第5話「集団」
太一はしゃがみ込んで涙をこぼしていた。嗚咽混じりに肩を震わせていると、背後から足音が近づいてきた。
「太一くん。」
振り返ると、そこには小野さんが立っていた。手には白い包帯が握られている。
「小野さん……早かったですね……。」
「包帯を持ってきました。それと……金森さんはもう……」
言葉を選ぶように、小野さんは静かに言葉を濁す。太一はそれ以上聞かなかった。ただ、小さくうなずいた。
「……わかりました。また行動しますね。」
小野さんは無言で太一の右肩に包帯を巻いた。傷は浅いが、痛みと恐怖は心に残っていた。包帯が巻き終わると、太一は静かに立ち上がった。
次に向かったのは、校舎の三階だった。薄暗い廊下を歩きながら、彼は音楽室の前で足を止めた。ドアを開けると、そこには健二と太郎がいた。二人は机の上の歌詞カードをじっと見つめ、何やら悩んでいる様子だった。
「誰だ!!?」
健二が反射的に叫ぶが、太一の顔を見てホッとしたように声のトーンを落とす。
「なんだ、太一か。」
「たいちにいちゃん!! きたんだね!!」
太郎が笑顔で駆け寄る。太一は彼らの視線の先、歌詞カードに目をやった。
「健二さん、歌詞なんか見て、どうしたんですか?」
「これ見ろよ。」
健二が指さしたその端には、黒いインクでこう書かれていた。
――「この曲を轢くべし」
「……轢く?」太一が首をかしげた。
「ピアノでひくのはどう?けんじにいちゃん!」と太郎が無邪気に言った。
「無理に決まってんだろ!? ピアノなんて弾いたことすらねぇんだぞ!!」
だが、太郎はそんな健二の言葉を無視するように、歌詞を譜面台の上にそっと置いた。
その瞬間――
音もなく、ピアノの鍵盤が勝手に動き出した。誰も触れていないはずのピアノが、まるで意志を持ったかのように旋律を奏で始めた。
「はぁ!? いったいどうなっているんだ……?」
「ピアノが……勝手に……」
「うわぁ!! すごーーーーーーい!!」
太郎は目を輝かせ、音楽に夢中になっていた。
しかし――
廊下の奥から、低く湿ったような鳴き声が響いた。その音に空気が凍りつく。三人が振り返ると、扉の向こうには、ゴリラのような異形の生物が複数、じっとこちらを見つめていた。
「うわぁ!! なんだなんだ!!?」
太一が叫ぶ間もなく、一体の生物が猛然と太一へ飛びかかってきた。次の瞬間、健二が太一を突き飛ばす。
「危ねぇ!!」
ゴッ――!
生物の爪が健二の腕を直撃し、そのまま引き裂いた。
「うあああああああああああ!!!!!」
太一は声を失った。健二の右腕が、肩から無残にちぎれて転がっていた。
「健二さん!!! 大丈夫ですか!!!?」
「だ、大丈夫だ……!」
そう言った矢先、生物たちは健二に群がった。牙をむき出しにし、彼の体にガブリと噛みつく。肉が引き裂かれる音が、音楽室に響いた。
「うあああああああああああ!!! 痛でえぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」
健二の絶叫の隙を突いて、太一は太郎を連れ、ピアノの裏に身を潜めた。息を殺して身を縮めるが、生物たちは咀嚼の手を止めることなく、鋭い視線をこちらへ向けてきた。
「……見つかった……」
次の瞬間、異形たちが一斉に吠えた。
「うおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
その声が、脳を揺さぶるように響く。
太一は震える手で腰のホルスターからハンドガンを引き抜いた。迷いのない目で生物たちを睨みつける。
「……殺るしか……ないのか?」
そして、引き金に指をかけた。
――襲いかかる生物の群れ。
果たして、太一たちの運命は――
To be continued