八雲
目を開くと、懐かしさを感じる覚えのない神社に立っていた。
「ここは何処?」
そんな独り言は静かに響いた。何時もは返ってくる返事もない。
「誰か居ないの!!」
一人でいる心細さから誰かいるのでは?と言う期待を膨らませてしまう。
辺りを見回すと、神社の本殿が目に止まった。一見、何の変哲もない普通の本殿に見えるが、よく見ると本殿の扉に南京錠がついている。
詳しく見ようと扉に近付き気がついた。本殿の格子状になった扉から「それ」が見えた。
人形だった。普通の人形であれば、本殿に祀られている御神体なのだろうと納得も出来た。だがこの人形はあまりにも精巧すぎる。人形の肌は縫い目すら見えず、髪の毛は本物の人の毛髪を使っている様に見えて、瞳には異様な光を宿している。ただの人形ではない。自分の知識の中から考えた可能性の一つとして付喪神の可能性もあるが、付喪神は神様よりも妖怪に近い気配がする。だが、この人形からは一切気配がない。道具や人形にも、それぞれ特有の気配の様なものがある。だがこの人形には気配がない。こういった類いは気にかけたり触れたりすると悪いことが起きることがある。触れない方が良いだろう。辺りをしっかりと観察すると、スマホゲームでやっていた脱出ゲームの様なギミックがある。
「···」
金華は無言でギミックに取り掛かる。そしてそれを見つめる者がいる。ただ静かに動かず気配を殺して金華を見守っている
暫くの間、ギミックを攻略していくと、ある箱に辿り着く。その箱を開けると中には写真と次のギミックの物であろう、向日葵が飾りがついた鍵が入っていた。写真の中には真っ白で雲のようなワンピースを着て、薔薇の花冠が付いた帽子を被った女性が写っている。隣にも誰か写っている様だが、隣の人物は塗りつぶされて、容姿の確認は出来ない。すると何処からか声がする。
「ふぅ···ようやく来れたわい···」
金華は驚いて、振り返りる。だが後ろには誰もいない。どうやら容姿の無いもの声が聞こえてきているようだ。
「この写真の娘さんはワシの知り合いでの···」
「生前はとても良くして貰っておった。」
声の主は懐かしむように、思い出すように語りだした。突然のことに金華も声が出せない。
「写真の娘さんは八雲と言ってなぁ···美しい娘さんじゃった。」
「いつも、わしのような老い耄れにも優しくしてくれるような、良い子じゃった。」
「掴み所のない性格で、おおらかで、正義感が強い娘でのぉ···怒るとおっかない娘さんじゃったがの。」
「じゃがのぉ…強すぎる正義感が仇となってしもうた」
声の主は、もう戻れない過去に戻りたいと願うような声だった。
「あの娘は、優しすぎたんじゃ。」
「···晴天の日じゃった。」
声は震え始めた。怒り、悲しみ、悔い、それらが混じったような声になった。
「八雲は···八雲は、通り魔に刺されてしまったんじゃ···子供を庇ってのぉ。」
「その時わしも近くにおったんじゃ。あの時···わしが変わりに···」
すると声は、覚悟を決めたように、強い物へと変わった。
「じゃからのぉ。連れていくならわしを連れていってくれ。老い先短いわしを連れていってくれ。頼む····」
『あの夏の惨劇を···くり・・・さないで・・・じゃ・・・』
その後声は聞こえなくなった。