第1話 『新しい海の民と竜王』㊵朧月夜に照らされて★
@<突然ですが、今回はミコのイラストつきです!、読者様のイメージと違ってたらすいません!(。-人-。)
ミコ<なぜ、私の絵を?、前話の続きだと娘ちゃん視点のはずが・・
ナナシ<その理由は、今回の話を読めば理解できるはずだ・・
「はあ、はぁ・・やっと・・ぜえ、ぜぇ・・終わった・・のでしょうか?」
息を肩で絶え絶えながら吸う私・・先ほどまでの戦いで、体力も気力も使い果たし・・激しい鼓動を打つ胸も苦しくて・・その場にへたり込んでしまいそうで・・
・・眼前には霧がかった月光に照らされる動かなくなった血なま臭い躯の山・・
節くれ立った身体を折り重ね、私に向かって伸ばされた腕は鋭利な刃を備えて・・その切れ味をこの身で味わうことが無かった幸運を神に感謝するばかり・・
漸く無数に聞こえていた、五月蠅い羽音が収まりました。
「はあ、はぁ・・全く次から次へと・・ふうっ・・際限がないかと思いました」
波の音さえ聞こえない朧月夜に似合わぬ殺伐とした風景・・そこには絶え間なく襲ってきた『蟲の民』の返り血で、黄色を全身に浴びた異様な私も含まれていて・・額の汗を拭おうとした掌も、黄色く染められていることに気付いて・・
「同一種の蟲の民は、異変を群れに知らせる特殊な伝達能力を持つ・・それを防ぐためには一撃で頭部を破砕するしかない・・中途半端な一撃や、頭を切り落としても強靭な生命力で暫くは伝達を行うからな・・だが、良くやってくれた」
春の柔らかく、ほのかに霞んで見える明りの下、ふと後ろから声と影が差して・・振り返った先には、今まで懸かっていた雲を払うかのように、冬の冴え冴えとした月を体現化されたかのような美丈夫が、ひとり静かに佇んでおられました。
「いえ、この程度、造作もございません・・と申したい所でありますが、ナナシ様のご助力が無ければ、この窮地を脱し得なかったと・・ありがとうございます」
成長した私よりも頭ひとつ分以上の長身ながら、鍛え上げられた鋼の刀身のように強くしなやかな立ち姿を見せる『あの方』・・私のだらしない姿をこの方には見せられぬと息を無理やり整え、笑顔で感謝を述べ・・胸が違う鼓動を打ちます。
まるで生き写しの様であった私とナナシ様でしたが、長い白髪など様相を大きく変えた私に反して、ナナシ様は濡羽色の光沢ある整えられた短い髪・・そのご尊顔の上半分を覆うのは、変わらず着けられておられる『白金色の仮面』・・やはり、奥の瞳を伺うことは出来ず・・その差異が一抹の寂しさを感じさせるのです。
「ご助言を元に、私の水を扱う力で蟲の民の頭に身体中の血を集めてさせ、倒すことが出来ました・・おかげで、私はこの有り様でございますが・・ふふふっ」
ちらりと後ろの屍に振り返ると、ほぼ全ての蟲の民たちの頭部には内側から爆ぜた無残な痕跡・・その因果で凄まじく汚れた自分の姿に、つい自嘲の声が出ます。
海の民のナワバリを離れた外界は危険に満ちている・・それを顕著に物語るかの如く執拗に襲ってきた蟲の民たち・・その激しい洗礼を受けたのは追放された私。
戦いを嫌う私ですが、降りかかる火の粉は払わねばなりません・・その火の粉が他者を焼く火種にならぬように・・私が戦うことで守れる方がおられるならば・・私が汚れることで、私の大切な方を濁さずに済むのであれば・・だけれども・・
必要だったとは言え、もう何も写さない虚ろな眼に何も感じない訳ではなく・・
「蟲の民・・昆虫の血液は、体の後方で細長い管のような心臓に流れ込み、頭側に送られて、そこから全身に行き渡る・・血液とはある種の水・・ミコの力ならば蟲の民に対処が出来ると信じていた・・流石は元水の神、鬼道を司る乙女だな」
・・それは云うなれば孤高・・孤独とか孤立ではなく、馴れ合わない凛とした自信、心の強さを顕す存在・・何処までも自然体で・・自分に足りぬからの憧れで・・あの方に近付きたくて・・少しでも、お役に立てればと思って・・
激しい戦いの反動や疲労感のためか、少しぼぉっとしている返り血で汚れ果てた私・・そんな私の見苦しい姿に構わず・・近付いて来られるナナシ様!?
