02 聖女の噂
「魔王様、報告致します」
副官の声に魔王は「うむ」と肯きました。
「侵攻は順調です。進撃速度は更に上がっております」
「そうか。スケルトンとグールの生産はどうだ?」
「はい。地産地消が上手く行っております。魔王様の策、見事でございます」
「そうか。それは何よりだ」
魔王は満足そうに肯きます。
「しかし一箇所、攻め倦ねております村がございまして、魔王様のご采配を頂きたく」
「村?よもや勇者か?」
「人間共の神の加護を受けた者の様ですが、勇者とは違う様です。人間共は聖女と呼んでおる模様です」
「聖女と言うと、スケルトンもグールも無効化する様な怪しい術を使うのだな?」
「ご明察でございます」
「分かった。魔獣を差し向けろ」
「それが少々問題がございまして」
「なんだ?魔獣も多量に生産していたのだろう?」
「はい。予定を上回る勢いで増えたのですが、食料事情が良い上に出番がありませんでしたので、みなコロコロと太っております。敏捷性が皆無ですので、前線に出したら良い的にされるでしょう。そもそも前線に運ぶのも大変ですが」
「なぜその様な事になっているやのだ?魔獣使い達は何をしていた?」
「かの者達は、揃いも揃って腐ってしまっておりまして」
「腐った?ゾンビにしてしまったのか?」
「いえいえ違います。出番がなくてやる事もなくて、暇で暇で士気が最低になっておるだけです」
「だけで済む話ではないと思うが、魔獣達を訓練したり、やる事はいくらでもあるだろう?」
「それが魔獣達はスケルトン生産ラインに配置しておりましたので、そこで肉を食べきらないとラインが止まります。ラインが止まると侵攻が止まります。ですので魔獣はラインから離れられずに食べ続ける、スケルトンが次々に生み出される、侵攻が前倒しに進む、材料が予定以上に手に入る、魔獣が肉を食べ続ける、の好循環が生まれておりました」
「その上地産地消作戦で、新しい生産ラインも次々に作られていたのだな?」
「はい。簡易版ラインですが、機能や生産効率は変わりませんので」
魔王は頭を抱えました。
「稼働ラインを減らして、占領地にいるスケルトンやグールを前線に送るのはしたくないな」
「はい。守りが手薄になりますし、移動コストが掛かります」
「移動時間もだな」
「仰せの通りです」
魔王は顔を上げます。
「よし。地産地消以外のスケルトン生産はグールに切り替える。今ならグールの生産コストもペイ出来るだろう?」
「はい。仰る通りです」
「魔獣使い達には魔獣のダイエットを命じる。魔獣が使い物になる様になったら前線に送れ。前線に送る魔獣の選定も魔獣使い達に任せよ」
「承りました。先ず送るのは聖女のいる村ですな?」
「そうだ。それと魔獣以外で、聖女を倒すのに向くのはなんだ?」
「魔人達です」
「魔法の打ち合いだと、聖女は結界とか使って来るんじゃないか?」
「それは魔獣相手でも同じですが」
「魔獣と魔人では生産コストが違うだろう?」
「しかし魔人でしたら人間を人質にして、聖女に結界を解除させるなり、聖女を結界の外におびき出すなり出来ます」
「それは魔獣使いではダメなのか?」
「魔獣が人間を生きたまま捕らえられませんので」
「そうか。そうだな。ガブッといくものな」
「はい。ガブッといってからですと魔獣使いが待てをしても手遅れです。それにガブッといく前に待てをすると魔獣が攻撃されて、反射的に結局ガブッといきますから」
「では一時的に魔人を送って無理しない範囲で様子を見させる。魔獣は余るのだろう?」
「はい。スケルトンの生産ラインを縮小しますので、かなり余ります」
「魔獣のダイエットが済んだら魔獣を送って本格的に制圧させよ」
「畏まりました」
魔王は方針が決まって一安心すると、いつもの様に心に不安が浮かびます。
「勇者の情報は相変わらず掴めないのか?」
「はい。手の者に勇者の事を尋ねさせると、却って勇者に付いて訊かれるそうです。人間共は勇者を切望している様ですが、一向に現れる気配がありません」
「神殿や教会はなにか発表していないのか?」
「神殿も神社も教会も寺院も、人間の信仰の要となる組織からは、なんの公表もありません。しかしいずれの組織も、勇者を探してはいる模様です」
「しかし見つかっていないと」
「はい」
「分かった。引き続き、調査を頼む」
「畏まりました」
魔王の不安は強くなりました。
もしかしたら勇者は既に見つかっていて、どこかに隠されているのではないでしょうか。あるいは既に魔王城に向かっているのではないでしょうか。
でもそれなら、隠す理由はなんでしょう?
勇者が現れた方が、人間共は希望が持てる筈です。このまま勇者が現れなければ、絶望する人間も出て来るでしょう。
もしかして絶望を与えてから勇者が姿を現す事で、人間共の信仰心を一気に集めるのを狙うとか?
いやいやその前に絶望で、自暴自棄になる人間が現れたら大変な事になりますけれど?
まさか本当に、魔王を不安にさせる為だけに、姿を隠しているんじゃないだろうな?
そう思うと魔王は、不安を上回るくらいウンザリしました。