第53話「再会」
僕たちは、2005年7月15日・午後7時、練馬第一公園に戻ってきた。
空には夕焼けが広がっていた。風はあたたかく、地面は乾いていて、セミの鳴き声が少しずつ響いてくる。
どこにも、ゾンビはいなかった。
どこにも、化け物の気配はなかった。
――未来は、変わった。
「とりあえずみんな…家に帰ろうよ。」
そう僕が言うと、みんなが静かにうなずいた。
「そ……そうだな……母ちゃんと父ちゃんの顔…見たいし。」
「久々に…楽しい生活が……」
「ママとパパに……会える……」
その言葉に、誰も続けようとはしなかった。
言葉はいらない。今、何よりも欲しいのは、“日常”だった。
僕たちは、ゆっくりとそれぞれの道を歩き出した。
誰も笑わず、でも、誰も泣かなかった。
静かに、確かに、帰るべき場所へ向かって歩いていった。
***
僕は、走るように家に向かった。
心臓がバクバクと波打ち、汗がにじんでくる。
でも止まらなかった。
ずっと、ずっと会いたかった――ママとパパと、博士に。
ようやく、家が見えた。
懐かしい玄関。植木鉢も、傘立ても、新聞受けも、全部変わっていない。
ドアの前で、僕は立ち止まり、心の中で叫ぶ。
《頼む…博士…いるよね? いつも遅かった訳は、キャロットのせいだよね?》
勇気を出して、ドアを開ける。
「太一、おかえり。」
――そこには、玄関に立つママの姿。
あまりに普通なその光景に、僕は立ちすくんだ。
夢なんかじゃない。本当に……帰ってきたんだ。
僕は返事もそこそこにリビングに走り込む。
「太一!! 先に手を洗って、うがいしてね!!」
――この小言すら、今は懐かしくて、愛おしい。
リビングにはパパがいて、テレビを見ながら振り向く。
「太一、おかえり……怪我はしてない?」
「うん!! 大丈夫だよ!! ちょっと自分の部屋に行ってくる!」
パパの声も懐かしい。
僕はそのまま2階へ駆け上がった。
そして、あの部屋の前に立つ。
《お願いだ……居てくれ……博士……。》
ノブを握りしめて、ドアを開けた。
そこには、椅子に座って机に向かっている博士の後ろ姿があった。
カリカリとペンの音。書類をめくる手の動き。
博士が、ふと振り返る。
「おや……太一じゃないか。」
そして、もう一言――
「おかえり。」
――僕は、限界だった。
その場で博士に飛びつき、声を上げて泣いた。
「ゔぅあああああああぁぁぁぁぁん!!!! 博士!!!」
博士は驚いた顔をしながらも、僕の背中に手をまわした。
「どうしたんじゃ太一? なにか嫌なことでもあったのか?」
僕は、涙をぬぐいながら言った。
「ちょっと……なんか、久々な感じがして……」
博士は微笑んでこう返した。
「そんな訳ないじゃろ? ワシはいつも……早く帰ってきているんだから。」
――その瞬間、僕は確信した。
未来は、変わった。
博士は「インフィニティ」の一員ではない。
僕の知っている、“優しいおじいちゃん”のままだ。
***
その夜、僕たちは家族そろって夕食を食べた。
ママが作ったご飯は、涙が出るほど美味しくて。
パパはテレビのニュースを見ながら、いつも通り文句を言っていて。
僕はその光景を、胸に焼き付けた。
食後は博士と一緒にテレビを見て、お笑い番組に笑い転げた。
お風呂に入って、髪を乾かして、歯を磨いて、寝る準備をして。
2人分の布団を敷いて、博士と一緒に布団に入った。
部屋は真っ暗で、外からは虫の音だけが聞こえる。
しばらくして、博士がぽつりと口を開いた。
「太一……もしも、この世界が“滅亡”の道を歩んでいったら、太一自身はどうするんじゃ?」
突然の問いに、僕は少し戸惑った。
「えっ? なんでそんな質問を……?」
でも、僕は冷静に――そして強く答えた。
「僕は……戦いたい。
誰かが動かないと、“再建”の世界は作れないから!!」
博士はしばらく黙っていたけど、やがて笑ってこう言った。
「そうなんじゃな……これからも頑張ってくれよ!!」
その言葉が、僕の胸の奥に、しっかりと残った。
「博士。おやすみなさい。」
「おやすみ、太一。」
静かに、夜が更けていった。
――だが、物語はまだ、終わっていない。
次に待ち受けるのは、“真実の世界”だった。
To be continued




