始まり
神社の前は普段の厳格な雰囲気を感じさせない騒がしさが風景を支配していた。
金華の不安そうな表情を横目に湊介はそっと金華の手を握る。そして金華は安心したのか、湊介との会話を始めた。
「ねぇ、お兄ちゃん。」
安心はしても、不安を拭いきれないか弱い声が聞こえる。
「ねぇ、なんかおかしいね。」
「うん。」
「早くお父さんの所に行こう?」
「そうだな。」
湊介は嫌な汗をかいていた。理由は分からないが、胸騒ぎがするのは確かだ。
騒がしい神社の中でもすぐに父親の姿を見つけることができた。父親は身長が高く、いつもうぐいす色の羽織を着て首から勾玉のペンダントを下げている。父親は祈祷師で、祈祷師の中では有名な祈祷師だ。金華と湊介が父親を見つけると小走りで駆け寄っていった。
父親は安堵の表情を見せ、少し厳しく語りかけた。
「おまえ達、どこに行っていたんだ?」
「帰りが遅くて心配したんだぞ。」
湊介と金華が二人そろって「ごめんなさい」と言うと、父親は優しい表情をした。だが、すぐに真剣な顔になり「大切な話がある」とだけ二人に伝え、本殿の方に歩き始めた。金華と湊介は慌てて父親について行った。しばらく歩くと、父親は振り返りこう言った。
「今日は大切な神様がいらっしゃる日だ。」
「だから···えっと···」
その会話はまるで子供騙しのような会話だった。だが、幼い二人の子供を騙すには十分な話だった。
「だから····そうだから!今日は一緒に神様をお迎えしような。」
二人の子供は不満そうな表情を見せたが、小さな巫女見習いと祈祷師見習いには、その神様をお迎えするということが少しだけ巫女として、祈祷師として認められたように感じた。だが、湊介と金華はそれに従うことはなく、皆が寝静まった頃に失踪した。
湊介と金華は何時も御茶会会場に行くと静かに彼女はそこにたたんでいた。
「かんちゃムググ!····」
湊介は慌てて口を塞ぎ金華の言葉を遮った。見つかってはならないと行動で示すために。
「静かに、騒ぐな、暴れるな、良いな?」
湊介は深刻そうな表情を見せながらも、素早く簡単に現状を把握し、金華に伝える。
寒桜の側には何時もの御茶会で並べられていたお茶菓子や紅茶、印象的なテーブルクロスを模したような化物が寒桜の側に立ち辺りを睨んでいる。
「お兄ちゃん···あれ···なに?···」
必死に紡いだはずの言葉は思いのほか小さくか細い声になった。
湊介はもはや言葉を紡ぐこともできない。湊介は蛇に睨まれた蛙のように動くことができなかった。だが、勇気を振り絞り言葉を、声を発した。
「逃げるぞ。逃げるときに振り返っちゃダメだからな。」
「わかった····」
だが、その後の言葉を湊介は聞くことができなかった。それは瞬間的な出来事で、一秒がとても長く感じられた。まばゆい光が辺りを包み、目を開けることもできなかった。気が付けば気を失っていた。
そんな様子を寒桜はのんきに眺めてこう言った。
「彼らが来たのも一興かしら?」
「せっかくだし手伝ってもらうわよ。」