第61話「世界一の天才博士と日本一の天才小学生」
視点は変わる――静まり返った現体育館。
柔らかく射す午後の陽射しが、窓から差し込み、床の木目を照らしていた。
ここには、天野日佐知香と長谷川普子の2人の姿があった。
天野君は、体育館の隅――管理室と倉庫の捜索を終えたあと、体育館中央にポツンと座っていた。
その背中は、まだ小学生らしい幼さを残しながらも、どこか哀愁を帯びていた。
「何してるの?天野君?」
ステージの上から声をかけたのは普子さんだった。
小柄ながらも眼差しは鋭く、どこか見守る姉のような優しさを含んでいた。
「手がかりがなかったから、座ってるんです。」
「そ、そうなんだ。」
「普子さん、手がかりは見つかりましたか?」
「嫌、なかった。ごめんね…見つからなくて。」
「大丈夫ですよ。僕も見つからなかったので。」
ほんの一瞬、静かな時間が流れた。
ステージの上で照明に照らされた普子さんが、ふと思い出したように尋ねた。
「ねえ、天野君……聞きたかったことがあるんだけど。」
「質問ですか? 色々聞いてもいいですよ。」
「……漢検や数検、英検がそれぞれ1級で、運動も超一流。
雑誌の表紙に何度も載ったことある“超優秀児”。
もしかして……あなた、『日本一の天才小学生』の天野日佐知香君なの?」
天野君は、一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに微笑み返した。
「そうだよ。僕は、天野日佐知香。気づいてたんだね。」
「嫌……有名人だから、すぐに気づいたの。名前見た時には、もう確信した。」
「そうなんですね。」
天野君は立ち上がり、ステージの方へ歩き始めた。
「とりあえず、体育館から出て、校舎に戻りましょうか。」
「そ、そうだね。」
2人が並んで体育館の出口に向かおうとしたとき――
扉が静かに開いた。
そこに立っていたのは――Big博士と、長谷川普子の妹、時子だった。
「お……お姉ちゃん。」
「時子!! 大丈夫!? 怪我はなかった?」
「う、うん。大丈夫。」
再会に少し安心した表情を見せる姉妹。
だが、次の行動を迷っている間に、天野君が口を開いた。
「その前に、博士と2人で話したいことがあります。
普子さん、時子さん……先に校舎に戻ってくれませんか?」
「えっ……? そ、そうなの? うん、わかった。
行こう、時子。」
「う、うん……お姉ちゃん。」
2人が去った後――
体育館には、天野君とBig博士の2人だけが残った。
沈黙が満ちる中、天野君はまっすぐ博士を見上げて言った。
「博士……ひとつだけ、聞きたいことがあります。」
「なんじゃ?」
「あなたは……どうして『世界一の天才』になったんですか?
その理由を、教えてほしいんです。」
博士は少しだけ目を細め、深い皺の奥から穏やかな眼差しを送った。
「……なぜ、そんな質問を今するのかね?」
「今までずっと考えていたんです。
人はどうして“そこ”まで到達できたのか――
その答えを知りたくなったんです。」
博士は、ほんの一瞬だけ目を閉じると、静かに頷いた。
「……そうか。ならば、ワシの話を特別にしよう。
これは、誰にも語ったことのない過去じゃ。」
その口調は、過去を振り返るように、どこか懐かしさを含んでいた。
「ワシが『世界一の天才』を目指すようになったのは――1970年5月30日、
あの日に起こった『グアム事件』がきっかけだった。」
「グアム事件……?」
「うむ。あれは、グアムにある研究所が崩壊した事件として、ニュースで報じられた。
しかし――真実は違った。」
「……違った?」
博士は深く頷いた。
「あれはただの“倒壊事故”ではなかった。
裏で糸を引いていたのは――『インフィニティ過激派組織』……すなわち、“IN”じゃ。」
「“IN”……!」
天野君は思わず息を呑んだ。
自分たちが今、命をかけて戦っている組織、その源がここにあったのだ。
「事件の2週間後、現場周辺の捜索によって、“IN”の旗が見つかった。
それにより、この研究所がインフィニティの秘密施設だったと明るみに出た。」
「……そんなことが……」
「ワシはそのとき、まだ30歳じゃった。
だが、その事件でひとりの人物に出会ったのじゃ。」
天野君の目が輝いた。
「……誰なんですか、その人は?」
博士は一歩、天野君に近づき、静かに腰をかがめた。
そして、誰にも聞こえないように――天野君の耳元で囁いた。
天野君の表情が、驚きに染まる。
「えっ……? 本当なんですか……? それ……」
博士は微笑み、短く答えた。
「……ホントじゃ。」
しばしの沈黙が流れた後、2人は歩き出す。
木の床を踏みしめ、静かに体育館を後にした。
――その場に残されたのは、ただ陽射しと沈黙だけ。
2人だけが知る、「始まりの真実」。
そしてその真実は、後に世界を左右する“決断”へとつながっていくことになる。
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To be continued




