第47話「大爪の実力」
地面を蹴ったキャロットの影が、黒い残像のように視界をよぎる。
「――くっ!」
僕は即座にハンドキャノンを構え、引き金を引いた。
「バン!」 「バン!」 「バン!」
銃声が鳴り響くたび、手に伝わる衝撃と熱。けれどその先、キャロットの姿はすでに消えている。
「おせぇよ。反応も、弾道も。」
後ろから風が走る。振り返る暇もなく、キャロットの声が耳を貫いた。
「ラージクロー!!」
その瞬間、世界がスローになる。
真横から突進するキャロットの姿が、まるで映画のワンシーンのように見えた。
右腕が光を弾くほどの爪を生やし、獣のように振りかぶって――。
「ぐああああああああッ!!!!!」
左肩を貫く激痛。爪が肉を裂き、骨に触れたのを感じた。
意識が飛びそうになる。目の前が白くなりかける。
「……まだ……まだだ……!」
僕は膝をつきながらも、歯を食いしばった。
この程度で、倒れるわけにはいかない。
倒れたら終わる。僕の物語も、みんなの未来も、すべてが。
キャロットは冷たい眼差しで僕を見下ろして言った。
「ほう……まだ立てるか。脆いくせに、粘るな。」
僕は左肩を押さえながら、再びハンドキャノンを構えた。
右手だけでも……狙える。引き金を、引ける限り。
「バン!」「バン!」
「バン!」「バン!」
何発も撃った。狙った。引き金が擦り切れるほどに。
それでも当たらない。キャロットの動きは速すぎるのだ。
人間離れした反応速度、予測不能の軌道、そしてあの巨大な爪。
あれを一体どうやって攻略すれば――。
「どうした? 弾がもったいないぞ?」
キャロットは挑発のつもりもないようだった。
本当に“失望”している、そんな目だった。
まるで“舞台に上がったピエロ”の演技に退屈している観客のような。
「……くそ……が……!」
僕は唇を噛みながら、震える指で最後の一発を込めた。
残り――一発。
キャロットはニヤリと笑って言った。
「そうか、それが最後の一撃か。なら……当ててみろ、クソガキ。」
僕は銃口をキャロットに向けた。
息を殺し、手を止めず、狙いを定めた。
汗が指を滑らせそうになるのを抑え、引き金に全神経を集中する。
「――これで……終わらせる!」
「バン!!」
銃声が響いた。
しかし――空中に飛び退いたキャロットの姿が、そこにあった。
「ふん、惜しかったな。」
その直後、キャロットの片足が勢いよく振り上げられ、僕の腹部を直撃した。
「ぐっ……はッ……!!」
衝撃で吹き飛ばされ、背中から床へと激突した。
そして頭がコンクリートに強く打ちつけられる。
「ゴンッ!!」
世界がぐらつく。視界が傾き、上下が曖昧になる。
声が、聞こえる。
――「しっかりしてくれ! 太ちゃん!」
――「起きてください…お願いします!」
――「キャロット……てめぇ……絶対にぶっ殺す!!」
僕は、返事ができなかった。
瞼が重い。頭がズキズキする。肩が焼けるように痛い。
すべての感覚が、遠ざかっていく。
そして――
「……」
目を閉じた。
光も、音も、熱も、消えていく。
意識の底で、自分に問いかける。
――僕って……なんで、こんなに「無能」になったんだろう。
力が足りない。
才能も、戦術も、運も足りない。
でも、それでも……。
(……負けられない。)
(絶対に、負けるわけにはいかない。)
暗闇の中、胸の奥で何かが小さく光った。
それは――誰かの笑顔だった。
あの日、一緒にご飯を食べた日。
一緒にゲームして、一緒に笑った日。
僕はまだ、あの世界に戻っていない。
あの場所に、帰れていない。
だから――
(まだ……終われない。)
To be continued




