第51話「決着と終止符」
息が苦しかった。
腕も、脚も、重くて動かしづらかった。視界も滲んでいて、何もかもがぼやけて見えた。
それでも僕は、キャロットに立ち向かった。
「ハァ……ハァ……クソガキが……こんなに“強者”とは……」
キャロットが口元を歪めながら吐き捨てるように言った。
その顔は血まみれで、目の下には大きなクマ。息も明らかに荒く、肩が上下に揺れていた。
「ハァ……ハァ……当然だろ……お前に勝たなきゃいけないんだからよ……」
僕もまた、疲労と出血で限界に近かった。それでも――
「喰らえ!!! キャロット!!!」
僕は、最後の力を振り絞って、前へと突っ込んだ。
しかし――
「ラージクロー・ネイルウォール!!」
キャロットの叫びとともに、地面が割れ、**巨大な“爪の壁”**が眼前に現れた。
鋭い、漆黒の爪。まるで岩をも貫くほどの強度と威圧感。
それが何枚も連なって、“絶対防御”の形を作っている。
――ぶつかったら、間違いなくバラバラにされる。
だけど、僕の足は止まらなかった。
いや――止めるつもりはなかった。
(ここで引いたら、みんなの想いを裏切る……)
僕は、あの人たちの顔を、心に浮かべた。
家を出るきっかけとなった、ゾンビ化したママ。
最期まで天才のまま維持し、僕の手で命を絶った日佐知香。
傷を背負いながらも、最期まで僕を助けてくれた羽田。
ふざけた奴だったけど、最期は静かになりながら死んだ太田。
最期の前に、元に戻り、尊敬していた博士。
全てをかけて僕たちを導いてくれたローラ隊長。
痛々しい姿で殺された髙橋――
僕はあの日、全てを喪った。
でも、その全ての「痛み」と「記憶」が、今の僕を支えている。
だから。
「キャロット!! これがお前の最期だ!!」
「瞬脚・裂陣!!」
その技名を叫ぶと、僕の両脚から衝撃波のような風圧が生まれた。
音を置き去りにして、僕の身体は突き進む。
まるで時間がスローモーションになったかのように、目の前の“爪の壁”がゆっくりと迫ってくる。
その向こうに、キャロットの瞳があった。
ひときわ大きく見開いた、恐怖の色を浮かべた瞳――
「ドオォォォォォォォォン!!!!!!」
轟音。
風圧。
爆発的な衝撃。
そして――壁が、砕け散った。
鋭い爪は、粉々に砕かれて宙を舞い、キャロットはその衝撃で吹き飛ばされた。
「ゔああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
キャロットの絶叫が、研究所の階層に響き渡る。
彼の体は大きく宙を舞い、そして――
「ガッシャアアアアン!!!!!!」
4階から、彼はそのまま真っ逆さまに落ちていった。
下は――冷たく硬い、コンクリートの床。
そして数秒後に響く、「何かが砕けたような音」。
「バンーーーーーーーーーー!!!」
その音は、まぎれもなくキャロットの最期の音だった。
……静寂が訪れる。
あれほど凶悪で、不死身に思えた敵が、倒れた。
立ち尽くしていた田中と井上、小野が、一瞬呆然とした表情を浮かべ、そして――
「太一!!やったじゃねぇか!!!!」
田中が駆け寄り、肩を叩いてくる。
「ほんと……太ちゃん、すごいよ!!」と、井上が笑顔で涙を浮かべる。
「……かっこよすぎます……太一さん……」と、小野も目を赤くしていた。
僕は肩で息をしながら、言った。
「……終わった……のか……?」
答えは、まだ誰にもわからなかった。
でも少なくとも、今この瞬間――
僕たちは、“最初の終わり”を迎えた。
だが、それは“物語の終わり”ではない。
まだ「インフィニティ」という名の、本当の黒幕が残っている。
でも、今だけは。
ほんの今だけは――
この勝利を、噛み締めさせてほしい。
僕は、空を見上げた。
どこまでも高く、果てしなく、青い空を。
過去でも、未来でもない、**“今”**を刻んだ空を。
To be continued