「えっ・・乙女?・・ダ、ダメです、今の私は汚れています!、それ以上、近付かないで下さいませ!?、美しいナナシ様の御身が汚れてしまいますから!?」
心も頭も疲れ果て、緩慢なはずなのに、近付かれるにつれて勝手に早くなる胸の鼓動・・どうしてもこの方の前では、さざ波の様に心が揺れ動いてしまうのです!
私が制止するように長い白髪を振っても、その開いた口元は優しい形を作っており・・私が拒むように両手を胸の前で交差しても、迷うことなく真っ直ぐに私へ歩み寄られる足・・差し伸ばされる御手を穢せぬと思い、私が距離を取ろうと・・
しかし、後ろに下がろうとも、そこには自ら手を下した血みどろの屍の山・・
そんな所に行けば、私は今より汚れてしまう・・だけれども他に行き場所は無い。
何故なら、私がいるのは切り立った崖の上だったから・・目の前の方を避けて行ったとしても、その先は、蛇の様に大きな口を開けた暗い海の波しかないのだから。
「何故、止める?、私はミコを労いたい、頑張ったお前を褒めてやりたい・・それはいけない事だろうか?、努力した者は賞されるべきではないだろうか?・・無論、それをミコが嫌がるのなら、大変不服ではあるが止めざるを得ないのだが」
逡巡する心に支配され、その場から動けず、往く当てもない私の体。
その私の一歩前で歩みが止まり、不安そうな声を出され、唇が噛み締められる形に、折角の御手が力無く下げられて、その御顔に翳りを垣間見たような・・
「ぁっ・・ナナシ様・・あの・・私は・・その・・真に嫌と言うわけでは・・」
その仕草に胸の奥が、きゅっと締め付けられて・・その締め付けに絞り出された心の衝動が、交差していた私の腕を解き・・触れてはならぬのに右手を伸ばして・・
・・ぐぃっ!!!・・ばっ!!!・・ぎゅっ!!!
「ぇっ・・ぁっ・・な、ナナシ様?・・い、いったい、なにを・・」
右腕が突然、あの方の手に力強く引かれて・・次の瞬間には視界が塞がって・・私の頰に何かが押し付けられて・・肉付きの良くない背中に温かな感触を覚えて・・
「・・なされて・・おられるので・・」
その意表をつく行為に頭の中が真っ白になり・・ただ呆けたように身じろぎも出来ず、寸刻もの間、そのままで・・ふいに自分とは異なる鼓動が聞こえて・・
「・・ございます・・か・・?」
胸の鼓動が早鐘のように鳴り響き・・収まりかけた汗が火を着けたように熱くなって・・全身に感じる他者の体温・・その主の両の腕が私を強く抱きしめている?
「っっ!?・・お、お放しを!・・御身が汚れて・・汚れてしまいますから!?」
・・ここにきてやっと私は、『ナナシ様に抱きしめられている』という事実・・汚してしまったという罪悪感と羞恥を重ねて、洪水のように認識したのです!?
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「誰よりも先んじて汚泥を被ろうとする優しいお前を誰が汚いと言うだろうか?、少なくとも私は言わない・・皆がお前を侮蔑するならば、私も同様の侮蔑を受けよう・・お前が進んで汚れようとするのなら、私も同様の汚れを喜んで被ろう」
汚れた私を嫌がることなく抱きしめ、更には自分も一緒に汚れようと申される優しい御言葉と心遣いに何も考えられなくなるほど赤面し、うろたえてしまいます!
「そ、そんな・・み、身に余る光栄なことでございます!?・・で、ですが、こ、このようなことをされずとも、ナナシ様が汚れずとも良いではありませぬか!?」
恐れ多いことと、その囲いから抜け出そうとする私の身体は、より一層の力を込めて抱きしめられて抜け出せず、引き締まったナナシ様の感触を全身に感じて!?
