03 賢者参上
「魔王様、報告致します」
副官の声に魔王は「うむ」と肯きました。
「侵攻は順調です。進撃速度は落ち着いており、かの村以外は予定通りです」
「そうか。村には賢者が現れたそうだな?」
「はい。魔人達に向かって賢者を自称したそうです」
「聖女とは別なのだな?」
「はい。聖女とは別の人間です」
「どちらも勇者ではないのだな?」
「賢者は自称賢者ですし、聖女は自分では名乗ってはおりません。しかしどちらも使うのは魔法のみで、剣を使う事はありませんでした」
「人間の伝説では、今までの勇者はみな剣を使った。しかし聖女も賢者も、本当は勇者で剣を使えるが、使わないのかも知れん」
「そうですな。魔法のみでもこちらは負けておりますから」
魔王と副官は一緒に溜め息を吐きます。
「魔人達には様子見を命じたのだろう?」
「はい」
「それがなぜ、全滅させられているのだ?」
「少し詳しい報告が上がって来ましたが、賢者に挑発されたからの様です」
「挑発に乗るなんて、何をやっているのだ」
「しかし、賢者が結界を出たり入ったりしながら、弱い魔法ばかりポツポツと撃って来たそうで」
「それが挑発になるのか?」
「それがほとんどが痛くも痒くもない、フッと息を吹き掛ける程度の威力しかない攻撃だったそうです」
「それは、攻撃と言えるのか?」
「一応、攻撃魔法だそうです」
「攻撃魔法をそんなに弱く打つなんて、器用なものだ」
「はい。それで、避ける必要はないのですが、イライラはさせられるではありませんか?」
「イライラするだろうな」
「そこにたまに、しっぺくらいの強さ攻撃が混ざったのだそうです」
「うわ~、それはイヤだな」
「それに魔人達が驚くと、驚いた事を賢者が馬鹿にしたそうで」
「性格が悪いな」
「はい。相手にしない様にと賢者の攻撃が届かない所まで下がりますと、指を差して大笑いしたそうです」
「イヤなヤツだな」
「はい。それで結界を出て魔人達の方に近付いて来て、魔人達が攻撃の仕草を見せると結界内に飛び込んで、また様子を見て近付いて来てを繰り返しました」
「そうか。その時点で魔人達を引き返させれば良かったな」
「きっと退却する魔人達を賢者はさんざんと馬鹿にしたでしょうが」
「だが、そんなヤツの相手をしてやる必要はないだろう?人間の言う、構ってちゃんと言うヤツではないのか?」
「ごもっともです。なにせ結界ギリギリの内側に寝転がって、昼寝をしたりしたそうですからな」
「賢者が戦闘中に昼寝?」
「はい。戦闘中と言って良いかは分かりませんが」
「結界は聖女が張っているのだろう?」
「はい」
「聖女に結界を張らせて自分は昼寝なんて、聖女は文句を言わないのか?」
「私だったら言いますな」
「タイミング見て、結界を消すよな?」
「消します。消しますとも」
魔王と副官は肯き合いました。
「聖女って、優しすぎるのではないか?」
「それか賢者に弱味を握られているか」
「弱味を握られているのならそれこそ結界を消して、賢者を消すだろう?」
「確かにそうですな」
魔王と副官は首を捻り合いました。
「それで?ここまでの話だと、魔人達は挑発に乗ってはいなかった様だが?」
「昼寝をする賢者を起こそうと、魔法を放ったそうです。そうしたら賢者は寝っ転がったまま杖の先端だけ結界の外に出して、しっぺ魔法を一人の魔人にだけ撃ち返したそうで」
「一人に?」
「はい。誰が攻撃してもその者にだけ撃ち返して」
「こちらのチームワークを乱す為だとしたらセコいな」
「他の者が盾になろうとすると、軌道を曲げて回り込ませて魔法を当てたそうです」
「うわあ悪趣味だな。高度な技術を嫌がらせに使うなんて、最悪な育ち方をしたんじゃないのか?」
「そうでしょうな。ですがその所為で魔人達が怒りまして」
「それは怒るだろう。怒らなければ魔王配下の者としておかしいぞ」
「ごもっともです。そして全員で極大魔法を打つける事にしたそうです」
「極大魔法とは言え、聖女の結界を破れるのか?」
「聖女は村だけではなく、畑や狩猟に使っている森まで結界で包んでおりますので、一点に集中させれば極大魔法で破れる計算だったそうです」
「ほう。結界の攻略と言えば、夜昼通して何日も掛けての飽和攻撃しかないと思っておったぞ」
「そうですな。ですがやはりそれが正しいのでしょう」
「うむ?と言うと?結界を破れなかったのか?」
「はい、と言いますか、なんと言いますか」
「なんだ?どうした?」
「極大魔法を発射する寸前に、魔人達が結界に包まれたそうです」
「は?何故だ?」
「極大魔法を跳ね返す為ですな」
「跳ね返す?どこに?」
「もちろん魔人達にです」
「え?誰がそんな間抜けな事を?」
「聖女でしょう。その瞬間は村の結界が消えていたそうですから」
「村の結界を消して、魔人達の周囲に結界を張り直したのか?」
「はい。範囲が狭いので、結界はかなりの厚みになった模様です。その結果、極大魔法は結界で跳ね返され、結界内に閉じ込められた魔人達は跡形もなかったそうです」
「・・・そんな・・・」
「そこへ賢者が飛び出してきて、魔人に同行していた魔族達を軒並み惨殺しました」
「鬼畜ではないか」
「ええ。極悪非道ですな」
「逃れられた者もおるのか?」
「はい。ですが心の傷が深く、今報告した内容もようやく聞き取る事が出来た次第です」
「そうか・・・生き残った者達は、充分に休ませてやってくれ」
魔王は玉座の背に体と頭を凭れ掛け、目を閉じます。
「畏まりました」
そう言って副官は頭を下げると、そのまま顔を上げません。
姿勢を戻した魔王が出した問いかけの声は、少しばかり擦れていました。
「それで、勇者の情報は?」
「ございません」
副官が顔を上げて言ったその短い答は、声が僅かに上擦っていました。




