第62話「裏山へ」
視点は変わり、太一と森下亮のグループ。
2人は旧体育館での激闘を終えたあと、すぐに校舎へ戻り、北校舎1階の「1−1」の教室で一息ついていた。
教室の窓から差し込む西日の光が、床を橙色に染めていた。
学校という場所のはずなのに、そこには子どもらしい笑顔や喧騒の欠片すらない。
ただ、静けさと、息の詰まるような緊張感が張り詰めていた。
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太一は、床に腰を下ろしながら、そっと森下さんに尋ねた。
「ねえ…森下さん。少し聞いてもいいですか?」
森下は、教卓にもたれかかるようにして座りながら、ゆっくりと顔を上げる。
「“聞きたいこと”?……何だ?」
「さっきのことなんですが……。
なんで、あのカメレオンを一撃で倒せたんですか?」
太一の声は純粋な疑問と、少しの敬意、そして戸惑いが混じっていた。
彼にとって森下の剣捌きは、あまりにも人間離れしていた。
だが、返ってきた答えは予想に反して、あっさりとしたものだった。
「偶々……上手くいっただけだ。」
「え……はぁ?」
その曖昧さに太一は眉をひそめた。
「そのままの意味だ、太一。俺は別に“特別”じゃない。
ただ運良く、隙を突けただけさ。」
「でも……それって――」
「太一。」
森下は鋭く言葉を差し込んできた。
「この話は、ここまでにしよう。
俺はな……“異世界の勇者”でもなければ、なろう小説の主人公でもない。
今までだって死にかけたことが山ほどある。
それでも生きてるのは――“たまたま”だ。」
静かに、けれど確かな重みを持って言い切った。
その言葉の裏にある経験の数々を、太一は想像するしかなかった。
「……分かりました。反論、できません。」
「それでいいんだ、太一。」
森下はわずかに微笑んだように見えた。
「だがな……俺にだって、守りたかった命がある。
それが今の俺を、形作っている。」
「……守りたかった命?」
不意に出たその言葉に、太一は再び顔を上げた。
「誰を……守りたかったんですか?」
森下は少し俯き、目を閉じた。
そしてゆっくりと語り始めた。
「――幼女たち、女性たち、老女たち……そういった“命”を、俺は守れなかった。
当時の俺には、“力”がなかった。
それが悔しくて……眠れない夜が何度もあった。」
その言葉に太一は驚いた。
何故、そこまで具体的に“女性の層”を言い分けるのか。
「森下さん……それって、“大切な人たち”って言えば済む話じゃ……?」
ふと、そんな疑問が心の中をよぎった。
でも、それを言葉にすることはできなかった。
森下は続ける。
「この刀は、俺の“命の恩人”から受け継いだものだ。
その人も、今ではどこか遠くに行ってしまったが……
戦うたびに、その人の“声”が聞こえてくる気がする。」
森下が腰の刀に手を添える。
――それは、ただの武器ではない。
過去の誓いであり、失った命の代償であり、今を生きる“根拠”なのだ。
その静かな語りに、太一は心を打たれた。
まるで、森下さん自身が、時間と命を背負って戦っているようだった。
そんな時だった。
教室に響く、“ピピッ”という通信機の音。
森下の腰につけていた機器から、誰かの声が流れてきた。
「太ちゃん……太ちゃん、聞こえる?」
声の主は――井上翔だった。
太一は驚きながら通信機に手を伸ばす。
「な……何? 翔ちゃん?」
「今ね、玲奈と勇気、それから佐藤さんと一緒に行動してるんだけど……
捜索しても手がかりが全くなかったんだ。」
「えっ!? でも、翔ちゃんって……玲奈と2人だったはずじゃ……」
「ああ、それはね、俺から提案したんだ。
『一緒に捜索しませんか?』って。
そしたら2人とも『いいよ』って言ってくれてさ。」
「そ……そうか。なら安心した。」
太一が通信を終えようとしたその瞬間――
井上が慌てて続けた。
「あっ!! もう一つ伝えたいことがあった!」
「お、おどかさないでよ! 何?」
「次の捜索場所なんだけど……
**“裏山”**に行こうと思ってるんだ。」
「……裏山!? あの、北校舎の北側にある?」
「うん、そう。それぞれに通信して、みんなに『北校舎の裏に集合しよう』って伝えてある。」
「……分かった。今すぐ行くよ。」
「じゃあ、待ってるね。」
通信が切れ、教室には再び静けさが戻った。
太一は立ち上がり、森下の方へ振り向く。
「森下さん。行きましょう。」
森下も立ち上がり、刀の柄に手を当てながら頷いた。
「ああ……行こう。」
2人は教室を後にし、北校舎の外へと続く廊下の扉を押し開けた。
そこから見えたのは――
夕陽に染まる校庭と、鬱蒼とした緑が広がる“裏山”。
この先に、どんな危険が待っているのかはわからない。
だが、戻ることのない覚悟だけは、すでに2人の中に芽生えていた。
そして、太一の心にはひとつだけ確かなことが残っていた。
「もう……校舎には戻らないだろう。」
その言葉が、教室の扉を閉じる音とともに、過去の自分に鍵をかけた。
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To be continued