「今の私にはお前に与える物が何も無い・・お前の働きに応える事が何も出来ない・・私とミコの関係が単なる主従の関係であったとしても、私はお前に何も報いてやれない・・嫌悪されるやも知れぬと思ったが、ヒトと向き合った事の無い私にはこれしか思い浮かばなかった・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
その足掻く私の耳元から聞こえるのは、抱きしめる腕の力とは裏腹な弱々しい囁き声で・・それに胸がまた締めつけられて、鼓動から転がり出た私の言葉は・・
「決して、そのような!?、私はただ貴方様をおし・・いえ御恩!・・救われた命の御恩をお返ししているだけでございますから!、そのおかげで私は代え難いものを得ることが出来ました!・・だから、斯様なお考えは不要にございますから!」
普段からは想像も出来ないご様子に、思わず抵抗も止め、恥ずかしさも忘れて見上げる私・・危うく蹴飛ばされて漏れそうなった想いを飲み込み、感謝の言葉を述べるだけに留めて・・女性からは伝えてはならぬ理が邪魔をして・・
「ならば恩を返せば、お前は何処かに行ってしまうのか?・・主従の関係は無くなってしまうのか?・・私との関係は終わってしまうのか?・・私は嫌われることを、失うことを恐れている・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
だけど見上げた私の顔を見ず、視線を背けられ、私を抱く腕からは震えが伝わって・・今までの力強さが嘘のように、するりと力なく抱擁が解かれてしまって・・
その場に整理できぬ複雑な心の波を抱えた私を置いて・・ナナシ様がゆっくりと背を向けられてしまって・・黒い波の待つ崖先に歩を進めようとなさるのです!?
「ぁっ・・ナ、ナナシ様!?、危のうございます!・・お、お待ち下さい!」
・・だっ!・・ぎゅっ!!!
その余りにも痛々しく儚げな立ち振る舞いに、汚してしまう無礼も羞恥も押し退ける、名残惜しいという衝動が、後ろからあの方を抱き止めてしまうのです!?
「私を止めて何になる?・・最早、私が存在する意味など無いのだ・・この神と人が滅びた世界では・・私は知ってしまったのだ・・海の民の始祖の偽りのない記憶と言動が、神殿の奥に隠されていた事実を裏付けるものであったのだから」
背中越しで私に振り返ることなく淡々と語られるナナシ様・・
「神と人が滅びた、とは?・・ど、どういう意味でございますか?」
ナナシ様は不確かなことを一切、口に出されません・・ですが、その内容は・・
「確かに、今まで他の人間に会ったことはないと聞いておりましたが・・」
長寿であるクーも、更に神である始祖様も人間に会うのは初めて、と聞いて・・
そして、鏡の世界で出会った神に私は以前、こう伝えられたことを思い出します。
『祓戸大神の無き今世・・』・・そう・・神はいない、と・・
今の私は、神と人がお互いに助け、支え合う存在であることを強く感じています。
・・薄々、私が過ごしていた世とは違うのでは?という気はしていました・・
東の神様と西の仏様に、今生最後の挨拶をした時に何も感じませんでした。
八百万の神が御座す故に人の世があり、人の世が在る故に神が・・
「ま、まさか、真に言葉通りなのでございますか!?、神と人は滅びたと!?」
・・遥か昔に別れた根源の一匹・・『山の私』の存在も感じることが出来ません。
ナナシ様によって激しい波の下から私ひとり助けられて・・だけど再会への希望を失くしてはいなかったのに・・二度と会えぬとは思いたくなかったのに・・
「では、弟は・・京の都は・・共に海へ沈み、逸れた祖母は・・お母様は・・」
それを考えるのが恐ろしかった・・それに気付いてしまうのが怖かった・・だから、それから目を背けて・・だから、代わりの温かさを欲してしまって・・
「ミコ・・お前に酷なことを告げねばならん・・この世は、お前がいた時代から気の遠くなるような時を経た世界だったのだ・・永遠の存在たる神も、限りある命の人間も全て・・過去の幻想なのだ・・春の夜の夢の如く消えてしまったのだ」
ナナシ様は不確かなことを一切、口に出されません・・だから、その内容は・・
・・ずるり・・
ナナシ様を抱き止めるはずの私は、力を失くして・・滑り落ちて・・
「・・もう、誰も・・いなくなってしまったのですね・・」
情けなくも、ナナシ様の御御足に、もたれ掛かるしかありませんでした。
「・・私の名を呼んでくれる人は誰も・・私が守るべき民も、国も・・」
・・私は心の拠り所であった縁の全てを喪ってしまったのだから・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
言葉も出せず、茫然自失に顔を伏した私・・記憶の中にある親しい者の顔が脳裏に浮かんでは・・亀裂を生じてバラバラになって、もう元には戻らない・・その喪失感が背筋からの冷気を呼び寄せ・・震える我が身を両腕で抑え込もうとして・・
そんな私にナナシ様は屈みこんで・・そっと肩に優しく手を置いて・・
「私も同じなのだ・・今まで私が、私である為に、私になる為の支えとしていたモノが無くなってしまった・・だから唯一残った、お前だけは私を否定しないでほしい・・お前だけは私を捨てないでほしい・・お前だけは私を嫌わないでほしい」
壊れやすい華奢なモノを包み込むように、ゆっくりと抱きしめて下されて・・
「・・ナナシ様・・私は・・貴方様を・・」
再び感じる鼓動と温かさが・・空虚になってしまった輪郭に確かな形を作って・・埋めてくれるような安心感を覚えたのです。
・・だけど、震える私を抱きしめる腕も同じように震えていて・・その声は、幼い迷い子が拠り所を求めている声に聞こえて・・蛭子神様の境遇を想えば、私以上にお辛いことだろうと・・誰よりも拒絶されることを怖れておられるのだと・・
両の腕をナナシ様の腰に回します・・今度は、私から躊躇わずに・・
(・・この行為は、この方が汚れた私を受け入れて下さるから?)
