第60話「危ない3人」
視点は変わり、北校舎2階――夏の光が窓から差し込む、蒸し暑い廊下の先にある「調理準備室」。
羽田大地、小野明日香、五条守の3人は、少しの休憩のためにここに集まっていた。
「はぁ……はぁ……早速疲れてしまったぜ……」
羽田は自らの汗を腕でぬぐいながら、床に座り込む。
エアコンの効いた室内は多少涼しいが、それまでの移動は、灼熱の陽射しと熱風にさらされていた。
「はぁ……汗搔いちゃいました……晴れていて廊下は、とても暑くなっていますね。」
小野さんもハンカチで額を押さえながら、カーテン越しに空を見上げる。
彼女の顔には疲れの色が浮かんでいたが、それでも静かに微笑んでいた。
「そ……そうですね。ここはエアコンも効いてるので……」
五条は、いつものように少し気弱そうに相槌を打つ。
控えめな口調と丁寧な言葉遣いが、逆にこの緊張した空気の中で安心感すらもたらしていた。
そんな中、小野さんがふと尋ねた。
「聞きたかったんですが……なんで五条さんは、私と羽田さんに対して敬語なんですか?」
「えっ? そ、それは……ちょっとしたクセで……」
答える五条は、どこか動揺しているようだった。
「そうだとしてもおかしいなーー。じゃ……これから五条さんのあだ名は、『敬語』で決まりですね!」
「……えっ?」
唖然とした五条を無視して、羽田は急に立ち上がり、慌てた様子で言う。
「あっ!!ちょ……ちょっと、トイレ行きたくなった。……調理準備室を出て、隣のトイレで足してくる!」
「えっ!? ちょっと待ってください羽田さん!!」
「そ、それは危険すぎます!!」
小野と五条が声を上げるが、羽田はすでにドアを開けて走り出していた。
残された2人は顔を見合わせ、焦りと不安を隠せない。
「廊下には大勢のゾンビがいるってのに……」
「用を足してる時に襲われたら……まずいですよ。」
その時だった――
「ドシ……ドシ……ドシ……ドシ!!!」
低く響く振動のような音が、隣の「調理室」から伝わってきた。
「な……なんですか今の音……!?」
「ぼ、僕……一応見に行きます。……多分隣ですね。」
「ほ……ホントに行くんですか!? 危険ですよ……!」
「でも……ここで動かないと、『積むだけ』って、花さんが言ってたんですよ。」
覚悟を決めたように、五条は調理準備室の扉を開け、隣の調理室へと向かっていく。
薄暗い調理室には、まだ日の光が届いておらず、奥の方まで目視できなかった。
「はぁ……なんだ……何もいなかった……」
安堵したのも束の間――
「ドシ……ドシ……ドシ……ドシ!!!」
先ほどと同じ音が、五条の背後から聞こえてくる。
彼はおそるおそる振り向いた。
そこには、鋭い爪と異常な舌を持ち、全身が半透明になりかけている“生体兵器”――C-257がいた。
「な……なんだこの……巨大カメレオンは!!」
動揺する五条の元に、慌てて小野さんが駆け込んでくる。
「ど……どうしたんですか!? 五条さん!!……うっ!!」
彼女もすぐに“それ”の姿を目にした。
全身がぬるりとした粘液に覆われており、複数の触手のような舌を持つC-257。
その姿は、羽田が過去に戦い、命を落としかけた“あの時の怪物”と瓜二つだった。
小野さんの顔から血の気が引く。
(このカメレオン……あの時、羽田さんが戦った生物と同じ……)
しかし、2人の手元にあるのは、護身用のナイフ1本だけ。
“あれ”に太刀打ちできるわけもない。
「グォぉぉぉぉ!!!!!」
C-257は吼えたかと思うと、触手のような舌を伸ばしてきた。
「――ッ!!」
絶体絶命のその瞬間だった。
「ドンッ!!」
調理室の扉が、勢いよく開いた。
そこにいたのは――羽田光世だった。
「おい!!! 化け物!!! お姉さんに手を出したな!!」
彼は右手に光沢のある丸い物体――グレネードを握っていた。
「俺がトイレで見つけた『グレネード』を喰らえーーーーー!!!!!」
羽田は、ありったけの力でグレネードを投げつけた。
「お姉さん!!! 敬語!!! 早く廊下に!!」
小野さんと五条は、その声に応じて急いで調理室から飛び出した。
直後――
「バゴーーーーーーーン!!!!!!」
爆音とともに、凄まじい衝撃波が廊下にまで吹き抜ける。
調理室に隣接していた家庭科教室の壁が吹き飛び、床が崩落し、C-257の姿は煙の中に消えた。
3人は、そのまま南校舎2階にある「4-1」の教室まで一気に駆け込んだ。
「はぁ……はぁ……間一髪だったな……」
教室に入り、ようやく落ち着いた五条が、重たい呼吸を整えながら問いかける。
「羽田さん……なんでグレネードなんか……トイレに行く前は持ってなかったはず……」
羽田はどや顔で胸を張る。
「トイレにあったんだよ!! 奇跡と思わないか!!?」
「……思ったら……奇跡ですね。」
小野さんがほっと微笑んだ瞬間、羽田が顔を真っ赤にして言う。
「あと……お姉さん(。>﹏<。)」
「な……何、羽田さん。」
「世界が平和になったら……一緒にお茶でもどうかなぁー?」
その言葉に、小野さんはスッと冷静な顔に戻り、ひとこと。
「お断りします。助けたのは褒めますが、“お姉さん”というのは、もうやめてください。」
「は……はい……」
どこか照れ笑いを浮かべながら、それでも“救った”という事実に満足そうな羽田。
小野さんも少しだけ、頬を緩めていた。
それが、“命の恩人”に向ける、ささやかな優しさだったのかもしれない。
だが――
この爆発音は、他の“敵”にも確実に届いていた。
次なる戦いは、もうすぐそこに迫っていた。
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To be continued




