言わずに前へ進んでいた。
登るごとに、山の緑が濃くなる。
草木が風に揺れ、カサカサと控えめな音を立てていた。
蝉の声が、どこからともなく響いてくる。
「ジィィィィ……ジジ……ジィィィィィ……」
そして突然。
「……あの……みんな……!」
列の途中から声が上がった。
振り返ると、それは普子さんだった。
顔が真っ赤で、眉がひくついている。
「どうしたんですか、普子さん?」
時子さんが心配そうに声をかける。
すると普子さんは、両手で自分の股を押さえながら、小さな声で叫んだ。
「ト……トイレ……行きたくなったからっ(。>﹏<。) 先に行ってて……!」
その場が一瞬、静まり返った。
空気がピン、と張り詰める。
……と、次の瞬間。
「えっ!? でも、待ってた方が――」
五条さんが慌てて言いかけるが、普子さんは彼を睨みつけるように言い放った。
「五条!!! 私は子どもじゃないの!!
高校2年、17歳、身長145センチ!! 低身長でも子ども扱いしないで!!」
「す、すいませんでしたああぁぁ!!!」
五条さんは土下座寸前の勢いで謝った。
普子さんは少し怒りを引っ込め、小さく肩をすくめる。
「……わかればいいのよ、まったく……」
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みんなは彼女に気を使って、少し前方まで先に進むことにした。
そして、普子さんが見えなくなった頃――
彼女は山道の脇に腰を下ろし、ズボンを下ろした。
草を踏み分ける音、ザザ……ザッ……。
軽く息を吐きながら、しゃがみこむ。
背後で風が枝を揺らす、カサ……カサカサ……。
一瞬、小さな石が転がる音――コロ……カラン……。
静寂の中、わずかな用を足す音が、地面に吸い込まれるように響いた。
チョロ……チョロチョロ……。
遠くから鳥の鳴き声がかすかに重なる。ピィ……ピピ……。
彼女は慌ててポケットからハンカチを取り出し、素早く身なりを整える。
ズボンを引き上げる音――スル……シュッ。
(……みんなに遅れないように、すぐ戻らないと)
トイレを済ませ、ズボンを履き直すと、彼女は軽快な足取りで山道を駆け上がっていった。
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それから数分後。
普子さんは、ようやくみんなに追いついた。
「き……来たよみんな……」
息を切らしながら言葉を吐く。
だが、その声は、誰にも届かなかった。
なぜなら――
みんなが“固まっていた”からだ。
全員が、口を閉じ、ただ一点を見つめていた。
普子さんも、その視線の先をたどる。
その先にあったのは――
見たことのない建物。
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コンクリート製の灰色の壁。
背丈よりも高い金属のゲート。
窓もなく、まるで監獄のような無機質な外観。
そしてその周囲には、木々が不自然に“伐採された跡”があった。
「……なんだ、これ……」
太一がつぶやいた。
「こんな建物……この裏山にあったか?」
井上が首を振る。
「いや、俺は毎年この山で“校外学習”してるけど……見たことない。」
羽田が小さく唸った。
「まるで……地面から生えてきたみたいだな。」
五条さんが肩をすくめる。
「学校の施設じゃないのは、確かですね……」
「これは……ただの“建物”じゃない。」
森下さんが前に出て、刀の柄にそっと手を添えた。
「――ここが、“仕組まれた終点”の可能性もある。」
太一の心臓が、高鳴った。
「(もしかして……僕たちが、また“巻き込まれてる”?)」
全員が、無言で“その建物”を見つめた。
そこに何があるのか、誰も知らない。
だが、進むしかない。
進む者だけが、“未来”を知ることができる。
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To be continued