私は、私の行動と心、私を抱きしめるナナシ様に問い掛けます。
「私は人を惑わす紛い物の北極星・・それでも良いとおっしゃるのですか?」
天皇とは北極星を神格化した神名の意味も持っています・・女性であり、人の皮を被った私は間違った道を貴方に示すかも知れません。
私は、抱きしめる腕に力を込めてみます・・ナナシ様は嫌がられません・・
(・・いいえ、私がそうしたいと思ったから・・)
「私は汚れて濁った貪欲な蛇・・穢されても良いとおっしゃるのですか?」
八岐大蛇は、人を喰い殺す恐ろしい化生です・・いつ何時、その貪欲さで貴方に害を成し、怖ろしい祟りを起こすかも知れません。
私は、ナナシ様の腰から背中に腕を動かし、あの方の首元に顔を埋めてみます。
(・・何故なら、この方を汚してでも、触れ合いたいと望んでいるから)
「私は貴方様とは釣り合わぬ醜い人・・それでも良いとおっしゃるのですか?」
この夜空に輝く月の様に美しい方・・それに反して、私は月に影を差す雲のような厄介者・・その威光を遮ってしまうかも知れません。
私は、この方との間に何も無くなってしまえとばかりに、身を寄せてしまいます。
(・・それでも、この方のお傍にいたい・・もっと繋がりたい・・)
ナナシ様は私の髪を優しく撫でつつ、御顔を私の頭に寄せて下さいます。
「ああ、重々承知の上だ・・お前の為なら、どんな事でも私は許そう・・だから、主従の関係だけであっても良い・・どうか、私の拠り所になってほしい」
耳元で聞こえるナナシ様のお言葉と、その吐息の熱量が明確な応えとなって・・
「それでは駄目です、ナナシ様・・その程度のご覚悟では足りないのです・・」
私は、それに応える為に・・当に限界を超えてしまった胸の鼓動が・・
「私は望んでしまいました・・そんな主従の関係では駄目だと・・その程度の汚れでは、すぐに消えてしまうと思ってしまったのです・・」
当惑されたナナシ様の御顔を私の両手で挟み込ませて・・
「言葉だけでは確かな証にならぬと・・満足できないと胸の奥が訴えるのです・・ナナシ様も、そんなあやふやな関係は望んでおられないのでしょう?」
その御顔に着けられた白金の仮面を邪魔だと思う心の余裕も隙間もなく・・
「私が貴方様を汚すように・・決して消えぬ証として・・貴方が私を・・」
そして、私は、その赤い唇に、自らの唇を近づけて・・
「その証として・・貴方が私を汚して下さい」
芽生えてしまった不確かな感情に、明確な輪郭を創るための衝動を伝えてしまうのです・・
@<イラストは「AIイラストくん」を使用させていただきました!
ミコ<◎△$♪×¥●&%#?!(赤面し、声にならない声を上げている)
娘ちゃん<あっ、だから、あたしの出番なかったんだね?(何かを察している)
薙<ミコを穢したな!?、汚したな!?
クー<前半の部分が不穏すぎるんじゃが・・
拙い作品ですが読んで頂いて、ありがとうございます。皆様の応援が生きがいです!
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