第46話「開幕」
――お前と一対一をしてもらう。
その言葉は、まるで処刑宣告のように僕の耳に突き刺さった。
「……は?」
咄嗟に反論の声が漏れる。
「なんで……? 1対4じゃないのか? おかしいだろ、そんなの!」
だが、キャロットは表情を一つも変えず、静かに、そして当たり前のように言った。
「面白くないだろう? 四人がかりなど、私にとっては退屈でしかない。」
その目は、どこか獣のように光っていた。いや、獣ではない。もっと冷たいものだ。
人間が捨てるべき情を失い、完全なる娯楽のために命を弄ぶ「支配者」の目だった。
「私は、1対1が好みなんだよ。人間の限界を、正面から見るのがな。」
その言葉に僕だけでなく、田中、井上、小野――みんなが怒りを浮かべた。
「ふざけんなよ……アイツ、狂ってやがる……」
田中が歯ぎしりする。
「怒りを抑えろ、勇気……太ちゃんを信じろ。」
井上は震える声を押し殺して言った。
小野は……声を出すことすらできなかった。
両手を胸元に握りしめ、僕の背中をただ見つめていた。
僕はそれぞれの顔を見た。そして、口元にわずかな笑みを浮かべた。
「大丈夫だよ。僕が――みんなと、死んだ人たちのために、キャロットを倒す。」
それは、決意の宣言だった。
もう、逃げる場所なんて、どこにもなかった。
「ハハハハハッ!!!」
キャロットは肩を震わせ、笑い声をあげた。
「面白い!!面白いぞ!!こんなに笑ったのは何年ぶりだろうか!!
今まで戦った“戦士”の中で、貴様が一番面白いッ!!!」
その勢いでキャロットは懐から金属製のボトルを取り出し、ぐび、と喉を鳴らしてそれを飲んだ。
「……おいおい……余裕すぎて、ジュースでも飲んでるのかよ?」
僕はそう言って挑発したが、内心は震えていた。
ただの飲み物じゃない――そんな直感があった。
「なんにも察しないのか? クソガキ」
キャロットの目が、刃のように細くなる。
「……は?」
僕の脳裏に、あらゆる記憶が一気に押し寄せた。
――「俺はもうすぐ死ぬかもしれない。だからお前は生きろ」羽田の言葉。
――「ごめんよ太一……不良品呼ばわりしてしまって……」博士の涙。
――「これは、私の最後の命令だ」ローラの言葉。
――「僕は、お祖父ちゃんのこと、尊敬してるんだ!!」あの日の叫び。
そして――
7月20日。
玲奈と、勇気と、翔と、沖縄に行くはずだった日。
道を歩いている人間が、一人もいなかったことに――今、気づいた。
「……水だ。」
僕は呟いた。いや、叫ぶように言った。
「水だ!!」
仲間たちが驚き、戸惑いの声をあげる。
「太ちゃん、『水』ってどういうこと?」
「『水』がなんなんだよ!?太一!!」
僕は、すべてのピースを繋ぎ、語った。
「夏だったんだよ。みんな、暑くて、水を飲んでた。
でも……その中に、ウイルスが混ざってたんだよ。」
井上が息を飲む。
田中が目を見開く。
「確かに……あの日、道に人がいなかった……!!」
「うそだ……まさか……」
キャロットが拍手するように、ゆっくりと手を叩いた。
「正解だ!!素晴らしいな、クソガキ!!!
だがな、それを今気づいたところで――すべて無駄だ。」
その瞬間、キャロットの右腕がうねり、醜悪な“進化”を始めた。
肉が盛り上がり、腕が肥大化する。
その先には、人間のそれとはかけ離れた、巨大で鋭利な「爪」が現れた。
「見ろ!!!これが、これからお前たちが味わう“激痛”と“絶望”の右腕だ!!」
僕は、左肩に痛みを感じながらも、ハンドキャノンを構えた。
左肩は、もう使えない。あの戦いで破壊された神経は、今でも僕の可動を妨げていた。
だけど、それでも――。
「来いよ……僕が殺す。」
僕とキャロットは、動いた。
足元の床が砕け、空気が歪む。
彼の右腕が唸りをあげ、僕の視界を切り裂こうとする。
だが――僕は止まらない。
この拳が、引き金が、声が、魂が――
すべての犠牲の「意味」だった。
さあ、戦いの火蓋は、今――落とされた。
To be continued




